「2020年代に一人1台コンピューターを」――文科省は、ICT(情報通信技術)を活用した教育の普及に力を入れている。学校にICT環境を整備し、子どもたち一人ひとりの理解度に合わせた教育をするとともに、創造性をはぐくむのがねらいだ。

そんななか、新型コロナウイルスの問題が発生。感染拡大を防ぐことを名目に、政府の要請で3月、全国の学校が一斉に休校になった。状況が見えないなか、新学期の始業を遅らせる学校も。多くの子どもたちが突然通学できない状態になり、ICTにかつてないほど注目が集まっている。ICTは救世主となるのか。教育はどう変わるのか。

「学校一斉休業」で問われていること

経産省教育産業室では「#学びを止めない未来の教室」というサイトを作り、こんなメッセージを掲げた。https://www.learning-innovation.go.jp/covid_19/

「全国の学校の臨時休業が進むでしょうが、そんなときこそEd Techがその力を発揮します。『学校が閉まってるからって、学びを止めないで済む』そんな社会の実現に向けた挑戦だと、前向きに考えたらよいのではないでしょうか」

「Ed Tech」とは、Education(教育)とTechnology(技術)を掛け合わせた言葉で、教育にテクノロジーを活用する取り組みのことをいう。このサイトでは、さまざま事業の実例や教材が紹介されている。

このサイトで紹介される多くの企業では、学校へ行けなくなった子どもたちに使ってもらえればと、期間限定で教育アプリやオンライン教材、電子ドリルを無料で提供すると告知している。

出版社各社は、子どもたちのための電子書籍をインターネットで無料公開。朝日新聞出版では「科学漫画サバイバル」「バトル・ブレイブス」「歴史漫画タイムワワープ」のシリーズ全巻を順番に4月上旬まで無料公開。小学館では、「学習まんが 少年少女日本の歴史」の電子版全24巻を4月12日まで無料公開している。

「明らかに流れが変わった。予期しないできごとであったが、教育の場でICTが広がる契機になるのでは」(通信業界関係者)という期待の声が各方面から聞こえてくる。

世界から取り残される日本の教育

実際には、学校の休校によって、多くの子どもたちが抱え込んだのは、学校から渡された「紙の宿題」だ。大量のプリント教材、ドリル教材……。なかには、毎日の体温を記入、保護者が印を押す紙の「検温シート」も。「突然の休校で一番働いたのは、学校の印刷機」(学校関係者)という笑えない話もある。ICT技術が完備されているので、休校でもほとんど影響ありません、という学校はまだ少数派だろう。

世界的にみても、日本の教育現場でのICT活用は大きく遅れをとっている。2018年の国際学習到達度調査(PISA)(※)では、学力テストとともにICT利用についてのアンケート調査が行われた。そこで衝撃的な結果が出た。

日本の高校1年生の約8割が、授業でパソコンやタブレットなどのデジタル機器を「利用しない」と回答、経済協力開発機構(OECD)加盟の31カ国中、最低レベルだったのだ。「家庭におけるICT利用」の値も、OECD平均より低かった。

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PISA2018 IC001 自宅機器設備の利用率
「自宅に以下の機器はありますか?」に対する「はい、使っています」の回答割合 黄色実線(日本)灰色実線(全体平均)
「OECD-PISA Database( https://www.OECD.org/pisa/data/)」をもとに、豊福准教授作成
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PISA2018 IC009 学校機器設備の利用率
「学校に以下の機器がありますか?」に対する「はい、使っています」の回答割合 黄色実線(日本)灰色実線(全体平均)
「OECD-PISA Database( https://www.OECD.org/pisa/data/)」をもとに、豊福准教授作成

使われているデジタル機器でみると、かろうじて日本が平均よりも高かったのは、携帯、ゲーム機、音楽プレーヤーなど。一方で、タブレットパソコン、ノートパソコンは平均から著しく低かった。

これについて、教育現場でのICT活用について長年研究されている国際大学グローバル・コミュニケーション・センター豊福晋平准教授(教育学)はこうみる。

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「パソコンに触れる機会が少ないのは大きな問題です。日本でITは、『勉強とは関係のないもの』という受け止め方がまだ一般的でしょう。子どもたちは日常生活で音楽を聞いたり、スマホでサイト検索して眺めたりといったことは普通にするけれど、パソコンでものを書いたり、作ったりはしない。学習の活動では、知識を蓄えるだけではなく、得た知識をもとにしてものを作っていく、他の人とやり取りしながら、まとめていくといった過程が非常に大切です。こうした部分が、外国に比べて大きく遅れてしまっているのです」

