近年、学校の多様性・包摂性を高めるために個別化・個性化教育の重要性が指摘されており、そうした文脈のもとで自由進度学習が知られるようになっています。この記事では、自由進度学習の背景や考え方、事例などについて、教育方法学の専門家が解説します。

1.自由進度学習とは

自由進度学習とは、子どもが自分のペースで学習をおこなう学習形態を指します。特定の単元で実施する場合や、学年を超えて無学年制で実施する場合などがあります。特定の単元で実施する場合は単元内自由進度学習と呼ばれることが多く、特定教科の1単元でおこなう場合、同一教科の複数単元を組み合わせる場合、複数教科の複数単元を組み合わせる場合などがあります。

自由進度学習は、既存のドリルやワークブックなど比較的単純な課題と親和性が高い一方で、パフォーマンス課題などを取り入れて実施されることもあります(パフォーマンス課題とは、レポートやプレゼンテーションなど、複数の知識やスキルを総合して使いこなすことを求めるような複雑な課題のこと〈参照:西岡加名恵 著『教科と総合学習のカリキュラム設計ーパフォーマンス評価をどう活かすか』p.22 図書文化社 2016〉)。

2.自由進度学習が注目されるようになった背景

自由進度学習が注目されるようになった背景には、近年の教育政策が関わっています。特に経済産業省の「『未来の教室』とEdTech研究会」において「個別最適化」という考え方が示されたことを背景に、中央教育審議会答申(2021年1月26日)において、教育改革のキーワードとして「個別最適な学び」と「協働的な学び」が取り上げられたことは大きいといえます(参照:「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~〈答申〉|文部科学省)。

この答申では、「個別最適な学び」は「個に応じた指導」を学習者の視点から整理した概念とされています。そして「個に応じた指導」の在り方は、「指導の個別化」と「学習の個性化」に具体化されます。

まず、「指導の個別化」は、「教師が支援の必要な子供により重点的な指導を行うことなどで効果的な指導を実現することや、子供一人一人の特性や学習進度、学習到達度等に応じ、指導方法・教材や学習時間等の柔軟な提供・設定を行うことなど」とされています。

次に「学習の個性化」は、「教師が子供一人一人に応じた学習活動や学習課題に取り組む機会を提供することで、子供自身が学習が最適となるように調整する」こととされています。

答申では、特別なニーズをもつ子どもたち、外国につながる子どもたち、経済的に恵まれない子どもたちなど、子どもたちのニーズが多様化するなかで学校の多様性と包摂性を高めるために「個別最適な学び」が求められています。その際、GIGAスクール構想によって整備されたICT環境を活用して、「個別最適な学び」を充実させることが重視されています。

もちろん、日本で積み重ねられてきた一斉授業の蓄積から学べる点は多くあります。しかし、ときに一斉授業が「皆と同じ」であることを過度に求める、生き苦しい場になってしまうこともあったかもしれません。自由進度学習自体は以前から取り組まれてきたものではありますが、こうした認識を背景に模索がおこなわれるなかで注目されるようになってきたといえるでしょう。

3.自由進度学習の実践例

ここで、1980年頃から自由進度学習を含む個別化・個性化教育に取り組んできた事例を見てみましょう。

(1)緒川小学校における個別化・個性化教育

ここでは、愛知県東浦町立緒川小学校の事例を紹介します(参照:久野弘幸 監修、愛知県東浦町立緒川小学校 著『個性化教育30年〜緒川小学校の現在』 中部日本教育文化会 2008、[実践事例]愛知県 東浦町立緒川(おがわ)小学校丨ベネッセ教育総合研究所)。

同校は1978年に校舎を改修し、当時としては珍しいオープンスペース(多目的スペース。教室の壁を一部取り払い、廊下などと連続させて設けられることもある)を持つ学校となりました。この改修を機に、当時から「指導の個別化」「学習の個性化」を進めてきました。

緒川小学校での「指導の個別化」は、学習内容・学習方法を原則として教師が決定する形で、子どもの学力差に対応しながら一人ひとりの子どもに効率よく指導をおこない、どの子にも基礎・基本の力の定着を図ることを目指す指導の概念、「学習の個性化」は、学習内容も学習方法もできる限り子どもに返し、子どものもつ興味・関心を活かしながら、子どもの持ち味を伸ばしていく指導・支援の概念です。この学校では、答申で示されているような概念が数十年前から大切にされてきたことがわかります。緒川小学校の個別化・個性化教育の考え方や実践には、加藤幸次氏の個別化・個性化教育の考え方が影響しています(参照:加藤幸次 著『個別化教育入門』 教育開発研究所 1982)。

以下の表は、緒川小学校で確立された個別化・個性化教育のカリキュラムの特徴を示しています。学習の態様を見ると、カリキュラム全体で個別化・個性化教育が実施されており、集団学習や集団活動(創造)も位置づけながら取り組みがおこなわれていることがわかります。

