デジタル教科書の本格的なスタート時期について、編集部が解説します。

デジタル教科書とは?

紙の教科書を使うことを義務づけていた学校教育法が改正され、2019年4月から「デジタル教科書」が学校で使えるようになりました。デジタル教科書は、紙の教科書と内容はまったく同じものですが、パソコンやタブレット端末で閲覧できるため、文字の拡大や色の変更、文章を音声で読み上げるといった機能を加えることができます。学習障害や視覚障害がある子どもたちが学びやすくなるだけでなく、子どもたちの学習環境の改善にもつながることが期待されています。文部科学省は新しい学習指導要領※注1で掲げた「主体的・対話的で深い学び」※注2の実現につながると考えています。

※注1 学習指導要領=教育の水準を保つため、学校が教育課程を作る際の基準として文部科学省が定めるもの。
※注2 「主体的・対話的で深い学び」=小中高校の新しい学習指導要領で盛り込まれた内容で、児童生徒が自ら考え、ほかの人たちと協力して学ぶ姿勢を育むこと。

文部科学省「学習者用デジタル教科書に関する法令の概要」
文部科学省「学習者用デジタル教科書のイメージ」
文部科学省のHPで紹介している「学習者用デジタル教科書」のイメージ

動画やアニメーションは「デジタル教材」

学校では、教科書を使うことが義務づけられています。教科書の内容は厳選されており、文部科学省が著作の名義を持つものか、文科省の検定※注3を経たものだけが認められています。一般的に学校で使われている検定を経た教科書は、教科書会社が編集した原本を文部科学省が調べ、最終的に文部科学相が合否を決めています。ただし、デジタル教科書の内容は紙の教科書と同じため、デジタル教科書に限った検定は行われていません。

※注3 教科書検定=小中高校の教科書について、民間の出版社が編集した原案を文科省が調査し、文科相が合否を決める。客観性をもたせるため、国が定めた検定基準に沿い、大学教授や小中高の教員らでつくる審議会の審議を経る。戦前、国がつくった「国定教科書」が軍国主義教育を推し進めた反省から、1947年に今の制度になった。

従って、紙の教科書に記載されていない動画やアニメーションといったコンテンツは、デジタル教科書の範囲には含まれません。動画などは、デジタル教科書での学習をサポートする「デジタル教材」と呼ばれ、「学校教育法第 34 条第4項」に規定される補助教材に位置づけられています。

デジタル教科書の範囲

  1. 教科書と同じ画像や図
  2. 教科書と同じ文章
  3. 教科書の文章を機械音声で読み上げたもの
  4. 機械演奏の音楽

デジタル教科書の範囲外となるもの

  1. 英語のネイティブスピーカーによる音声
  2. プロによる音楽の演奏や、国語の朗読

デジタル教科書・デジタル教材で出来ること

文科省は「学習者用デジタル教科書の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン」の中で、デジタル教科書を活用してできることと、デジタル教科書とデジタル教材を組み合わせてできること、デジタル教科書とICT機器を組み合わせてできることを紹介しています。

デジタル教科書でできること

  1. 拡大して表示する
  2. ペンやマーカーで書き込むことを簡単に繰り返す
  3. 書き込んだ内容を保存・表示する
  4. 教科書を機械音声で読み上げる
  5. 教科書の背景色・文字色を変更・反転する
  6. 漢字にルビを振る

デジタル教材を組み合わせてできること

  1. ネイティブスピーカーによる英語の音読や、プロによる国語の朗読を使用する
  2. 教科書の文章や図表等を抜き出して活用するツールを使用する
  3. 教科書の紙面に関連付けて動画・アニメーションを使用する
  4. 教科書の紙面に関連付けてドリル・ワークシートを使用する

ICT機器と組み合わせてできること

  1. 大型スクリーンや教師のコンピュータに児童生徒のデジタル教科書の画面を表示する
  2. ネットワーク環境を利用し、児童・生徒が行った書き込みの内容や、関連して検索した情報などを学校と家庭間で共有する

24年度からデジタル教科書が本格導入される?

