デジタル・シティズンシップ教育は、子どもたちが積極的かつ安全に情報端末やインターネットを利用するために必要な能力を養うことを目的としており、日本の教育現場でも注目されています。本記事では、注目される背景や実践におけるポイント、今後の課題などについて教育工学の専門家が紹介します。

1.デジタル・シティズンシップ教育とは何か

デジタル・シティズンシップ教育とは、インターネットやインターネット上のメディアを使用する際の責任ある行動を促すことを目的とした教育です。インターネットや情報端末が普及している今、子どもたちがこれらを安全に利用しながら健全な成長を図ることが必要であるとの考え方から注目されています。

なお総務省は、デジタル・シティズンシップを「デジタル技術の利用を通じて、社会に積極的に関与し、参加する能力のこと」と定義しています。またデジタル・シティズンシップ教育は、「優れたデジタル市民になるために必要な能力を身につけることを目的とした教育」だとしています(参照:家庭で学ぶデジタル・シティズンシップ 〜実践ガイドブック〜 p.9、10丨総務省)。

デジタル・シティズンシップの由来や、なぜこの考え方が求められているのか、詳しく説明します。

(1)デジタル・シティズンシップ教育が注目される理由

デジタル・シティズンシップ教育は、欧州評議会やUNESCOでも取り上げられている考え方です。急激な変化の時代において、今後直面するであろう課題に子どもたち自身が、情報機器を活用しながら積極的に取り組んでいくことが目指されています。

最初にデジタル・シティズンシップという考え方を広めたのは、アメリカの国際教育テクノロジー学会(ISET)です。同学会は、情報機器を含む情報技術の利用に対して適切で責任ある行動をとることをねらいとしていました(参照:ISET Standards:For Students|ISET)。

日本でも、2019年に全国の児童生徒に1人1台のコンピュータと高速ネットワークを整備する「GIGAスクール構想」が発表されました。そして、学校教育の中で情報端末を学習の道具として活用し、子どもたち自身がメディアやツールを選択して学習を進めていくことが可能となりました。

プライベートでは情報端末の操作に使い慣れている子どもたちですが、学校の中で情報端末やクラウドを活用しながら学習に取り組む経験は、まだまだ十分ではありません。そのため、学習の道具として情報端末を使う際のスキルやルールを学習する必要があります。

また、クラウドでつながっているということは、インターネットを通じて世界とつながっているということでもあります。そのことを自覚して、インターネットを活用するという姿勢が必要になってきます。これらの点から、デジタル・シティズンシップ教育が注目されるようになりました。

安心安全な利活用とデジタル・シティズンシップ教育 p.4丨総務省

出典:安心安全な利活用とデジタル・シティズンシップ教育 p.4丨総務省

(2)情報モラル教育との関連

デジタル・シティズンシップ教育と関連する内容として挙げられるものに、情報モラル教育があります。情報モラル教育については、ICTに対して否定的な見方を醸成する可能性があるといった意見もあります。しかし文部科学省が進めている情報モラル教育は、ICTに対する否定的な態度をとるものではありません。

情報モラル教育は、学習指導要領に「情報活用能力(情報モラルを含む)」という形で記述されています。情報活用能力に含まれる情報モラルには、「情報技術の役割・影響の理解」や「情報モラル・情報セキュリティの理解」といった情報を、積極的に活用する際に求められる知識や技術が含まれます。

これまでは、情報端末やインターネットを実際に使いながら、それらの使い方を学ぶことが学校教育の中では難しい環境でした。そのため、利用を制限して危険を回避させる、危険の可能性を理解させる、という生徒指導的な指導が強調されていたのです。しかしGIGAスクール構想により、子どもたちが使いながら使い方を学ぶことが、学校教育の中で可能となりました。

使いながら学ぶという考え方は、情報活用能力の一部として情報モラルを進めていくということにつながります。こういった視点は、デジタル・シティズンシップ教育と異なる方向性を示すものではありません。情報モラル教育とデジタル・シティズンシップ教育の重なりを意識しながら、実践に取り組んでいくことが必要です。

2.デジタル・シティズンシップ教育に対する国の動向

デジタル・シティズンシップ教育は、総務省および文部科学省の会議の中で取り上げられています。以下に、会議の中でどのように言及されているのかについて解説します。

(1)総務省

総務省では、「ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会」で、デジタル・シティズンシップについて取り上げられています。この検討会では、目的を以下のように掲げています。

