2023年4月、子どもの権利を総合的に保障するための法律として、こども基本法が施行されました。子どもを取り巻く環境がますます厳しくなっている昨今、この法律に期待されているものは何でしょうか。この記事では、こども基本法の目的や「こども家庭庁」との関係、今後検討が必要な課題について解説します。

1.こども基本法とは

こども基本法とは、子どもを中心とした社会をつくるための基本となる法律です。すべての子どもが安心して健やかに成長できるよう、養育、教育、保健、医療、福祉等の領域に関して子どもの権利を総合的に保障することを目指しています。2022年6月に成立し、2023年4月に施行されました。

(1)こども基本法の目的

こども基本法の第一条では、目的を下記のように定めています。

この法律は、日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神にのっとり、次代の社会を担う全てのこどもが、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、その権利の擁護が図られ、将来にわたって幸福な生活を送ることができる社会の実現を目指して、社会全体としてこども施策に取り組むことができるよう、こども施策に関し、基本理念を定め、国の責務等を明らかにし、及びこども施策の基本となる事項を定めるとともに、こども政策推進会議を設置すること等により、こども施策を総合的に推進することを目的とする こども基本法|e-Gov法令検索

すなわち、すべての子どもが健やかに成長することができ、どのような状況下にある子どもであってもその権利が守られ、将来にわたって幸せな生活を送れるような社会を目指して総合的に施策を進めていくことを目的とした法律であると書かれています。

(2)こども基本法が制定された理由

少子化の進行に歯止めがかからない一方で、児童虐待相談や不登校の件数が2023年時点で過去最多になるなど、子どもを取り巻く環境は厳しい状況にあり、その抜本的な問題解決は急務です。

子どもの権利を総合的に保障し、整合性を持って施策を実行するには、子どもの権利に関する国の基本方針、理念及び子どもの権利保障のための原理原則が定められる必要があります。

そのためには、憲法及び国際法上認められる子どもの権利を包括的に保障する「基本法」が必要でした。しかしながら、これまで日本には、子どもの権利を主体として保障する総合的な法律は存在していなかったのです。

例えば、日本では障害者の権利には「障害者基本法」、女性の権利には「男女共同参画社会基本法」という基本法があります。しかし、子どもの権利については、このような基本法が存在しておらず、子ども政策が後回しにされる一因となっているとの指摘もありました。

このような背景もあり、子どもの権利についても「基本法」の制定が望まれたことから、こども基本法が制定されました。

(3)こども基本法における「こども」・「こども施策」とは

ところで、こども基本法の「こども」とは、具体的には誰のことを指しているのでしょうか。この点については、法律にきちんと定義が定められています。

こども基本法における「こども」とは、「心身の発達の過程にある者」をいい、年齢によってその支援の対象から外れることがないように定義づけられています(参照:こども基本法|e-Gov法令検索)。

また、「こども施策」についても、こども基本法の第2条に下記のように定められています。

  • 新生児期、乳幼児期、学童期及び思春期の各段階を経て、おとなになるまでの心身の発達の過程を通じて切れ目なく行われるこどもの健やかな成長に対する支援
  • 子育てに伴う喜びを実感できる社会の実現に資するため、就労、結婚、妊娠、出産、育児等の各段階に応じて行われる支援
  • 家庭における養育環境その他のこどもの養育環境の整備

以上の施策に加え、子どもに関する施策及びこれと一体的に講ずべき施策を「こども施策」といいます。こども施策には、子どもの健やかな成長に対する支援に加え、教育施策、雇用施策、医療施策など幅広い施策が含まれます。

(4)こども政策の司令塔「こども家庭庁」について

上記で説明したとおり、子どもの権利に関する基本法自体はないものの、子どもに関する施策については、これまでにも個別の法律や待機児童対策や幼児教育・保育の無償化、児童虐待防止対策の強化など、関係各省庁や各自治体などでそれぞれ取り組まれてきていました。

しかしながら、先述のとおり子どもを取り巻く状況はいっそう深刻化しています。そこへコロナ禍が拍車をかけ、今なお状況は改善されていません。

このような社会の危機的状況を受け、子どもの最善の利益を第一に考え、子どもに関する取り組みや政策を進めていくことが急務であるとの認識のもと「こども政策の司令塔」としてこども家庭庁が設置されることになりました。

