「1人1台端末」と学校のネットワーク環境を個別最適な学びや協働的な学びに生かす「GIGAスクール構想」が始まって3年。一斉にスタートを切ったICT機器の活用状況は、地域や学校間で差がついてきました。とりわけICT活用に積極的な地域のひとつが新潟市です。文部科学省の2023年度の公立小学校への調査で、同市では前年度までの端末の授業での活用について「ほぼ毎日」と答えた学校が95.2%(全国平均65.2%)、家庭への持ち帰り利用では「ほぼ毎日」が66.4%(同18.6%)と、ともに政令指定市トップでした。活用を進めるねらいや取り組みについて、市教育委員会教育次長の池田浩さんに聞きました。
1985年、新潟県中学校に技術科教諭として採用される。以後、新潟県、新潟市の公立中学校4校、新潟大学附属中学校に勤務 。新潟市立上山中学校教頭、同市立木戸中学校校長を経て、2012年に同市教育委員会に異動し、20年から現職。
我々新潟市ではこのG IGAスクール構想で「誰一人取り残さない」ということをキャッチフレーズにやってきました。「誰一人」というのは子どもたちはもちろん、教職員もです。
また、最初の段階でG IGAスクール構想で何を目指すかというビジョン設定も行いました。それがこちらの図です。
ポイントは、縦と横の軸を設定したことです。縦軸は幼児教育から社会に出るまでの時間の流れ。横軸は空間、つまり家庭や地域との連携を示しています。ICTT教育は小・中学校のみのものではなく、むしろ社会に出てから役立つ「生きる力」を育てていくことが大事です。
また、端末を使う場所は学校だけではないので、端末の持ち帰りは前提になります。このように時間と空間をスパイラルに渦を巻きながら、失敗と成功を繰り返し、情報活用能力をつけていくという大きなビジョンを立てました。
病院内学級にもWi-Fi環境
空間としては、ネットワーク基盤の整備が基本になります。新潟市では図書館や公民館、そして学童保育にも、Wi-Fiは全部入れています。また、市内三つの病院には病院内学級を設置しているのですが、ここにもWi-Fi環境を整えていています。
しかし院内学級にも来られないケースがあります。例えば、感染症を予防するためのバイオクリーンルームで治療を受けている子たちです。その対応として、Wi-Fiルータをベッドサイドに置き、Zoomやロイロノートを使い、遠隔で授業を継続できるようにしました。
孤独になりがちな児童生徒の救いになった、という話を院内担当教諭から聞きました。これこそGIGAスクール構想の理念である、「誰一人取り残さない」「学びを止めない」ということを具現した姿であると思っています。
このように環境を整えて約3年経った今、子どもからも、教職員からも我々の想像を超える使い方が次々と報告されてきています。
普段の授業はもちろん、生徒総会や郊外学習に使ったり、端末から図書館の電子書籍を借りたり。ある小学校では、就学前検診に訪れた未就学児の親子向けに、各教室で行われている健診の混み具合がわかるシステムを6年生の児童が作ったとか、ある中学校では生徒が共同で防災小説を作り、Apple booksで書籍化した、などの事例もありました。
もちろん、これらのことは全て順調にきたわけではありません。やってみてうまくいかなかったことも多くあります。
ただ、施策の核になるところとは、教育委員会のリードで決めるべきだと思っています。例えば端末の持ち帰りについては私たちは現場の声を聞くことなく、すぐに決めました。現場の声を聞いたら「小学生が端末を持ち帰ると破損してしまうのではないか」など不安の声は出てきていたと思います。
しかし、先ほどのビジョンに照らし合わせれば、端末を「学校だけで使うもの」とするのは不自然です。もちろん現場に寄り添うことも大事だと思いますが、決めるところは決めて、やり始めてから現場に寄り添うべきでしょう。
「何がやりたいか」から機種選定
機種選定に関しては、複数を徹底的に調べた上で、新潟市ではiPadを選択しました。これも「どんなことがやりたいか」がはっきりしないと、結局は値段で決めてしまったりしがちです。選んだ理由として、アクセシビリティー(利用のしやすさ)や直感的操作性はもちろん、持ち帰りを推進しているので、壊れにくいというのは大きかったです。
GIGA端末の更新にあたっては、必要な台数プラス15%の予備機分まで国の予算で購入補助してもらえる見通しですが、新潟市の調査では昨年度までの故障率は2.34%と圧倒的に低く、その大半は落下による画面破損でした。動作不良は少ないのです。
ネットワーク環境の整備には、大きな予算が必要になります。教育委員会の中でも予算を扱う担当部署との調整や相談は必須です。そこで大切なのは、客観的なデータを出すこと。現場で使ってもらって、しっかり結果を出し、もっと使えるようになればここがもっと良くなりそうだ、と見通しを立てて提案する。このような積み重ねが大事です。
これは私の勝手なイメージですが、今の時代の教育は、決まった道を頂上目指して登っていく山登りではなく、サーフィン的な感覚が必要なのだと思います。その時の気象を見ながら、来た波に乗り続けていく。教育長の存在は進むべき方角を示す北極星で、波に乗っていくのは各担当者たち。正解のない難しい時代ですから、失敗を恐れずどんどんやっていくことが大事でしょう。