目次
1. ラーケーションとは
ラーケーションとは、「ラーニング(learning:学習)」と「バケーション(vacation:休暇)」を組み合わせた造語で、学びを目的として休暇を楽しむことを指します。例えば、自然に触れることを目的として海や山・川遊びを楽しむ、地域の魅力の発見を目的として遺跡や博物館・美術館に足を運ぶことなどが挙げられます。
(1)ラーケーションとワーケーションの違い
ワーケーションとは、「ワーク(work:仕事)」と「バケーション(vacation:休暇)」を組み合わせたものです。仕事の一環として扱われるため、ラーケーションとは区別されます。
(2)「ラーケーションの日」とは
「ラーケーションの日」とは、事前に学ぶ日程・場所・内容などの届け出をすれば平日に学校を休める制度です。愛知県内の公立の小学校・中学校・高校および特別支援学校に通う児童生徒が対象になります。ラーケーションを活用し、子どもは自ら考え、企画した体験や学びを実行します。受けられなかった授業は、自習で補完することになります。
ラーケーションの日は、2023年3月16日の愛知県知事会見にて創設が発表されました。
- 愛知県全体のワーク・ライフ・バランスの充実を目指す、「休み方改革」プロジェクトの中で生まれた「ラーケーションの日」は、「学習(ラーニング)」と「休暇(バケーション)」を組み合わせた愛知県発の新しい学び方・休み方です。
- 校外での自主学習活動であるため、子供は学校に登校しなくても欠席とはならず、「出席停止・忌引等」と同じ扱いとなります。
- 保護者等の休暇に合わせて届け出をし、年に3日まで取ることができます。(ただし、2023(令和5)年度については、2学期以降の実施となるため、2日までとなります。)
(参照:愛知発の新しい学び方「ラーケーションの日」ポータルサイト|愛知県)
これまでにも愛知県内11市町が2023年9月1日から導入を開始しており、全54市町のうち名古屋市を除く53市町(計1003校)が2024年1月までに実施を予定しています(参照:2023年度「ラーケーションの日」市町村実施状況一覧|愛知県)。
2. 「ラーケーションの日」の導入に至った背景
ラーケーションの日の導入に至った背景には、日本社会における「休み方」に関する課題認識があります。例えば、親が祝休日に仕事をしていることも多く、家族と一緒に過ごす時間がつくりづらいといった課題です。
日本では、有業者のうち平日に働いている人の割合は82.7%、土曜日に働いている人の割合が45.5%、日曜日に働いている人の割合が30.4%となっており、保護者と子どもの休みが合わず、一緒に過ごすことが難しい家庭が多い状況があります。
愛知県 「休み方改革」 プロジェクト 関連データ集 p.4|愛知県をもとに著者作成
保護者と子どもが一緒に過ごす時間を増やすために、愛知県は「休み方改革」プロジェクトの一環としてラーケーションの日を設けました。
3. 「ラーケーションの日」を導入するメリット
「ラーケーションの日」を導入するメリットは、どのようなものがあるのでしょうか。ここでは、子ども・保護者・社会の観点からそれぞれ解説します。
(1)保護者の休み方改革の推進につながる
一つ目は、保護者の休み方改革の促進につながることです。例えば、子どものラーケーションの日に合わせて、平日に有給休暇を取得する保護者の増加が期待できます。これにより、保護者のワーク・ライフ・バランスの充実にもつながるでしょう。
現在は愛知県のみでの導入にとどまっていますが、ママタスセレクトが実施したアンケートでは、参加者である全国の母親約80%がラーケーションの日の活用を希望しています。
出典:「ラーケーションの日」が導入されたら2,000人超のママたちは活用する?全国に導入されるのか……<ママのリアル調査>|ママタスセレクト
(2)子どもが豊かな経験や学びを得る機会となる
二つ目は、子どもが学校外ならではの豊かな経験や学びを得る機会になることです。具体的には、次のような経験や学びが考えられます。
① 自然に触れる「体験」をする
ラーケーションの日は登山や海・川遊びなど、自然体験をおこなう絶好の機会です。デジタル機器から離れ、自然に触れるなかで、五感をダイレクトに使った体験ができます。キャンプで寝泊まりしたり、美しい星空を眺めたりして得られる感動は、かけがえのない一生物の体験になるでしょう。
② 地域の魅力を「発見」する
