現役の小学校教員でありながらインスタグラムで約2万人のフォロワーを抱える樋口綾香さん。GIGAスクール時代の国語の授業の在り方について研究し、自らが実践する授業方法を著書やSNSで発信しています。樋口さんが働く大阪府池田市立神田小学校を訪ね、授業の様子や、GIGA時代に思うことを取材しました。

紙とタブレット どちらにも付箋

樋口さんが担任する小学5年生の授業を訪ねたのは7月中旬のこと。この日のテーマは「新聞を読もう」。2学期から始まる単元の導入にあたる授業だ。

樋口綾香先生
樋口綾香先生

「今日は参議院選挙の翌日の11日に売られていた新聞5紙を持ってきました。読み手にとって新聞にはどんな工夫がされているか、一緒に考えてみましょう」。樋口さんの呼びかけに、子どもたちは4~5人ずつ五つの班に分かれた。それぞれのテーブルに、朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞、日本経済新聞が振り分けられた。

樋口綾香(ひぐち・あやか)
大阪府池田市立神田小学校教員。インスタグラムでは「ayaya_t_」の名で、板書や書籍などの情報を発信。フォロワー数は2022年9月時点で2.2万人。近著に「子どもの気づきを引き出す!国語授業の構造的板書」(2021年、学陽書房)。GIGAスクールに関する共著「GIGAスクール構想で変える!1人1台端末時代の国語授業づくり 物語文編」( 2022年、明治図書出版)など、教員のICT活用に関する情報発信にも取り組んでいる。

最初のグループワークは、新聞が工夫している点を見つけて付箋を貼っていくというもの。各班には紙の新聞の他に、紙の新聞をPDFデータ化した紙面が用意されており、子どもたちは本物の新聞には紙の付箋を、タブレット端末に表示された紙面には付箋機能を使ってメモを貼り付けていく。

新聞の特徴を調べ、付箋を貼る子どもたち
新聞の特徴を調べ、付箋を貼る子どもたち

「大きい文字でニュースの内容を伝えているよね」「天気予報がある」「日付も書いてあるよ」「カラーのページと、そうじゃないのがある」「岸田(文雄首相)さんの写真、ばっかりやん」。教室の中に楽しそうな子どもの声が響いた。「QRコードが載っているよ」と、誰かが言うと、「読み込んだら別のニュースが出てきた」と、別の子が応じる。樋口先生が「えっ?新聞ってそんなこともしているの?どの新聞にもあるのかな?」。他班に水を向けると、「ある!」「えっ?ウチは?」と、返事が飛び交った。

5分の制限時間が終わっても、子どもたちの手は止まらない。「もっと時間がほしい?」と樋口さんが呼びかけると、子どもたちから一斉に「ほしい!」と、声をそろえた。

この日の授業について、樋口さんは「教員から子どもたちに教えるではなく、子どもが発見し、先生に教える形」だと説明する。新しい単元に入る際には「知らないと恥ずかしいではなく、知っている子も知らない子も一緒になって発見する楽しみを感じてほしい」と樋口さん。

授業の終わり際、「今日の授業で新聞について気づいたことや、気になったので調べてみたいことを書いてください」と樋口さんが声をかける。子どもたちは一斉にタブレットに入力を始め、教壇前のデジタル黒板に子どもたちの声が次々と浮かび上がった。

気づいた内容を新聞にメモする子どもたち
気づいた内容を新聞にメモする子どもたち
国語の授業風景
国語の授業でデジタル黒板を使ってプレゼンテーションする子ども

端末の使い方で「学校間格差」も

ーー国語の授業ですが、ペンやノートを使うタイミングが少ないことに驚きました

漢字の勉強など、子どもたちが紙に書いて知識を身に付ける授業では、もちろんノートとペンを使います。宿題も必ず紙で出していますし、書くことを軽視している訳ではありません。授業の目的に沿って、使い分けるというイメージです。
GIGAスクール構想で子ども1人に1台の端末が配備されたことで、出来ることはさらに広がったように感じています。例えば今日の授業でも、教員が一方的に話して子どもたちに伝える方法もあれば、個人や少人数、大人数のグループに分けて調べ学習にする方法もある。そうした手法のなかにタブレットという選択肢が加わったことで、学びというゴールに向かう道筋が無限に広がったという感覚です。

タブレットを使って板書を写す子どもたち
タブレットを使って板書を写す子どもたち

ーー今日の授業でタブレットを選択したのはなぜですか?

