これからの教育で一層重視すべき学びの一つとして示された「個別最適な学び」。「協働的な学び」と一体的な充実を図り、ICTも活用しながら全ての子どもたちの可能性を引き出す教育が期待されています。この記事では「個別最適な学び」について、教育工学の専門家が解説します。

目次

1.「個別最適な学び」とは?
2.「個別最適な学び」の内容 「協働的な学び」との違い
3.「個別最適な学び」「協働的な学び」の実践例
4.「個別最適な学び」「協働的な学び」に必要な考え方
5.「個別最適な学び」「協働的な学び」の課題
6.これからの時代に不可欠な学び

1.「個別最適な学び」とは?

「個別最適な学び」とは、子どもは一人ひとり違うことを前提に、子どもの特性や興味関心に応じて子ども自身が学習を進めていく学びです。

中央教育審議会から2021年に出された答申(令和3年答申)において、「協働的な学び」とともに、2017年に告示された学習指導要領にもとづいた子どもの育成を実現するためのキーワードとして掲げられました(参照:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~〈答申〉丨中央教育審議会)。

以下、掲げられるまでの経緯と、具体的な内容を説明します。

(1)「個別最適な学び」が掲げられるまでの流れ

「個別最適な学び」が強調されるようになったきっかけの一つが、2017年告示の学習指導要領の改訂の方向性について述べた2016年の答申(平成28年答申)です。この答申では、2030年の社会とその先の未来を想定して、急速に社会が変化する時代だからこそ子どもたちが変化を前向きに受け止め、自身で新しい未来を構想し、実現することが重要であるとされています。

また、同答申では、今後の社会は、AI、ビッグデータ、IoT(モノのインターネット)などの先端技術が身近な存在となり、環境の予測困難な変化も相まって、子どもたちがICT(情報通信技術)を手段として積極的に活用することが必要だとも述べています(参照:幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について〈答申〉丨中央教育審議会)。

この答申の公表のあと、子ども自身がICTをマストアイテムとして自由に活用できるようになるために、2019年に文部科学省からGIGAスクール構想(子ども一人ひとりに情報端末を1台持たせる〈1人1台端末〉のと、高速かつ大容量の通信ネットワークを構築する構想)が発表され、ICT環境が整備されました。

学校教育の基盤的なツールとしてICTを活用することで、個々の特性にあった多様な方法で児童が学習を進めたり、多様な人たちと協働しながら学習をおこなうことが容易になったのです。

(2)「個別最適な学び」は学校教育の基盤

平成28年答申をもとに2017年に告示された学習指導要領を受け、令和3年答申で目指すべき新しい時代の学校教育の姿として示されたのが「個別最適な学び」と「協働的な学び」です。

学習指導要領では、学校教育を通じて児童生徒が「何ができるようになるか」ということを重視し、身に付けるべき資質・能力として「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力等」「学びに向かう力、人間性等」の三つの柱が示されました(参照:幼稚園教育要領、小・中学校学習指導要領等の改訂のポイント丨文部科学省)。

育成すべき資質・能力の三つの柱丨文部科学省

出典:育成すべき資質・能力の三つの柱丨文部科学省

このような資質・能力を育成するために、令和3年答申では、学習活動を「個別最適な学び」と「協働的な学び」という視点から捉え直し、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善につなげることが重要とされました。その際には、これまで培われてきた工夫とともにICTの可能性を指導に生かすことが求められました(参照:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~〈答申〉丨中央教育審議会)。

つまり、「個別最適な学び」とは、これからの学校教育の基盤となる学びなのです。

2.「個別最適な学び」の内容 「協働的な学び」との違い

「個別最適な学び」は「協働的な学び」とセットで用いられることが多い言葉です。令和3年答申にも「一体的に充実」するよう記述されています。

そもそも「個別最適な学び」「協働的な学び」とはどういう学びを表しているのでしょうか。なぜ一体的に充実することが求められているのでしょうか。

以下、これらの点について解説します。

(1)「個別最適な学び」の内容

「個別最適な学び」は、これまで日本で重視されてきた「個に応じた指導」を学習者視点から整理した概念です。また、「個別最適な学び」をより具体的に表した言葉が「指導の個別化」と「学習の個性化」です。

「指導の個別化」とは、子ども一人ひとりの特性や学習進度、学習到達度などに応じ、学習方法や教材、学習時間などを柔軟に設定することを指します。例えば、国語の漢字の練習では、漢字を覚えるのに、鉛筆で練習するのが苦にならない子もいれば、ノートに書くのが苦手な子もいます。自分は鉛筆で書いたほうが覚えられる子はノートで練習し、ノートよりも情報端末を使う方が集中できる子はアプリで練習する。このように、子ども自身が自分の得意、不得意を自覚し、それに応じて学習方法を選択できるようにするのも「指導の個別化」の一つです。