ラーケーションの日を活用して、地域に残る遺跡や文化財に触れるのもよいでしょう。博物館や美術館、平日開催のミュージカルやコンサートなど、土日は混雑する施設でも、ラーケーションの日を使えば平日に余裕を持って鑑賞できます。こうして「発見」した魅力は、これからの地域社会を担う子どもたちにとって重要な知識となるでしょう。
③ 子どもが主体的に「探究」する
新しい学習指導要領では、「探究」学習の重要性が主張されています。「課題設定→情報収集→整理・分析→まとめ・表現」という段階を踏むことにより、問題解決能力を育むことが目的です。例えば、ラーケーションの日を活用して子どもに訪問先を考えさせたり、プランを作成させたりすることにより、学校外でも探究活動に取り組めるようになります。子どもが主体的に「探究」できた喜びは、達成感につながるでしょう。
(3)地域経済の活性化につながる
三つ目は、地域経済の活性化につながることです。例えば、ラーケーションの日を使って、これまで平日ガラガラだった観光地に子ども連れの家族が訪れるようになれば、地域の経済状況は好転していくでしょう。また、週末や長期の連休に集中していた旅行需要が平準化することで、宿泊業や飲食サービス業の労働生産性も高まります。つまり「休みを取る」ことが、結果的に地域経済を回すことにつながるのです。
4. 「ラーケーションの日」の導入で生じる課題
ラーケーションの日の導入で生じる課題もあります。ここでは、子ども・保護者・社会の観点からそれぞれ考えてみます。
(1)家庭の状況により不平等が生じる
一つ目は、家庭の状況により不平等が生じることです。ラーケーションの日は、愛知県内の公立校に通う児童生徒であれば誰でも利用できる制度です。しかし、なかには経済的な事情で取得できない家庭もあるでしょう。「エッセンシャルワーカー(人々の生活に必要不可欠な労働者)」に従事する保護者が取得しづらいことも想定されます。また、私立学校には制度が導入されていないことにも配慮する必要があります。
名古屋市教育委員会は、休み方改革の趣旨は理解しているとする一方で、ラーケーションの日を取得できる家庭とできない家庭とで不公平感が高まることを懸念点の一つに挙げています。そのため、名古屋市ではラーケーションの日の導入が見送られました。
(2)学習が遅れる可能性がある
二つ目は、学習が遅れる可能性があることです。基本的に、ラーケーションの日を活用した日の授業内容は、自習で補うことになっています。しかし、宿題として取り組ませるだけでは、学力の定着に結びつかないのではないかと懸念されています。それまでに継続してきた学習が一旦中断されることにも気を配る必要があります。
さらに、本来の学びとは、学校の仲間との「協働的な学び」や「対話的な学び」を通じて実現するものです。ラーケーションの日を使えば、その機会を失ってしまうことになります。例えば、運動会や修学旅行などの学校行事に、友だちと一緒に参加して得られる学びは、ほかには代えがたいものがあるでしょう。
(3)教員の負担増
三つ目として、教員の負担の増加が考えられます。保護者や子どもにとっては有意義なラーケーションの日であっても、教員にとっては給食停止の手続きや出席簿への記入、欠席者への宿題の連絡など、個別対応が求められます。これらの個別対応が日常に加わると、教員に大きな負担がかかることになるでしょう。近年進められている教員の「働き方改革」と逆行する動きにもなります。
また、学校の先生が「ラーケーションの日」を取得することは、悩ましい問題になるでしょう。自分の家族との時間を大切にするか、クラスの子どもへの教育を優先するのかといった問題は簡単に判断できないと思います。学校の先生にこそ「ワーク・ライフ・バランス」が求められていますが、それを支える管理職や保護者の理解も必要です。
5. 「ラーニング」と「バケーション」の両立を
ラーケーションの日の導入には多くのメリットがある一方、解決すべき課題も浮き彫りになっています。そのことを踏まえると、ラーケーションの日が、そのまますぐに全国に広がるとは限りません。手続きの煩雑さや取得した子としていない子の格差も問題となるでしょう。
しかし、「ラーケーションの日」は、新しい「休み方改革」や「学び方改革」につながることも事実です。そのために必要なのは、「バケーション」の取得だけではなく、「ラーニング」という中身を両立させることが大切です。せっかくラーケーションの日を取得して学校を休んだのに、学びがなければ本末転倒です。保護者と子どもの両者にとって有意義なラーケーションの日が実施されることを望みます。