2019年1月に中央教育審議会により取りまとめられた答申*を踏まえ、全国の学校現場で勤務時間管理の徹底や、業務の明確化・適正化に向けた施策が進められています。「教員の多忙化」に対する注目がかつてなく高まる一方、4月に発表された「教員勤務実態調査(2022年)」の速報値では、いまだ働き方改革の成果が十分に表れていないことがうかがえます。この問題を長年研究してきた、早稲田大学大学院教育学研究科教授の油布佐和子さんは「長時間労働ばかりを焦点化していて、教員の本務こそが負担になっているという点に目を向けていない」と、その課題を指摘しています。今後、学校の働き方改革をどのように進めるべきか、油布さんに聞きました。

*新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)
油布 佐和子(ゆふ・さわこ)
1953年大分県生まれ。日本学術振興会特別研究員、福岡教育大学講師、助教授、教授を経て、早稲田大学教育・総合科学学術院大学院教育学研究科教授。連合総研「日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する調査研究委員会」委員。おもな編著に「教育と社会」(学文社)、「教師という仕事」(日本図書センター)。単著に「現代日本の教師―仕事と役割」(放送大学教育振興会)がある

――教職員の働き方改革の進捗状況をどうみていますか

3年間にわたって取り組んできた働き方改革ですが、結論から言うと、国が期待していたほどの劇的な成果は上がっていません。当初、その目標として掲げていた、「長時間労働の縮減」および「教員の業務改善」のどちらについても、十分な改善は見られていないのが実情です。

まず、長時間労働について見てみましょう。2022年の実態調査によると、前回(2016年)と比べて、小中学校教諭の平日の在校時間が30分程度減少していますが、持ち帰り時間は10分ほど増えています。つまり、1日あたりの労働時間数は実質20分程度減ったことがわかります。数字で見れば減少傾向にありますが、依然として過労死レベルの長時間労働の状況は変わっていません。

業務の適正化に関しても、「教職員の働き方と労働時間の実態に関する調査結果」(財団法人連合総合生活開発研究所)によれば、「基本的に学校以外が担うべき業務」「必ずしも教師が担う必要のない業務」「教師の業務だが負担軽減が可能な業務」のいずれについても、支援員などへの業務移管が多くの現場で十分に進んでいない実態が示されています。

このように、長時間労働と業務の適正化の両面で、依然として教員の多忙は解消されてはいないのです。

理解されない教職の特殊性

――学校現場で働き方改革が進展しない理由は何だとお考えですか

改善が思うように進まない一つ目の理由は、勤務時間を短くすることばかりに主眼が置かれていて、業務量そのものに改革のメスが入れられていないことです。実態調査の結果からも、教員にとっての「本務」であるとされる学習指導および生徒指導にかかる時間が以前より増加していることがうかがえます。その背景には、学習指導要領の改訂で授業時間と学習内容が増えていること、児童生徒をめぐる状況が以前と比べて多様化・複雑化し、いじめや不登校について一層難しい対応を求められるようになったことなどの事情が影響していると推測されます。

つまり、教員にとって本務である学習指導や生徒指導こそが大きな負担になっているのです。ところが、国が進めている施策は、「教員が本務に専念できるように、周辺的な業務を整理する」という発想で行われています。これでは、前提となる現状認識そのものがずれているといわざるを得ません。周辺業務ではなく本務を見直さない限り、教員の多忙を根本的に解消することはできません。

教員の在校時間を短くするために早く帰宅させたことで、やり残した仕事を持ち帰ったり、早朝出勤を強いられたりするケースは後を絶ちません。実際に、多くの先生たちが日々の日課である業務をこなすだけで手いっぱいになり、余力を持てずにいるという労働実態を多く目にします。

そしてもう一つ、教員の働き方改革が遅々として進まない理由に、教員という職業の特殊性があります。この点は、見過ごされがちですが、もっと検討されるべきでしょう。