「学習の個性化」とは、子どもの興味・関心・キャリア形成の方向性などに応じ、子ども一人ひとりに応じた学習活動や学習課題に取り組むことを指します。例えば、総合的な学習の時間で情報と社会の関わりについて学習課題を設定する場面で、自分はスポーツに興味があるからプロスポーツ選手がどのように情報を収集して戦略に生かしているかを調べる。自分は文章を書くのが好きだから、編集の仕事をする人が生成AIを使ってどのように仕事を効率化しているのかインタビューする。このように、子どもが自分の興味・関心に応じて、学習課題を自身で決定していくのも「学習の個性化」の一つです。

(2)「協働的な学び」の内容

一方、「協働的な学び」は、教員と子ども、あるいは子ども同士の関わり合いなど、さまざまな場面でのリアルな交流の機会を通して、子ども一人ひとりのよい点や可能性を生かしながら、異なる考え方を組み合わせ、よりよい学びを生み出すことを指します。

子ども同士をはじめとする多様な他者と協働しながら、相手を尊重し、異なる考え方を組み合わせたり、新たな考えを創造したりするために必要な資質・能力を育成するための学びです。

例えば、算数の台形の面積を求める場面があったとします。自分と違う面積の求め方をしている友だちと、「なぜその面積の求め方でも答えが出るのか」「自分の求め方との相違点や共通点は何か」といった議論を通して、共通点から面積の公式につなげていく活動も「協働的な学び」として挙げられます。

(3)「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実とは

「個別最適な学び」と「協働的な学び」は一体的に充実することが求められています。

これは、「個別最適な学び」が「孤立した学び」に陥らないよう、これまでの学校教育で重視してきた、子ども同士をはじめとする多様な他者と協働しながら課題解決に取り組むために必要な資質・能力を育成することが重要だからです。

一方で、「協働的な学び」を進める際に、集団の中で個が埋没してしまわないよう、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善に取り組むことも求められています。「主体的・対話的で深い学び」を実現するための授業改善では、子どもがICTを日常的に活用することで、自ら見通しを立てたり学習の状況を把握する、共同で作成・編集などをおこなったり多様な意見を共有しつつ合意形成を図るといったことも可能です。

3.「個別最適な学び」「協働的な学び」の実践例

今、学校に求められているのは「個別最適な学び」と「協働的な学び」の一体的な充実と、その先の「主体的・対話的で深い学び」を実現するための授業改善です。

ここでは、他の学校がどのような取り組みをしているのかイメージしやすいように、実践例を二つ紹介します。

(1)「自由進度学習」で取り組む個別最適な学び

広島県廿日市市立宮園小学校では、「自由進度学習」に取り組んでいます。宮園小学校が取り組む「自由進度学習」では、例えば、算数と理科を関連的に進められるよう1枚のシートに学習計画表をまとめたり、子どもたち自身が学びを進めていけるようスモールステップを意識したワークシートを作成したりして、子どもたちの個別最適な学びを支援しています。

「自分のペースで進められるのがいい」「周りに友達がいるからすぐに聞けたり、友達が声をかけてくれたりするので、わからないところがなくなった」といった子どもたちの感想から、学びに向かう姿勢や子ども同士で協力しながら学ぶ態度が育成されている様子が伺えます(参照:具体的な実践事例① ~廿日市市立宮園小学校~丨広島県教育委委員会)。

なお、広島県では宮園小学校を含め、さまざまな学校で「個別最適な学びに関する実証研究」をおこなっており、その様子を収録した動画を公開しています(参照:全ての子供たちの「主体的な学び」の実現に向けて丨同上)。

(2)クラウドを活用した子ども主体の学び

愛知県春日井市立高森台中学校では、子どもたちの主体的な学びを実現するため、1人1台端末やクラウドを活用した授業づくりに取り組んでいます。どの教科の授業でも学びのアウトプットを前提とし、学習課題に関するスライドを作成して友達にプレゼンデーションしたり、教員がクラウドに準備した練習問題の中から自分の課題に応じた問題を選択したりしています。

こういった学習活動を通じて、子どもたちは課題や自分の状況に応じて、一人で学習する、友達と議論しながら学習するといった学習方法や、教科書から情報を集める、インターネットから情報を集める、といった学習材などを自分で選択して学習を進めることができるようになります(参照:子どもの主体的な学びを実現する中学校でのクラウド活用|Google for Educaiton)。

4.「個別最適な学び」「協働的な学び」に必要な考え方

「個別最適な学び」と「協働的な学び」は、これまでも重視されてきた学びではありますが、これまでと同じやり方では実現が難しい学びでもあります。ここでは、二つの学びを実現させるために必要な考え方を紹介します。