幅広い世代におけるICTの活用が当たり前になる中、市民が自分たちの意思で自律的にデジタル社会と関わっていくという『デジタル・シティズンシップ』の考え方も踏まえつつ、これからのデジタル社会において求められるリテラシーの在り方や当該リテラシーを向上するための推進方策について検討すること「ICT活用のためのリテラシー向上に関する検討会」開催要綱丨総務省

検討会では大学の有識者、企業の代表者、NPOなど、さまざまな立場からデジタル・シティズンシップについて議論されました。

(2)文部科学省

学習指導要領には「デジタル・シティズンシップ」もしくは「デジタル・シティズンシップ教育」という言葉は記述されていません。しかし、2019年から始まったGIGAスクール構想に関連して、文部科学省で行われた会議の中でデジタル・シティズンシップ教育について触れられています(参照:安心安全な利活用とデジタル・シティズンシップ教育丨文部科学省)。

この資料では、欧州評議会が公開している資料(Digital Citizenship Education Trainers' Pack)に基づいて定義が紹介されていたり、情報モラル教育との比較がなされています。

3.デジタル・シティズンシップ教育を実践するときのポイント

デジタル・シティズンシップ教育を実践する上でのポイントは、まず指導する側、あるいは大人の側が一方的にルールや決まりを押し付けないこと。そして、必要な知識を踏まえた上で子どもと一緒に考えることです。

ここでは学校教育の視点、家庭の視点から、それぞれ実践のポイントを紹介します。

(1)学校教育での実践ポイント

学校教育においてデジタル・シティズンシップ教育を実践する際には、日常的な利用の中で、意図的・計画的に身につけてほしい力を取り上げて指導することがポイントです。授業の中で、個人情報の取り扱い、健康に影響する使い方、著作権などの基本事項を繰り返し指導していきます。教員の思いつきで指導することのないよう、日常的な活用と並行して、子どもたちの意識に働きかけていきましょう。

また、日常的な利用での指導と関連して、トラブルが起きそうな場面を想定しておくことも大切です。友達との意見にズレが生じそうな場面、利用の仕方の相違から話がまとまりそうにない場面は、子どもたちが体験から学ぶチャンスです。

教員による一方的な注意や、禁止による指導もよくありません。なぜそのような事が起こったのか、どうすればよかったのか、今後どうするといいと思うのかなどを、子どもたちと一緒に考えていきましょう。トラブルの指摘で終わるのではなく、それをきっかけに次の学びにどうつなげるかが大切です。

(2)家庭での実践でのポイント

家庭での実践のポイントも、学校教育と同様です。子どもの行動やトラブルを指摘するだけではなく、子どもがそのような行動を取る背景や気持ちに、子ども自身に気づかせていきます。具体的には、子どもの気持ちに共感したり、行動の理由を言葉に表したりすることを心がけることが大切です。そうすることが、子どもの問題を解決する能力の育成につながります。

子どもが気になる行動を起こせば、禁止など使わせないという対応にいきがちですが、それでは根本の問題の解決にはなりません。スマホやタブレットを使うときは、保護者に確認を取って使う、子ども自身が使い方を考える機会を作るといった、子ども自身による行動の変容につながる対応も大切です。

4.デジタル・シティズンシップ教育の実例

デジタル・シティズンシップ教育は、学校の教育活動全体を通して培っていく必要があります。ここでは、自治体が取り組んでいる二つの実践事例を紹介します。

(1)学校図書館におけるデジタル・シティズンシップ教育の実践

熊本県高森町では、10年以上前から教育の情報化の流れを受けて、情報活用能力の育成や課題解決型の学習に取り組んでいます。教科の枠を超えた学びや授業と家庭学習との連携を重視し、情報端末の持ち帰りや遠隔教育を早くから実践していました。

そういった中、GIGAスクール構想により1人1台の端末が導入され、学校図書館でもその環境を積極的に活用しています。町と教育委員会、新聞社が連携協定を結び、「高森町タブレット図書館」という実践を行っています。

また、小学生以上の全町民にアカウントが発行され、子どもたちは学校と家庭の両方で情報端末上で電子書籍を閲覧することが可能です。子どもたちは、読書でも学習活動でも、状況に合わせてデジタル、紙、それぞれのメディアを選ぶことができます。

こういったことが可能な背景には、子どもたちが日常的に情報活用能力を鍛え、発揮できる場面が多く設定されていることが挙げられます。また、教員自身もICT活用指導力の向上に取り組んでいることも、大きな後押しとなっています(参照:熊本県高森町の実践報告 町を挙げて取り組むGIGA端末の活用とその工夫 リーディングDXスクール事業 公開学習会 リポート Vol.4|文部科学省)。

(2)ルールメイキングを通したデジタル・シティズンシップ教育の実践