そして、こども家庭庁の設置と並行して作られた子どもの権利を保障するための「基本法」が、こども基本法です。これまでは、それぞれ別々の法律に基づいて、関係省庁や自治体でこどもに関するさまざまな取り組みが進められてきましたが、今後はこの法律がこれらの取り組みの共通の基盤となります。

2.こども基本法の内容

こども基本法にはどのような内容が定められているのでしょうか。こども基本法の中身を、具体的に見ていきましょう。

(1)子どもの権利条約とは

上でも触れましたが、こども基本法は「日本国憲法及び児童の権利に関する条約の精神」に則り、こども施策を総合的に推進していくことを目的としています。

日本国憲法については皆さんご承知かと思われますが、「児童の権利に関する条約」については、あまりイメージをお持ちでない人もいるかもしれません。この条約について、ここで少しご説明しておきます。

この条約は「子どもの権利条約」とも呼ばれるものです。子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められました。18歳未満の子どもを「権利をもつ主体」と位置づけ、大人と同じ一人の人間としての人権を認め、成長の過程で特別な保護や配慮が必要な権利について定めています。

1989年に国連総会において採択され、日本では1990年に署名、1994年に承認しています。

子どもの権利条約の四つの一般原則

引用:子どもの権利条約の考え方 | 日本ユニセフ協会

こども基本法には、この子どもの権利条約の四つの一般原則が反映されています。

(2)こども基本法の基本理念

こども基本法の第3条において、こども施策は以下の六つの基本理念をもとに行われなければならないことを定めています。

① 全てのこどもについて、個人として尊重されること・基本的人権が保障されること・差別的取扱いを受けることがないようにすること
憲法で保障される基本的人権、個人の尊重、法の下の平等に加え、子どもの権利条約でもある差別禁止の趣旨を反映するものです。すべての子ども一人ひとりが大切にされることを第一の基本理念としています

② 全てのこどもについて、適切に養育されること・生活を保障されること・愛され保護されること等の福祉に係る権利が等しく保障されるとともに、教育基本法の精神にのっとり教育を受ける機会が等しく与えられること
子どもの権利条約で保障される「生命、生存及び発達に対する権利」の趣旨をふまえて、子どもの成長を支えることを定めたものです。すべての子どもが大切に愛されて成長すること、教育を受ける機会を与えられることを確認するものです

③ 全てのこどもについて、年齢及び発達の程度に応じ、自己に直接関係する全ての事項に関して意見を表明する機会・多様な社会的活動に参画する機会が確保されること
子どもの権利条約の「児童の意見の尊重」の趣旨をふまえたもので、たとえば、どのような学校を選ぶか、どのような職業に就くかなど、それぞれの子どもに直接影響を及ぼすことについて意見を表明する機会が与えられることを掲げています。また、こども基本法11条に定めるこども施策策定にあたっても、子どもの意見反映の機会を確保することを想定しています

④ 全てのこどもについて、年齢及び発達の程度に応じ、意見の尊重、最善の利益が優先して考慮されること
子どもの人生にとって「最も善いこと」は何かを考えることも基本理念として定められています

⑤ こどもの養育は家庭を基本として行われ、父母その他の保護者が第一義的責任を有するとの認識の下、十分な養育の支援・家庭での養育が困難なこどもの養育環境の確保
子育てに対して社会全体として十分な支援を行うことを定めています。また、家庭での養育が困難な子どもに対しても、家庭同様養育環境を確保することを定めています

⑥ 家庭や子育てに夢を持ち、子育てに伴う喜びを実感できる社会環境の整備
家庭をもつこと、子育てをすることを前向きにとらえ、子どもを育てることに喜びを感じられるような環境を整えることが定められています

参照:こども基本法|e-Gov法令検索

3.こども施策の推進に向けた国や自治体の取り組み

次に、こども基本法では、こども施策の推進に向けて、政府や自治体にどのような取り組みを義務付けているのかを見ていきましょう。

(1)こども大綱の策定

こども基本法の第9条では、こども施策を総合的に推進するため、こども施策の根本となる「こども大綱」の策定を政府に義務付けています。読み方は「こどもたいこう」です。これを受けて、政府は2023年12月22日、今後5年間のこども政策の方向性を定めたこども大綱を閣議決定しました(参照:こども大綱|こども家庭庁)。