図1 緒川小学校における個別化・個性化教育のカリキュラム 引用:久野弘幸 監修、愛知県東浦町立緒川小学校 著『個性化教育30年』p.4
図1 緒川小学校における個別化・個性化教育のカリキュラム(引用:久野弘幸 監修、愛知県東浦町立緒川小学校 著『個性化教育30年』p.4)

六つの学習の態様のうち「週間プログラムによる学習」(以下、週プロ)は、単元内自由進度学習です。複数の学習コースが設定されますが、学習のねらいは共通のものが設定されます。原則として、3年生以上の学年で、年間2回以上取り組まれています。コースごとに「学習のてびき」が作成され、「活動の目標」「標準時間数」「標準的な学習の流れ」が示されます。また、子どもたちが自分で学習を進めることを支える「学習カード(ワークシート)」「解答カード」「ヒントカード」などの学習プリントや、さまざまな学習材を備えた「学習コーナー」なども整えられます。

また、「はげみ学習」は、無学年制で子どもたちが学習進度に応じて一人学びをおこなうもので、学習内容の反復を通じて基礎的・基本的な内容の定着を図る時間です。つまずきのある子どもへの個別指導もおこなわれます。学習進度に応じて進められるという点で、自由進度学習の一環と捉えることができるでしょう。ただし、はげみ学習の時間のみで、基礎的・基本的な内容を学ぶわけではなく、常に集団学習と連動させているといいます。

このように緒川小学校では、自由進度学習がカリキュラムの一部に位置づけられていることがわかります。

(2)自由進度学習の事例

ここでは、竹内淑子氏の取り組みをもとに自由進度学習の事例をより詳細に紹介します(参照:小山儀秋 監修、竹内淑子 著『教科の一人学び「自由進度学習」の考え方・進め方』黎明書房 2019)。竹内氏は、新卒で緒川小学校に赴任して週プロと出会って以来、単元内自由進度学習に取り組んできた教師です。

竹内氏によると、自由進度学習の大きな流れは、①「ガイダンス」②「計画」③「追求」④「まとめ」と四つの段階に分かれています。

図2 自由進度学習の大きな流れ 小山儀秋 監修、竹内淑子 著『教科の一人学び「自由進度学習」の考え方・進め方』p.21〜43をもとに筆者作成
図2 自由進度学習の大きな流れ 小山儀秋 監修、竹内淑子 著『教科の一人学び「自由進度学習」の考え方・進め方』p.21〜43をもとに筆者作成

①ガイダンス

「ガイダンス」とは、子どもに単元全体の目標や流れなどの見通しを持たせるものです。例えば「てこのはたらき」の単元であれば、「体重の違う二人がシーソーに乗ったとき、どうしたら釣り合うか」「釘抜きはどうして簡単に釘が抜けるのか」などの「疑問」を示し、予想をさせながら学習課題をイメージさせるといいます。こうした「疑問」は単元終了後に解決できるようにすることが目指されます。

②計画

「計画」は、「学習の手引き」を参考にしながら子どもが各自「計画表」に記入するものです。「学習の手引き」に単元目標や学習の流れが示されており、子どもはそれに沿って、いつ、何を実施するかについての計画を立てます。

③追求

「追求」は、「計画」にもとづいて子どもが学習を進める時間です。学習の途中で、数回の自己チェックと教師チェックがあります。また、設定された学習の到達ラインまでは、すべての子どもが進むことが求められています。到達ラインを通過した子どもには、学習内容に関連する「発展学習」が準備されています。

④まとめ

「まとめ」は、学級または学年全体で、学習内容の確認や、学習の成果を共有する時間です。「てこのはたらき」の単元であれば、ガイダンスで提示した「疑問」の答えを子どもたちが考えるとともに、ほかにもてこを利用した身近な道具について、てこのきまりを使って説明するなどの取り組みがおこなわれています。 こうした自由進度学習を作る際には、一般的に次のような順序で作られるといいます(参照:小山儀秋 監修、竹内淑子 著『教科の一人学び「自由進度学習」の考え方・進め方』p.44〜49 黎明書房 2019)。ただし、状況に応じて行きつ戻りつしながら作ることができます。単元の学習を進めながら、内容を充実させていくこともあるとされます。

図3 自由進度学習の作り方 小山儀秋 監修、竹内淑子 著『教科の一人学び「自由進度学習」の考え方・進め方』p.44〜49をもとに筆者作成
図3 自由進度学習の作り方 小山儀秋 監修、竹内淑子 著『教科の一人学び「自由進度学習」の考え方・進め方』p.44〜49をもとに筆者作成

ここでのポイントとしては、①目標に至るコースが複数あったとしても目標は共通させておくこと、②単元でねらう目標を意識して豊かに教材研究をおこなうこと、③自分の教室にいる学習が苦手な子どもをイメージして、その子が喜んで活動するような学習の核(単元の重要な目標)を考えて学習課題や学習環境を充実させることなどがあげられるでしょう。

4.自由進度学習を考える際のポイント