東京都江東区のかえつ有明中学校高校には、「Fox Project」という探究学習のプロジェクトがあります。「すべての人と共に生きる世界をつくるには?」という問いを高校1、2年生が9月からの約半年間、数人のグループごとに考え、活動し、自分たちなりの答えを探ります。お互いの違いを受け入れて認め合うためのダイバーシティー教育や、教科横断の学びを兼ねたこのプロジェクトを通し、生徒たちはどのように変容を遂げているのでしょうか。

このプロジェクトは元々、子ども、大人の双方に向けたプログラムを開発、実施する一般社団法人こたえのない学校(東京都)が立ち上げた。障害のある子もない子もそれぞれの弱さ、強さを認め合いながら、お互いに世界でたった一人の友だちになることを目指すものだ。「星の王子さま」に登場し、王子さまと友だちになるキツネのエピソードから名付けた。「すべての子どもが子どもたちの中で育つ世界を」というゴールが設定されている。

かえつ有明高校では、2022年に始めた。障害の有無に限らずマイノリティーの存在を知ることを意識して、「すべての人と共に生きる世界をつくるには?」と問いに幅を持たせている。「共に生きる」とはどういうことかを生徒自ら考え、活動を通して意識変容が起きることを目指したという。

ろう者への理解を深める

3年の伊藤美嶺さん、川向優芽(ゆめ)さん、島さくらさん、黄朱炎さんの4人は昨年度、「ろう者の負のイメージをなくす」ことを探った。五感が備わった人がつくった世界で取り残されやすいのは障害者だと考えたのに加え、伊藤さん自身、CODA*(聞こえない親のもとで育つ、聞こえる子ども)で、ろう者の存在が身近だったからだ。まず自分たちの理解を深めようと、首都圏にある公立、私立の特別支援学校2校に連絡を取り、先生へのインタビューやろう者の生徒との対話や交流会を開いた。

*CODA Children Of Deaf Adultsの略で「コーダ」と読む。手話言語と音声言語の両方を経験し、幼いころから親の通訳をするなど親を支えようとして過重な負担を背負い込んだり、障害のある親への社会の視線に悩んだりすることがあるとされる。

240615 伊藤さんグループ
左から、黄朱炎さん、島さくらさん、伊藤美嶺さん、川向優芽さん

障害者を感動の道具として利用する「感動ポルノ」をテーマに対話した際、24時間テレビは好きか、障害者が取り上げられていることをどう思うかを尋ねると、返ってきた答えは「知らない」や「何とも思わない」だった。「良い気持ちはしない」といった答えを予想していたから意外だったが、「それ自体、私たちが感動ポルノを起こしてしまっているということじゃないかと気づいた」と伊藤さんは言う。

それぞれ手話を学んだとはいえ、たくさんのろう者の生徒たちとの交流会で交わす手話は速く、会話はどんどん先へ進む。島さんは「脳内で日本語と手話をフル回転させたので、めっちゃ体力を使った。それでも置いてきぼりになってしまい、ここでは自分がマイノリティーだと感じた」。川向さんは「でも交流すればするほど、ろう者と聴者の間に差はないと思い、より両者の共生を目指したくなった」と話す。

次に手掛けたのは、手話ができない聴者とろう者がコミュニケーションを取るツールの開発。交流した特別支援学校の生徒から、駅のホームで電車を待つ間、いつ電車が来るのかや電車のドアが閉まるタイミングがわかりにくいとの声を受け、ホームの床面にランプが点灯する仕組みを考えた。黄さんは「イヤホンで音楽を聴いたり、『歩きスマホ』をしたりしている聴者が周囲に迷惑をかけるリスクも減らせるメリットもある」と話す。

障害者に何の偏見もないと思っていた黄さんが、特別支援学校で生徒と一緒に食事をした時のこと。聴覚以外にも障害のある生徒が突然、声を発した。「自分とは違うと言うか、少し怖いと感じた」と打ち明ける。食事後、先生に「怖い?」と聞かれ、正直に答えた。「少しくらい怖いのは大丈夫。本当に怖いのは、『怖いから(障害者と)接しない』という考え方です」と言われた。「自分に偏見はないと思っている人でも、実際に会って交流することが大事だと思いました」と黄さんは言う。

少人数の小学校と交流

2年の徐煌哲(ソ・ファンチョル)さん、植原誠一郎さん、久保晴美さん、若森佳音(かのん)さんの4人は昨年度、「少人数の小学校との交流」に取り組んだ。インターネットや本で調べても出てこない、自分たちと最も縁遠い世界――を考えていたら、地方の少人数の小学校に行き着いた。都市部や海外での生活しか知らないメンバーが多かったためだ。

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左から、植原誠一郎さん、久保晴美さん、徐煌哲さん

探し当てたのは、徐さんが以前、スキー旅行で訪れた地域にある全校児童5人の小学校。電話やメールで連絡を取り、一緒に授業を受けることや登校から下校まで子どもたちと一緒に過ごさせてもらうこと、先生たちへのインタビューなどをお願いして了解を得ると、今年1月に雪深い現地を3泊4日の日程で訪れた。

「5人しかいないとやりたいこともできないと思っていたけれど、5人だからできることがたくさんあると気づいた」と植原さん。たとえば休み時間、体育館で鬼ごっこをする時、先生など大人を巻き込むことで人数の少なさを補っていた。「5人だからこその積極性、人を引き込む力が育つんじゃないでしょうか」

久保さんは、先生と1対1になる授業が多い点に注目した。「自分の意見を言わないと前に進まないから、みんな人見知りせず、積極的に発言していた。説明もとても上手だった」。徐さんは、スキーやスノーボードの授業について、「先生ではなく地域の人がボランティアで教えてくれ、地域と一体になって学んでいた」ことが印象に残ったという。

「すべての人と共に生きる世界をつくるには?」の答えって何だろう? そう聞くと、「相互理解」と口をそろえた。「お互いを知ろうとしないでいたら、ずっと違う世界にいるままな気がする」と久保さんが付け加えた。

企業の社会人がサポーターとして伴走

かえつ有明高校では、1学年6クラスを「トラディショナル」「オーセンティック」「新クラス」に3分類している。大学入試で従来の一般選抜を目指すのがトラディショナル、総合型選抜を目指すために2015年度にできたのが「新クラス」で、オーセンティックはその中間だ。昨年度のFox Projectは、2年生のうちトラディショナルを除く4クラスと、1年生の新クラスで導入した。

さまざまな企業に伴走を求め、昨年度は25社以上の社会人がサポーターとして1人あたり2グループ程度を受け持った。生徒が教員とは別の大人と関わることで、社会のルールや価値観を感じてもらうねらいも込める。2024年度の実施にあたり、どのクラスに導入するか、サポーターにどのような形で関わってもらうかは検討中だが、「すべての人と共に生きる世界をつくるには?」について考える土台は維持するという。

プロジェクトの立ち上げに携わった理科教諭の深谷新さんは「マイノリティーの存在や『共に生きる』ということへの意識変容が起きる可能性があり、取り組む価値を感じている。1年生から継続したときにどんな変容があるのかも見ていきたい」と話す。