文科省の有識者会議「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」は2021年3月に、小学校の教科書が次に改訂される24年度のタイミングを、デジタル教科書を本格的に導入する最初の契機にすべきだとの中間提言をまとめました。

そして提言の中では、24年度に本格導入する際のパターンとして、
① 紙の教科書を全てデジタルに置き換え
② 紙とデジタルを併用
③ 一部の学年や教科でデジタルを主教材にする
④ 教育委員会などが年度ごとに選択する
⑤ 全教科でデジタルを主教材とし、必要に応じて紙を使用する
を挙げました。

本格導入には慎重な意見も

この中間提言について、文科省が意見募集を求めたところ、計310件の意見が寄せられましたが、紙に代わる教科書として期待する声よりも、学習効果の検証が足りないなどといった本格導入に慎重な意見の方が多く集まりました。

デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議中間まとめに関する意見募集の結果について

デジタル教科書の導入について文部科学省に寄せられた主な意見

  1. 紙の教科書に代わる学習用教材として子どもたちの学力形成に有効であり賛成
  2. デジタル教科書と紙の教科書のそれぞれの有用性を生かし、併用が望ましい
  3. デジタル教科書によって学習効果が上がる科学的根拠がない。紙の方が記憶に残りやすいという指摘もある。読解力低下につながる可能性がある
  4. 拙速に進めるのではなく、十分な研究を行い、効果を見極める必要がある
  5. デジタル教科書で、障害のある児童生徒や外国人児童生徒を含め、全ての子どもたちにとって豊かな学びが保障されなければならない
  6. 視力や姿勢への影響に加え、家庭での利用による睡眠への影響も懸念される
  7. 端末の故障や紛失、データの破損に対する補償が必要
  8. 教育のデジタル化は、家庭環境・地域環境によって教育を受ける機会に格差が生じないようにすべき
  9. 生徒の学習履歴など「教育データ」が第三者に悪用されないような仕組み作りが不可欠

デジタル教科書の課題

デジタル教科書は新制度に盛り込まれたものの、現時点では基準があいまいだと指摘されています。求められる機能や価格についての基準は設けられておらず、教科書会社によって使うサーバーも規格も異なっています。そのため、このまま導入が進むと、例えば、国語や算数の教科書会社が異なれば、その都度個別IDとパスワードを入力しなければいけないといった状況が生まれることも懸念されています。教育効果やデメリットも十分検証されていません。文科省は今後、デジタル教科書として扱う範囲や検定の在り方など、課題の洗い出しを進める予定です。

紙は無償 デジタル有償

義務教育を受ける子どもの紙の教科書は、国公私立のいずれかにかかわらず無償で提供されており、年間約460億円の国費が割り当てられています。一方、デジタル教科書は無償化の対象外のため、これまで導入した自治体は自らその費用を負担していました。

現時点では、教科書会社にデジタル教科書を発行する義務は無く、各社の工夫と努力に委ねられています。価格に関する基準もありません。紙と同様に無償化を求める声が高まる可能性はありますが、議論の前提としてデジタル教材との一体化が進む中でどこまでを教科書として扱うかなど詳細なルール作りが必要になりそうです。

文部科学省の「教科書無償給与制度」
文部科学省の外観

文部科学省は、まさにいまデジタル教科書の本格導入に向けた議論を始めています。22年2月7日には、新たに「教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループ」を設置し、今後は①24年度からのデジタル教科書の本格的な導入の在り方②デジタル教科書やデジタル教材、関連するソフトウェアの適切な活用方法を、主な検討事項として議論を進めていくとしています。

文部科学省「教科書・教材・ソフトウェアの在り方ワーキンググループについて(案)」

22年度は全小中学校で実証事業

22年度には全小中学校を対象とした実証事業が行われます。英語のデジタル教科書・デジタル教材を無償で配布し、希望する学校には、予算の範囲内でほかの教科からも1教科分を提供するものです。文科省は、実証事業を踏まえて「紙の教科書と併存させることが可能か」や、「必要な費用のあり方」などについて課題を洗い出すとしています。この事業のために、21年度補正予算(35億円)と22年度当初予算案(約20億円)には関連経費として、計55億円を計上しました。

実証事業で確かめる有効性

  1. デジタル教科書や教材から流れる朗読音声の有効性(英語)
  2. 図形や実験、観察を動画で学ぶことの効果(算数・数学や理科)

文科省は実証事業の結果を踏まえて、デジタル教科書を採用する教科や、紙の教科書と同様に無償化するかどうかなどの判断を22年中にも決める方針です。