今日はちょうど1学期の内容が終わったところだったので、2学期から始まる国語の単元「新聞を読もう」に進むための導入として、子どもたちに楽しく新聞のことを知ってもらうことを意識していました。
これは少し新聞社の方には言いにくいことですが……、最近の子どもは新聞を知りません。自宅で新聞を取っている家庭も減っていますし、ましてや読んでいる子どもはもっと少ない。同じ小学5年生でも経験の差や知識の差はあります。知識がバラついた状態で授業を進めると、子どもの習熟度に差が生じやすいと考えています。そのバラツキを無くし、クラスで共通の認識を作るイメージです。こういう時こそ、私はタブレットが適していると思います。

タブレットを始め、ICT機器は情報を集めたり編集する事に長けています。またそうした情報を共有することも得意です。また書字が得意な子と苦手な子の差を埋めることもできる。今日の授業を全てアナログでやろうと思うと、1コマの授業に収めることはできないと思います。
ただ、デジタルだけでも味気ないですよね。やっぱり子どもたちに、本物の紙の新聞を手に取ってもらい、広げてもらうことで演出できるワクワク感もほしかった。そういう工夫を考える時間も楽しいんです。

ーーGIGAスクール構想に戸惑いはありませんでしたか?

構想自体について言えば、ありません。むしろ「やっと始まった」という感覚の方が近いと思います。
私自身がICTを使った授業方法について研究を始めたのは、大阪教育大学附属池田小学校で勤務していた9年ほど前からです。当時の上司からタブレットを使った授業を実践し、その内容を報告してほしいと指示を受けました。その時に上司から「このタイミングで一歩踏み出さないと一生後悔するぞ」と言われたのを今もはっきり覚えています。そこからは独学で学びながら、各地の先生の取り組みを見学しに全国に足を運ぶということを続けてきました。少人数のグループを作って、そこに端末を1台渡すという形での授業が5~6年続くなかで、「1人1台端末」という話題が出るたびに「まだなのか」という気持ちでした。

樋口綾香さん
インタビューに応じる樋口綾香さん

ーーGIGAスクール構想2年目を、どのように見ていますか?

今はまさしく過渡期だと思っています。学校全体で本格的にGIGAスクール化に取り組むところもあれば、消極的なところもある。各地の学校の取り組みを見聞きしながら、1年目はそれほど感じなかった差が、2年目になると徐々に見え始めてきているように感じます。
同じように授業で端末を使うにしても、教員がタブレットを使うタイミングや細かい操作方法まで、全て指示通りに動かす学校もあれば、子どもをある程度信頼して自由に操作させる学校もある。どちらも一長一短はありますが、子どものICT操作技術の向上という観点で言えば、後者の方が飛躍的に成長すると感じています。
今はまだ小さな差かも知れませんが近い将来、GIGA端末の使い方の差が「学校間格差」という課題として持ち上がるのではないかとすら危惧しています。
教員側にとっても今は、そういう「分岐点」にあり、教員にも時代感覚のシフトチェンジが求められているように思っています。

いま学校現場で若い先生方はとりわけ多忙だと思います。ですが、デジタルで簡単に情報が取得できる時代だからこそ、教員間でお互いの授業を見学したり、内容について議論を交わしたり、そういう授業研究の必要性が増していると私は思います。GIGAスクール構想によって、教育現場に大きな変化が起きている今だからこそ、GIGA時代に適した独自の授業を確立するチャンスではないでしょうか。