「メンタルヘルス」という言葉はよく聞かれるようになりましたが、「メンタルタフネス」という言葉にはなじみがないと思います。端的に言えば「心の強さ」のことで、アスリートが試合前にイメージトレーニングを行うのもその強化のためです。この考え方を日常生活にも取り入れることを提唱しているのが、スマイルサイエンス学会代表理事の菅原徹さんです。教職員の精神疾患による病気休職者が毎年5千人を超える中、学校現場の環境改善は急務ですが、それと並行して先生方が自らのメンタルタフネスも養う必要があると指摘します。第2回「Message for Teachers」は、そんな菅原さんから、いつでもどこでも取り組める方法を紹介してもらいます。

菅原徹(すがはら・とおる) 信州大大学院工学系研究科生物機能工学専攻修了、博士(工学)。早稲田大エクステンションセンター講師などを経て、早稲田大人間総合研究センター招聘(しょうへい)研究員、東洋大総合情報学部非常勤講師、東洋大工業技術研究所客員研究員、株式会社MTG研究技術顧問。「感性形成を目指した笑顔の仕組みと創出に関する研究」を行い、笑顔の研究者としてテレビ、雑誌で注目を集める。筋電図、心電図を用いた生体計測や感性評価、美と健康の科学、人間環境デザイン心理学も専門分野。

笑顔の効用を科学的に解明

ここでは「メンタルタフネス」という言葉をキーワードに、学級運営や部活動の指導にも役立つ笑顔の効用や活用の仕方について解説してみたいと思います。

ポジティブ心理学を創設したマーティン・セリグマン博士によると、メンタルタフネスは誰もが持っており、誰もが向上させることができる「徳性」といいます。

菅原徹さん
スマイルサイエンス学会代表理事の菅原徹さん

メンタルタフネスには大きく二つの側面があり、一つは「ストレスや不安に負けない心、失敗や挫折にへこたれない心」、もう一つは「精神的なショックから立ち直ることができるしなやかな心、回復力」です。前者は「ハードネス」、後者は「レジリエンス」と呼ばれます。スポーツの世界だけでなく、私たちが日々生きていくために欠かせないもので、これを上手に養うことで人生のさまざまな局面で遭遇する困難に負けず、前向きに生きていく力強さを身に付けることができます。

その評価尺度は研究者によって異なりますが、「意志力」「コントロール力」「チャレンジ精神」「自信」「ポジティブ度」「幸福感」「社会性」といったものが挙げられます。そして、最近の研究では、こうした因子のいくつかが笑顔によって増加することが分かってきました。つまり、アスリートが無意識に、あるいは経験的に心掛けてきた試合中の笑顔に関して、その効用が心理学のフィールドで解明されるようになってきたのです。

重要なポイントは「楽しいから笑うのか、笑うから楽しいのか」ということですが、笑顔に関する一連の研究は、「笑うから楽しい」「笑顔だからくじけない」ということを証明しようとしたものです。

スポーツ界、「根性」から「笑顔」へ

今季、ラグビーリーグワンで活躍したニュージーランドのスーパースター、ダミアン・マッケンジー選手は、ゴールキックの精度の高さで知られていますが、蹴る前のルーティンが意識的につくる「笑顔」であることから「ほほ笑みの貴公子」のニックネームを持ちます。

また、プロゴルファーの渋野日向子選手は全英女子オープンの優勝時、海外メディアから「スマイルシンデレラ」と名付けられたという報道がありました。渋野選手の場合、笑顔は無意識だったようですが、笑顔が緊張を解き、ミスを引きずらず、パフォーマンスを向上させる効果があることは間違いありません。メジャーリーグの大谷翔平選手や青山学院大陸上競技部の原晋監督も試合中の笑顔を大切にし、高校野球でも笑顔をモットーにするチームが増えてくるなど、「メンタルタフネス」を保つためにもアスリートの感性はかつての「根性」から「笑顔」へとシフトしているように思います。

「本物の笑顔」とは?

笑顔に関する身近な研究例を挙げると、「表情フィードバック仮説」と呼ばれる研究領域に見つけることができます。