新型コロナウイルスの世界的な流行で大幅に制限されていた海外留学。現地の学校が留学生の受け入れを再開し始めたことで、実施を検討する動きが少しずつ広がっています。当初の予定から1年半近くずれ込み、昨年末にやっと高校2年生9人が米国への1カ月間の留学を実施できた東京都目黒区の八雲学園中学校高校の葛藤を振り返ります。

学園の目玉、米国留学の延期

「新型コロナウイルス感染拡大を踏まえ、3カ月の米国留学は延期となりました」

英語科主任の近藤隆平先生が、同校の高校1年生たちに伝えたのは2020年春のこと。例年であれば6月末ごろの出国に向け、英語学習を本格化する時期だった。近藤先生は「全国で一斉休校が実施され、生徒たちも覚悟はしていたと思う。だが、いつコロナ禍が収束するかの見通しもつかない状況は教員も不安に感じていた」と語る。

高い英語力と他国の文化を理解して多角的にものごとを捉える「次世代のグローバルリーダーの育成」を掲げる同校。特に英語教育には力を注ぎ、米国で提携している大学への短期留学は、同校の入学希望者に対する目玉とも呼べるカリキュラムだという。

中学3年は原則全員が2週間の米国留学に参加し、高校1年は希望者にネイティブの英語教員による3カ月の事前学習、3カ月の米国留学、3カ月の事後学習で英語を徹底的に学ぶ「9カ月プログラム」を実施してきた。

近藤先生は「2014年から始めた9カ月プログラムは、現地で学ぶ生徒たちの英語力を伸ばすのはもちろんのこと、帰国後にそうした生徒が主体的に英語教育に関わり、同級生や後輩たちの意識を変えてくれる効果もある。この6年間で教員側も確かな手応えを感じていた分、延期となったのが悔しかった」と振り返る。

英語科主任の近藤隆平先生

近藤先生は「海外留学をしたいから八雲を選んだという学生が多くいる。新型コロナという不測の事態とは言え、生徒たちの期待を裏切ってよいのか。教員側にも焦りがなかったと言えば噓になる」。米国の感染者数と日本政府の動向を観察する日々が続いた。感染の拡大は止まらず、翌年の中学3年の留学も延長を余儀なくされた。「それでも中止とは言えない。学校を選んでくれた生徒のモチベーションに関わるから。生徒の学年が進んでも、なんとか実施する方向で検討を続けるしかないと思っていた」

「ずっと不安だった」 生徒の思い

同校の高校3年生、大野柊花(ひいな)さんは「八雲を受験したのは米国留学があったから」と言い切る。新型コロナの流行が本格化する直前の2020年2月に中学3年生として米国での2週間留学を経験した。その時の経験は、高校1年生での9カ月プログラムに参加する思いをより強めたという。

「中学生の時に9カ月プログラムに参加した先輩たちのプレゼンを聞いた。留学先でのプログラムや思い出を語る先輩たちの姿は、みんなキラキラしていた。『私もあそこに立つんだ』という思いで勉強してきた」と大野さん。その分、近藤先生から延期になったことを聞いて落ち込んだという。

「先生たちは『実施する方向で調整している』と言い続けてくれた。その言葉を信じてはいたけれど、ずっと不安だった」

1カ月の米国留学を経験した大野柊花さん

「今しかない」 2021年末に高2の留学を実施

状況が変わったのは昨年9月ごろだった。提携しているカリフォルニア大学サンタバーバラ校が留学生の受け入れを再開したとの知らせが、現地から届いた。国内の感染状況も落ち着きを見せていた。「今しかない」。改めて事前に留学希望を出していた生徒13人に参加の意思を確認し、9人が参加することになった。

延期により、本来は高校1年時に参加する予定だった生徒も2年生に進学していた。大学の受験勉強への影響や、コロナの感染予防も考慮し、3カ月のプログラムを1カ月に短縮して実施することにした。「留学期間の変更や現地での感染予防対策、帰国後の隔離期間中の授業……。課題は多かったが、ここでやらなければ、出来ないという思いがありました」と近藤先生。21年12月12日、9人の生徒らは米国留学に出発した。

現地で生まれた変化

「現地ではマスクを二重にして生活した」と大野さん。厳重な対策を取る同校の生徒たちとは対照的に、米国では開けた屋外でマスクをつけている人はほとんどいなかった。「そうした感覚の違いも、実際に目で見て理解することが出来た」と話す。

スピーキングの授業を受ける大野柊花さん

例年ならば生徒たちは大学の寮やホームステイ先で過ごすが、今回は同校が現地に所有する宿泊施設から車で大学に通うこととなった。いつもとは違う環境だが、生徒たちは「少しでも英語の環境に慣れよう」と、自主的に「英語だけで話す時間」を設けるようになった。

現地の大学での授業はスピーキングだけでなく、ライティングも含めて多くの課題が与えられた。宿泊施設に戻っても、それぞれに渡された小説などの課題図書を読み込む日々が続いた。「日本でも英語の勉強は出来るが、現地だからこそ味わえる緊張感や英語を話すことに対する開放感がある」と近藤先生は意義を語る。

大野さんは「現地の先生に意見を求められ、日本語では言葉が浮かんでくるのに英語に出来ない。そんな歯がゆい経験もたくさんした。でも、それが刺激になった」。

年末年始を現地で過ごした。コロナの影響で現地の物流が滞り、予定していた民間の英語試験が「模擬試験」に切り替わるなどの小さなトラブルもあったが、留学の最後にはテーマパークに遊びに行く日も設けることができた。「色々な経験をしたけれど、一番印象に残ったのは、大学から宿泊施設への帰り道に車窓から見える紫がかった夕日の色でした」と大野さん。友人たちと空を見上げながら「また、この空を一緒に見に来ようね」と約束しあったという。

留学プログラムを修了し、キャンパスで記念撮影=学校提供

留学後の変化

「ネイティブの先生に、自然と英語で話しかけることができるようになった」と大野さん。留学前は照れてしまい、何かを聞かれても日本語で返すことも多かったという。「また海外に行って勉強したい。英語を学びたいという思いは強くなった」と語る。

近藤先生も「留学を実施しない時期を経たことで、今まで取り組んで来たことが本当に必要なことだったと、実感する期間になった」と話す。また「留学期間中の学校行事の重要さについても実感した。生徒たちの貴重な経験を一つでも増やせるよう、プログラムの改善の余地はまだあることにも気づけた」と近藤先生。

帰国後、大野さんは留学生の代表として同校への入学希望者に向けてプレゼンに立っている。
「きっと素晴らしい経験が待っている。そんな八雲で学んでほしい」と、英語で語りかける大野さんの姿は、きっと次の学生に良い影響を与えてくれる。近藤先生はそう信じている。