小中学生に1人1台端末を配備するGIGAスクール構想がスタートして2年がたち、ICT(情報通信技術)を上手に活用する力を身につけるデジタル・シティズンシップ(DC)教育が各地で始まっています。個人の情報モラル向上にとどまらず、多様な人々とコミュニケーションを取ってより善いデジタル社会の担い手になれるよう、ICTを積極的に活用することを大前提にしている点が特徴です。埼玉県吉川市では2022年度、市立小中学校12校すべてでDC教育の授業が行われ、その教員も全員、DC教育研修を受けました。

12校のDC教育の授業はいずれも、元中学校長で市教委特任教育支援員の大西久雄さん(64)が講師を務めた。学校としていち早くTwitterを導入した越谷市立中学校長時代、東日本大震災が発生。連絡手段が途絶える中、Twitterで子どもの安全などを保護者に伝えて話題になった。

「記録性」や「公開性」具体的に説く

2022年6月、吉川市立中曽根小学校では、3年生がDC教育の授業を受けていた。モニターには、ふざけてコンビニ店のアイスケースの中に入った人のイラストが映し出された。おもしろがってその場面をSNSに投稿したようだ。大西さんが「このお店で働いている人なんだけど、この後どうなると思う?」と問いかけると、画面はSNSの投稿が数え切れないほどコピーされているイラストに切り替わった。「そう、コピーされちゃうんだ。そうなるともう、取り消すことはできない。どうしてか、考えをまとめてみよう」。それぞれ自分の端末に考えを打ち込んでいく。

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保護者も参加して行われたDC教育の授業。左上が大西久雄さん=2022年6月、埼玉県吉川市立中曽根小学校

次に大西さんが出したお題は、「面と向かって言われる悪口と、SNSなどインターネットを介した悪口には違いがあるか」。再び考えをまとめる時間を取った後、インターネット上の悪口を調べればだれが書いたかはわかっても、わからないことが一つあるよ、と語りかけた。「それは、書いた人の気持ち。目の前で悪口を言われるのは嫌だけど、相手の表情で冗談かどうかなど少しは気持ちがわかる。でもインターネットではそれができないよね」

授業は2コマ行われ、1コマめでは、こんなふうに記録性や公開性、流出性といったインターネットの特徴について、具体例を挙げながら大づかみした。2コマめは、知らないサイトで安易にクリックする危険や、だれかが描いたイラストを勝手に使ってはいけないことなどインターネットを使う上での注意点が中心だった。

この日の授業には保護者も参加し、教室で子どもと一緒に大西さんの話に耳を傾けた。授業後、「インターネットには危ないところがあるんだとわかった」と3年生の由宇夏芽さんが感想を話すと、母の安輝(あき)さんは「親はこういうことを教わってきていないので、親子で受けられてよかった。こういう機会が継続的にあるといい」と続けた。

2022年度、吉川市立学校の小学3年生~中学3年生はオンラインを含めて全員が2コマ、小学1、2年生は1コマの授業を受けた。ベースにしたのは米国発の教材「コモンセンスエデュケーション」で、大西さんは「インターネットの特性・しくみ」「投稿を考える」「悪口・いじめを考える」「ウソやだましにのらない」「マナー・プライバシー・権利を守る」「メディア・リテラシーを高める」の6テーマに整理して授業をつくってきた。「子どもたち自身が考える場面を必ず入れました。自分で判断してしっかり使えるようになるためです」とねらいを話す。

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大西久雄さん作成の資料から

2022年度は小中学校の教員も全員、大西さんのDC教育研修を1回受けたほか、ICT活用の研修も1回ずつ受けた。市教委学校教育課ICT教育推進担当副主幹の松岡伸悟さんが「DC教育の授業をがっちり組まなくても、先生方一人ひとりがいろいろな教育活動の場面で日常的に指導してもらうことをめざしています」と言うように、2023年度の教員研修は、DC教育を採り入れた授業づくりに向け、より実践的な内容を計画している。

さらに、関心の高い教員には希望制の研修を用意して一歩踏み込んだ内容まで学び、成果を各校で広めてもらって市全体にDC教育を浸透させたい考えだ。

YouTubeで動画教材を共有

市教委はまた、オリジナルのYouTubeチャンネルを開設し、大西さんが作成したDC教育の動画教材を配信して広く共有を図っている。

2023年度は、DC教育につながる取り組みとして、子ども自らが課題を見つけて解決していくPBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)の授業も小学校低学年以上で採り入れるほか、2022年度に実施した小中学生向けのプレゼンテーション講座を、今度はPBLと組み合わせた講座にリニューアルし、夏休みを中心に10回開く。最後は大会を開くことにしている。いずれも大西さんが講師を務め、吉川市同様にDC教育に熱心な埼玉県幸手市とほぼ同じ内容で進めていくという。

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大西久雄さん作成の資料から

県外からもDC教育の講演を頼まれたり、教員が授業の視察に来たりするケースが出てきたという大西さん。「県や市を越えて広がっていることに手応えを感じる」と話す。課題と感じるのは「管理職の意識」だという。「『私はデジタルが苦手だから若い先生に任せる』というのではだめです。ちゃんとデジタルを使える市民に子どもたちを育てるには、先生たち自身が変わろうとしなければいけません」と話す。

デジタル・シティズンシップとは

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デジタル・シティズンシップとはそもそもどのようなものでしょうか。総務省が2022年6月に発表した「『2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方』情報通信審議会からの一次答申」には、以下のような説明があります。

デジタル・シティズンシップとは、デジタル技術の利用を通じて、社会に積極的に関与し、参加する能力を指すものであり、コンテンツの作成や公開、他者との交流、学習、研究、ゲーム等のあらゆるデジタル関連の活動を行う能力に加え、オンライン消費者意識、オンライン情報とその情報源の批判的評価、インターネットのプライバシーとセキュリティの問題に関する知識など幅広いリテラシーを含む概念であり、具体的には「ネットいじめ」や「ヘイトスピーチ」への対応やオンラインニュースとどう付き合うべきかといった身近な内容を含むものである。 総務省「2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方」情報通信審議会からの一次答申

同じ文書で、デジタル・シティズンシップ教育については、以下のように記しています。

我が国においてはGIGAスクール構想の下で「1人1台端末」が実現する一方、インターネットを取り巻く環境の変化に合わせ、ICTリテラシー教育についても進化が必要になっている。これまでの「情報モラル」は、ネットの長時間利用やSNSへの書込み等、インターネットの危険性について教えているが、どちらかと言えばインターネットの使用に関して抑制的であり、今後は、自律的なデジタルの利活用を通じて様々な相手とコミュニケーションを行い、多様な社会活動に参画し、よりよいデジタル社会の形成に寄与する「デジタル・シティズンシップ」を育むための教育を行うことが必要となる。総務省「2030年頃を見据えた情報通信政策の在り方」情報通信審議会からの一次答申