高校の情報科の新学習指導要領の作成に携わった京都精華大学メディア表現学部の鹿野利春教授、工学院大学付属中学校高校の中野由章校長、東京都立立川高校で情報科を担当する佐藤義弘指導教諭の3人が講師を務めた。初めに情報Ⅰに関連する話題などをそれぞれが報告し、事前に寄せられた質問を「時間が足りない!」「入試のイメージがわかない!」「1人で教えられる?」「小学校から大学までつなぐ教育は」の4テーマに整理して講師が見解を述べた。コーディネーターは宮坂麻子・朝日新聞編集委員が務めた。
生徒が自分で学べる態勢作り
鹿野教授はまず、2015年に文部科学大臣の諮問機関、中央教育審議会(8月26日、教育課程企画特別部会における論点整理)で「社会と情報」「情報の科学」の2科目を一つにする案が示され、17年に「情報Ⅰ」の名称が登場するなど情報Ⅰができるまでの経過を紹介した。共通テストは「基礎的な学習の達成基準なので、学習指導要領に書かれていること」、教科書は「学習指導要領に沿って作成されており適切なものであると教科書検定で合格したもの」と説明し、「特定の教科書にしか出ていないことは出しづらい」とも述べた。大学入試センターが昨年3月に示したサンプル問題のうちプログラミングは「実際に作ったことがないと解くのは難しい」と指摘した。
入試問題作成の際は、文理を問わず数理・データサイエンス・AIなどを扱う現在の大学教育を受けるのに必要な能力を測ろうとしていることも紹介した。情報科の教員は数が少なく、1人で全ての生徒に対応するのが難しいとして、「生徒が自分で学べる態勢を作ることが必要だ」と話した。
知識より活用に重点
佐藤指導教諭は、自身の情報Ⅰの授業計画を紹介した。すべての単元をバランスよく取り扱うことが大事だとする一方、「時間が足りないという声をよく聞くが、この時間でどうやるかという発想でやっている」とした。プログラミングは身に付くのに時間がかかるため、1学期のうちに1~2回教え、夏休みの課題にしたうえで2学期に本格的に実施する計画で、短期集中でなくスパンを長めに取っていることを紹介した。
学習指導要領の順番に授業を進めると他教科との連携がうまくできた経験にも触れた。同校では1年生で探究活動に取り組むが、情報Ⅰの初めの単元「情報社会の問題解決」で学ぶ手法は、探究活動に活用できるという。授業の設計では、教科書は事前に読んでくるよう指示し、知識を伝える時間は授業時間のうち冒頭の3分の1以下で、残りは実習をメインに据えるなど知識より活用に重点を置いていることを説明した。
情報科教員を支えよう
中野校長は、情報科教員の採用状況から話を始めた。全国の採用人数がここ数年で増え今年度は100人以上だったとことや、情報科教員の採用試験を実施する教育委員会が20年度から急増していることをデータとともに紹介した。背景に、共通テストに情報Ⅰを出題すると明記した計画が18年に閣議決定されたことなどが考えられるとした。それでも、免許を持つ教員が全国にそろうまでには時間がかかるとして、「今現場で頑張っている教員を支援しなければいけない」と指摘した。そのために、公開されている文科省の研修教材や実践事例集のほか、情報処理学会がその研修教材を解説した無料の動画などを挙げ、積極的な利用を呼びかけた。
情報科の学びを総括して「身につけるには体験的に学ぶ以外にない。他の教科の学びの基盤でもある」と強調し、「生徒のほうが知っていることもあるので、教員は生徒とともに学ぶことが大事だ」と話した。
この後は四つのテーマに沿って進められた。
◆時間が足りない!
情報科教員は、1人1台端末に関連する業務を任されることもある。鹿野教授は「情報Ⅰは2単位。あれもこれもではなく引き算で、学習指導要領に書かれたやるべきことを把握する必要がある。そこにはワードやエクセルの技能を磨きなさい、とは書かれていない」として、GIGAスクール対応は学校全体でやるべきだと指摘した。さらに情報科の中でも、生徒が自分でできることと授業でやることを分けることを助言した。
授業での時間配分について佐藤指導教諭は、情報Ⅰの4単元をバランス良く学ぶが、必ずしも均等ではなく、導入的な「情報社会の問題解決」よりも他の三つに手厚く配分しているという。評価のうち、学びに向かう力をどう測るかは、「毎時間感想をとり、全部読んで評価をつける」と述べた。評価の基準も決めているという。
◆入試のイメージがわかない!