※OECDが2000年から実施している3年ごとに15歳(日本は高1生)を対象に行う学習到達度調査。Program for International Student Assessment略。読解力、数学的リテラシー、科学的リテラシーの3分野を調査する。18年は79カ国・地域が参加した。

子どもたちが「勝手に」学んでいく

京都府亀岡市郊外、山なみと棚田が織りなす雄大な風景のなかに、全校児童28人(2020年4月現在)の小さな小学校がある。亀岡市立東別院小学校だ。教科の学習とともに、学校裏の清流でアユつかみをしたり、全校でそば打ちをしたり、学級園で野菜を育てたり、豊かな自然を生かした体験型の学習も行われている。

この学校、ICTを活用した教育に力を入れようとしている。高学年は授業で一人一台のタブレット端末を活用。授業は電子黒板で展開することもあり、デジタル教科書も使いながら進められている。

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たとえば、国語で「俳句」を習うと、タブレットを使い、カメラで撮った写真に合わせてみなで俳句を作る。できた作品は友達と見せ合い、互いに講評する。理科の実験も、カメラで録画しデジタルレポートにまとめる。

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月の満ち欠けはAR(拡張現実)ソフトを使って、立体的に表現し学習。社会科で作る壁新聞も、かつては模造紙に分担して手書きしていたが、いまは、編集ソフトを使いこなして制作する。デジタル編集はクラスメートと同時に共同作業することが可能なので、短時間に仕上げられる。また見ばえもよく、子どもたちの満足感も大きい。

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こうした成果が実を結び、同小は、このほど、「Hello! SDGsクリエイティブアイデアコンテスト」(アドビ社主催)学校部門で、優秀賞に輝いた。『持続可能な開発目標(SDGs)』達成のためには、若い世代のアイデアやアクションを世界にどんどん発信し、普及させたい、との願いで実施されたコンテストだ。

「私たちの提案する豊かで幸せな未来」と題し、6年生の8人が力を合わせてSDGsの17のゴールに向け、課題を調べ、解決のアイデアを考えながら作った。画像や音声も入れられ、デザイン的にも見やすくまとまっている。

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指導した広瀬一弥教諭(40歳)は、ICTを活用する教育のメリットについて、こう語る。

「絵を描いたり字を書いたりといった手先の器用さにも個人差がありますが、便利なツールを使えば、そうした部分を補ってイメージを表現することができる。クリエーティブなものを作るなかで、自分の頭の中にある知識が活用されますので、日ごろの学習も定着していくという感触をもっています。子どもたちに課題を与え、目の前に使いやすい道具があれば、勝手に学んでいきますね。ネットを通じて伝えてフィードバックをもらうといったこともできる。社会とつながるために教育が変革されるということが出てくるでしょうね」

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日常のなかで、「当たり前の文具」として

これから未来を生きる子どもたちにどんな力が必要なのだろうか。

OECDは、「エデュケーション2030」のプロジェクトを掲げている。次代の公教育のありかたを検討する過程でコンピテンシー(資質・能力)を再定義、このほど、新たな学習枠組みである「OECDラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030」としてまとめた。

「ラーニング・コンパス」では、「知識」「スキル」「態度」「価値」というコンピテンシーが不可分一体のものであると定義している。「より良い未来の創造にむけた変革を起こす力」を備えるため、「見通し」「行動」「振り返り」 のサイクルを回していく。その目的は、就業にとどまらず、個人の、そして社会の「ウェルビーイング」(健康や幸福)に到達することだという。その原動力となるのが、「エージェンシー」(自ら考え、主体的に行動して、責任を持って社会変革を実現していく姿勢・意欲)だ。

前出の豊福准教授は学校におけるICTのゴールについてこう語る。

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「ICTは、『エージェンシーの加速装置』なのです。ICTを使えば、単位時間あたりに扱える情報量は数百倍、数千倍にもなるけれど、その膨大な情報を使えば、良いことも悪いことも加速させてしまいます。ICTの使い方に方向を与えるのはわれわれ自身なのです。複雑で不確かな世界を自ら歩む力にするには、これらを使って社会に貢献する筋書きを自分の内に作ること、使い方をより研ぎ澄ませ、自分の得意と結びつけることが求められるでしょう。また、一人でなんでも抱え込むのではなく、双方向の互恵的な人間関係を作ることも助けになります。学校でのICTは、単に知識を得る手段というよりは、そうした関係や経験を磨くための必須のツールとなるでしょう」