私立男子校の足立学園中学校高等学校(東京都足立区)には、「志共育(こころざしきょういく)」と呼ばれるプログラムがあります。世のため人のために活躍する人になれるよう、中学生の段階で一人ひとりが自分の内面を見つめ、志を立てる取り組みで、高校での探究活動にもつながっているそうです。同学園が教育の根幹に据える「志共育」と探究活動は、どんなものなのでしょうか。

「志(ゆめ)なき者に成功なし。世のため人のために自分が何をなすべきか、そのために人生を費やしていこう。そんな思いを持ってもらえるようにしていくことが本校のスタンス。これで終わりなんです。あとは聞き流していただいていい」。4月、同学園大講堂で開かれた学校説明会。小学5、6年生を中心とする約200人の親子連れは、井上実校長の言葉に引き込まれるように聴き入った。「志」と書いて「ゆめ」と読む冒頭の言葉は、井上さんの決まり文句だ。

「ゴールは大学合格なんでしょうか。何のために勉強するのかが大事ではないですか。それが志です」「日本の教育は、失敗へのハードルがものすごく高い。失敗、いいじゃないですか。成長段階で人間は失敗して成長し、乗り越える力がついていくのです」「教育のものさしは偏差値ではありません。重要な指標ではあっても、それによってすべてが決まることはない」。刺激的で、思わずうなずいてしまうフレーズがポンポン飛び出す。

説明会の井上実・足立学園校長
学校説明会で足立学園中学高校を紹介する井上実校長=4月23日、東京都足立区

志共育は中学の3年間、4、5月を中心に道徳や総合的な学習の時間を使って行う。まず志(こころざし)とは何かや、夢との違いなどを学ぶ。「四つの窓」と呼ぶ「智(ち、真理の探究)」「親(しん、調和)」「勇(ゆう、大義の達成)」「愛(あい、無償の愛)」という徳目の中で、自分に一番強く表れているものを探っていく。そして自分の志を「何のために」「どうやって」「○○に対して」「○○する」という形式の一文にまとめるのだ。友だちとも共有して感想を寄せ合うことで、他人を大切な存在として尊重し、互いに支え合う意識も養う。

中学校の全学年を対象にスタートして3年目を迎えた。今の3年生は全学年で志共育を受ける初めての世代だが、成長に伴って志が変わることも珍しくないという。取材に訪れた時、生徒一人ひとりの志が教室前の廊下に貼り出されていた。

「地球環境の未来を変えるために ITエンジニアになって 電気自動車の開発を加速させる」

「見やすい漢和辞典をつくって 漢字が苦手な人を応援したり漢字の面白さを発信する」

「調理師免許を取り 父と弟を母がいない分 よろこばせる」

6人の志
現在の中学3年生が1年生の時に発表した「志」=足立学園中学高校提供

高校1年の杉田雅人(みやび)さん(15)は中学2年生の時、「海外で貧しい人に手を差しのべる小児科医になりたい」と書いた。学校でユニセフ(国連児童基金)の募金呼びかけの説明を受けた際、数千円の寄付で多くの子どもたちを救えると知り、もっと自分にできることはないか、考えたという。「でも英語がすごくできるわけではないので、今頑張っています」と話す。

中学3年の平野太彬(ひろあき)さん(14)は1年生の時、「先生になり、子どもたちを育てて社会に貢献する」という志を立てたが、2年生では「何かをプロデュースして笑顔あふれる社会をつくる」に変わった。そんな思いで過ごした昨年度は生徒会副会長として、コロナ禍で途切れたあしなが育英会の募金活動を復活させた。今年度は会長に選ばれた。「今はいろんな人に出会って、自分の可能性を広げていきたい」

杉田さんとい平野さん
足立学園高校1年の杉田雅人さん(左)と同中学3年の平野太彬さん

中学校の3年間で立てた志は、高校で探究活動へとつながる。高校は探究コース、文理コース、総合コースの3コースに分かれているが、決められた課題についてグループで解決策を考える「探究の基礎」はすべての生徒が学ぶ。探究コースではこれに加え、個人がゼミ形式で関心のあるテーマを自由に決めて掘り下げる個人探究がある。

個人探究の作業は、5人ほどのグループに交じる上級生のアドバイスを受けながら行う。それぞれが自ら課題を考えて研究を進めるため、授業は教室内にとどまらず、申請すれば校外に出ても構わない。図書館や大学などのほか、商店街にフィールドワークに行く生徒もいる。最終的に2年生で1万字の論文を完成させるが、生徒が自立した学習者になれるよう、教員はアドバイスはしても生徒を管理しないよう気を配る。

毎年作る探究論文集には、ユニークなタイトルがずらりと並ぶ。1期生では「ネット依存の打開策」「国旗のデザインの選定基準に規則性はあるのか」「高齢化社会で非高齢者が高齢者に対しできることとは」「ゴキブリを簡単に駆除する方法とは」など。2期生では「温度差を利用する発電」「自動運転車の開発」「浦和レッズを最強にする」「日本人がノーベル経済学賞を取れないのはなぜか?」という具合だ。

探究の中間発表会
学園祭の中で行われた個人探究の中間発表会。ポスターセッション形式で探究内容を在校生や保護者に伝えた=2021年11月、足立学園中学高校提供

探究コースや個人探究は2018年度、井上さんの校長就任と同時に始まった。前年度まで校長補佐だった井上さん自身が導入準備を進めてきたものだ。当初は生徒らから「何のためにやるのですか」「進学に効果があるのですか」と反発する声も上がったが、深く考えることは結果的にプラスになる、と言い続けてきた。

同学園ではかつて大学進学実績を高めることにシフトした時期があった。ある程度の結果は出たが、生徒はだれのために頑張っているのか分からず、嫌々勉強しているように感じることもあった、と井上さんは振り返る。校長就任後、進路指導部長に「生徒が本当に行きたいところ以外、受けさせなくていい」と伝えた。進学実績は子どもたち個人の結果であって、学校の力の結果じゃないからあまり表に出すな、とも指示した。

「現役合格実績って、学校は出すでしょう。何なのそれ、って思うんですよ。本当にそこに行きたい生徒の現役合格なのか、疑問です。教育は何のためにあるのか。大学に行くためだったら塾でいい。私たちは学校なので、学校としてやるべきことをもっと考えないといけない」。ここ数年、浪人が増えてきたことを、生徒の中に本気度が育ってきた証しだと受け止めている。

卒業生の江熊さん
学校説明会で足立学園中学高校時代の体験を語る卒業生の江熊佑康さん(左)=4月23日、東京都足立区

探究コース1期生だった江熊佑康(ひろみち)さん(19)が当時、個人探究のテーマに選んだのは日本の「敗戦の必然性」。日本が太平洋戦争に勝つ可能性があったのかを検証したが、日米の工業力に大きな差があり、策を練っても覆されてしまう可能性が高い、と結論づけた。「戦争に至らないようにする努力が戦前の日本に欠けていた」と話す。

そんな江熊さんは今、東京工業大2年生として、土木や建築、環境について学んでいる。元々建物が好きだったが、中学2年生の時の熊本地震で熊本城が大きな被害を受けたのを目の当たりにして、防災や都市計画に携わる仕事をしたいと思うようになった。「目的意識を育んでくれた学校です」。母校をそんなふうに評価している。