具体的な出題内容が公表されていない今、効果的な入試対策とは。佐藤指導教諭は「対策のしようがない。正しいと思われる情報の授業を一生懸命やるしかない」。知識事項は必要だが、「それよりも知識を使う体験をどうやってさせてあげるかのデザイン」が大事で、そのために1人1台端末が有効なツールになり得る、との考えを示した。
各国立大学の情報Ⅰの配点や比重がどうなるかや、私立大がどの程度個別入試で課すかはまだ見通せない。中野校長は「これは各大学のアドミッションポリシーそのもの。大学の方針が配点に表れるだろう」。入学者選抜に大きな変更がある場合は2年前に予告・公表する「2年前ルール」があり、「今年中に公開するのを待つしかない」とした。
◆1人で教えられる?
鹿野教授は「佐藤先生がおっしゃったように、教えるのは最初の10分くらいで、後は子どもたちが学ぶ。その環境を作っていくのが先生の仕事だと思う」と述べた。専門知識のなさを心配する声については、「オリンピックで100㍍走る子を教えるにはオリンピックで金メダルを取っていないといけないとしたら、どうしようもない」とし、「専門知識がたくさんあれば教えられるわけではない。子どもたちをよく理解して授業をつくる本質的な力が問われる」と指摘した。
情報担当の教員からは受験指導をしたことがないので不安との声も上がる。佐藤指導教諭は「僕自身も非常に不安」としつつ、「何が正解か分からないけれど、自分が話す時間はミニマムにして、彼らが学べる時間をたくさん取っている」と自らの現状を語った。
◆小学校から大学までつなぐ教育は
小学校でのプログラミング教育必修化に関し、中野校長は「プログラミングは、自分の思うような動きをさせることができるクリエーティブなもの。たぶん子どもたちはすごく前向きだと思うので、それを先生は邪魔せずに支援する。指導者というよりサポートに徹するのがいい」との考えを述べた。
大学からは、入学時に履修登録ができる程度に情報を学んできてほしいとの声もある。鹿野教授は「学生からすると、大学の履修登録のウェブページの使い方がややこしい。自分がどの科目を取ったかわかるようインターフェースの改善が必要では」と指摘した。
当日寄せられた質問にも答えた。1人の情報科教員が複数校で指導をせざるを得ない現状について、中野校長は「過大な負荷がかからないよう管理職が配慮し、学校全体で支援してほしい」と述べた。最後に情報Ⅰの学びについて、鹿野教授は「入試を全くなしにしても、情報はこれからの時代に要ると保護者も生徒も判断すると思う。そういう世の中になっている。力をつけて出してあげるのが我々から子どもたちへの贈りもの」と述べた。
鹿野利春(かの・としはる)
石川の県立高校、教育委員会を経て、2015年度から文部科学省教科調査官として高校の教科「情報」の新学習指導要領の作成などに携わる。中高生のデジタル活動の支援と情報科の授業支援などを目的に今年6月に設立された「一般社団法人デジタル人材共創連盟」の代表理事。
中野由章(なかの・よしあき)
日本IBMの研究所勤務から教員に転身。三重の県立高校教諭、大阪の私立大学准教授、神戸の市立高校教頭などを務めた。現在は、一般社団法人情報処理学会初等中等教育委員会委員長のほか、工学院大学教育開発センター特任教授、情報オリンピック日本委員会理事。
佐藤義弘 (さとう・よしひろ)
1988年に都立高校の数学科教諭に着任。情報科が創設された2003年度から情報科の専任教員として務め、情報科の教科書及び問題集などの作成にも携わる。19年度から実証研究として「情報Ⅰ」の授業を展開している。津田塾大学非常勤講師。
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