こども大綱は「こどもまんなか社会」を目指して制定されました。こどもまんなか社会について、こども大綱の本文では以下のように記されています。

「こどもまんなか社会」とは、全てのこども・若者が、日本国憲法、こども基本法及びこ どもの権利条約の精神にのっとり、生涯にわたる人格形成の基礎を築き、自立した個人としてひとしく健やかに成長することができ、心身の状況、置かれている環境等にかかわらず、ひとしくその権利の擁護が図られ、身体的・精神的・社会的8に将来にわたって幸せな状態(ウェルビーイング)で生活を送ることができる社会であるこども大綱 p.7|こども家庭庁

(2)都道府県こども計画・市町村こども計画の策定

こども基本法の第10条では、都道府県に対し、こども大綱を勘案して、各都道府県におけるこども施策についての計画(都道府県こども計画)を定めることを努力義務として課しました。

同様に、市町村に対しても、こども大綱(都道府県こども計画が定められているときは、こども大綱及び都道府県こども計画)を勘案して、各市町村におけるこども施策についての計画(市町村こども計画)を定めることを努力義務としています。

都道府県こども計画・市町村こども計画は、こども施策に一体感を持たせ、住民にとってわかりやすく親しみやすい施策とすることを目的としています。また、こども家庭庁と地方自治体との連携強化を図ることも目的の一つです。

これに伴い、政府は各自治体のこども施策についての計画の策定を支援する「こども政策推進事業費補助金(自治体こども計画策定支援事業)」を2023年7月28日から交付しています(参照:自治体こども計画策定支援事業実施要領 p.1、p.5|こども家庭庁)。

(3)こども政策推進会議の設置

こども基本法の第17条では、こども家庭庁に向けて、特別の機関として「こども政策推進会議」を置くことを定めています。

この会議は、内閣総理大臣を会長とする閣僚会議です。こども大綱の案を作成したり、こども施策に関する重要事項について審議したりして、こども施策の実施を推進する政府全体の司令塔の役割を果たします(参照:こども基本法|e-Gov法令検索)。

こども大綱の作成に当たっては、子ども・子どもの養育者・学識経験者・民間団体をはじめとする関係者の意見を反映するための措置を講ずることを求めています。なお、こども政策推進会議はこれまでに、2023年4月18日と同年12月22日の2回が開催されています。

4.こども基本法の課題

これまで見てきたとおり、こども基本法には、すべての子どもたちの健やかな成長や権利、幸せな生活を送ることができる社会の実現を目指す「こども施策」の総合的な推進が期待されています。しかしながら、こども基本法の推進にはいくつかの課題もあります。

(1)子どもの意見を反映する仕組みづくり

こども基本法の第12条では、こども施策を策定・実施・評価する際には、こども施策の対象となる「こどもの意見」を反映させるために必要な措置を講ずることを定めています(参照:こども基本法|e-Gov法令検索)。

上で見てきたとおり、子どもの意見表明権は、子どもの権利条約においても保障されている大切な権利です。子どもの意見が反映される仕組みを作ることは重要ですが、さまざまな立場、年齢、環境に置かれた子どもたちからどのように意見を聴くのか、その手法や仕組みを構築していくことは一朝一夕にはできません。

今後も試行錯誤を繰り返しながら、より実効性のある方法を模索していく必要があるでしょう。

(2)子どもの権利への理解促進、法律の周知

こども基本法はできたばかりの法律で、その適用や解釈についても周知が十分とはいえません。そもそも、子どもの権利条約についての理解も十分に浸透しているとはいえないのが実情です。

こども基本法を周知させたり、こどもの意見を反映する仕組みをつくったりするためには、国だけではなく自治体の協力も不可欠です。また、専門性の高い人材の育成・雇用も課題となります。

しかし、十分な予算が確保できない自治体は少なくありません。こども施策を推進していくための予算の拡充も大きな課題といえます。

5.すべての子どものために

元来、子どもは一人ひとりが愛され大切にされなければならない存在です。しかしながら、子どもを取り巻く環境は今なお厳しく、すべての子どもが健やかに安心して成長できる環境が整えられているとはいえません。

このような現状を改善させるべく作られたのがこども基本法です。この法律が担う役割は大きく、また寄せる期待も小さくありません。すべての子どもの権利が十分に守られるように、また、すべての子どもが幸せに成長していける社会になるように、今後もこども基本法の実効的な運用に注視していきたいと思います。(編集協力スタジオユリグラフ・中村里歩)