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大学卒業後、一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)で33年間、音楽著作物のほぼすべての利用分野の許諾業務に携わる。JASRAC退職後、特にインタラクティブ配信の使用料規程の策定など、公衆送信関連業務に長年関わった経験を活かし、公益社団法人日本複製権センターにてSARTRASの立ち上げを担当、設立と同時に事務局長に就任した。
1. 基本 著作権・著作隣接権
小説を書いた人や音楽を作曲した人などは著作者と呼ばれ、財産権としての著作権とともに、著作物を勝手に改変されたりしない著作者人格権も持っています。一方、著作物を演じる実演家、CDの原盤などを作るレコード製作者、放送事業者、有線放送事業者などは著作隣接権を持っています。
著作権や著作隣接権は人にあげることができ、受け取った人は「著作権者」「著作隣接権者」と呼ばれます。これに対して、著作者人格権は譲渡ができません。著作権は、自分の作った著作物が人に勝手に使われないよう、使いたい人に許諾したり、禁止したりすることができる権利で、著作権法で守られているのです。
著作権は、著作者が亡くなって70年間、保護されます。ジョン・レノンさんは1980年に亡くなったのでその著作権は70年後の2050年まで保護されることになりますが、ビートルズの曲の多くは、まだ現役で活躍中のポール・マッカートニーさんとの共作です。共作の場合、保護される期間は後に亡くなった方の死後70年ですので、保護期間はまだ続くことになります。
本やCDを買えば、それらは自分のものになりますが、著作権まで買った人のものになるということはありません。ご自分や学校が買ったものでも、それだけで自由に使えることにはならないのです。
著作物を使うというのは、どういうことでしょうか。一つはコピーです。複製する権利は著作者が持っており、複製したければ許諾を取ってもらう決まりになっています。演奏や上映、インターネットでの送信などについても著作権者が権利を持ち、それらを行うことは著作物を使うことになります。でも、学校で使う場合、どんな場合でも勝手に使ってはダメかというと、そうではないように決まりがあります。著作権の世界では、それを「権利の制限」といい、権利者の許諾を得なくても使える場合があります。
複製なら、個人または家庭内の私的複製とか、街中の図書館での複製、教科書への複製、「学校等教育機関」における複製の場合、許諾は必要ありません。試験問題としての複製も、事前に許諾を取ろうとすると、どの著作物を試験に使うか分かってしまうので、許諾なく使えることになっています。
公衆送信の場合も、学校等教育機関における公衆送信に該当すれば、自由に、許諾を得ずに利用できます。公衆送信という言葉はあまり聞き慣れないかも知れませんが、インターネットを通じた著作物の送信と考えるとわかりやすいです。演奏の場合は、学校だったらという条件はなく、営利を目的とせず、入場料を得ず、出演者に報酬を支払わない、という場合は許諾を得ずにできます。
2. 学校での著作物利用
これらの考えをベースに、学校での著作物利用について説明します。代表的な使い方に複製があります。黒板に著作物を板書するなど同じものをもう一つ作ることは、手書きでもキーボードで打ち込む場合も複製になります。ホームページに著作物を掲載すれば、ホームページを見た人に著作物が公衆送信されることになります。生徒に課題を送った時にも公衆送信が行われています。
2020年より前、学校で先生が教えている教材を紙のコピーで子どもに渡す場合には権利の制限がありましたので、許諾は必要ありませんでした。しかし、校外のクラウドサーバーなどを使い、教室にいる子であれ、自宅などにいる子であれ、公衆送信をする時には許諾を得なければなりませんでした。
こうした中、日本のICT活用教育は先進国の中で非常に遅れているとの調査結果が出て、教育の質の向上のためICT活用を推進することになったのですが、それにはどうしても著作物の公衆送信を伴います。常に許諾を得なければいけない仕組みがあると、活発なICT活用は難しい。そこで、権利の制限を拡大して、授業のために公衆送信をする場合、許諾はいらないことにしようと検討され、著作権法が改正されました。
ただ、権利を制限するだけでは、権利者が被る経済的不利益が大きくなります。教育機関の利便性向上と、権利者の不利益とのバランスを考え、20年4月以降、公衆送信する時には教育機関の設置者に補償金を支払ってもらうことになりました。
当時は新型コロナの感染拡大の時期でもあり、予算措置などの準備が間に合わない事情も考えて、20年度1年間は無償でスタートしました。21年度は3万1千を超える教育機関に手続きしていただき、総額48億7千万円の補償金をいただいています。小中高等学校は、いずれもほぼ80%に手続きしていただきました。この法改正により、校外のクラウドサーバーからの公衆送信は、補償金を支払えば許諾は不要になりました。
補償金制度ができて、SARTRAS(一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会)も立ち上がりました。補償金を受け取ることができる唯一の団体と法律で定められ、いただいた補償金を権利者に分配するなどの業務もあります。
改正著作権法の条文から、授業でこんなことができる、と直ちに理解できる方はいないと思います。そこでガイドラインが必要とされ、18年に教育機関と権利者の検討の場、著作物の教育利用に関する関係者フォーラムが設置されました。ここで共通認識に達したものをまとめたのがガイドライン、改正著作権法第35条運用指針です。令和3年度版をとりまとめた後、追補版として特別活動に関するまとめも公表しています。
著作物を使いたい時、学校での利用チャートを作ってみました。「学校その他の教育機関」か、「授業の過程」か、「使うのが先生か生徒」か、「必要と認められる限度」か、「権利者の利益を不当に害していない」か、がポイントです。これらをクリアすると、複製または伝達なら許諾不要で、公衆送信は補償金を支払っていただければ利用できます。
「学校その他の教育機関」には、教職員研修センターや公民館などの社会教育施設も該当する一方、営利目的の塾は該当しません。「授業の過程」は通常の授業に加え、入学式や卒業式、運動会、文化祭など特別活動や初等中等教育の部活動なども該当すると運用指針やその追補版にあります。
「必要と認められる限度」というのがちょっと抽象的です。「授業に著作物をその分だけ使うことが必要」だと説明できる使い方かどうか、ということです。「何㌻までならいいですか」という質問をよく受けますが、具体的に示しにくいのは、必要と認められる限度は授業によって変わるためです。ある授業ではその著作物を多く使わないと成り立たないが、別の授業ではほんの一部分だけ使えば成り立つ、といったことがあり得ると思います。数値化、可視化はしにくいけれど、これも重要な基準になっています。
もう一つ抽象的なのが、「権利者の利益を不当に害する」です。他の要件を満たし、「必要と認められる限度」だったとしても、権利者の利益を不当に害する場合は35条が適用されないので許諾を受けなければなりません。ヒントとして、市販品の売れ行きが低下するような使い方、将来の販路を阻害するような使い方は、利益を不当に害すると考えられる余地があります。
よく例に挙げられるのが、問題集・ドリルのように、生徒に一定の部数が売れることで著作者、出版社が次の問題集を出すことができるものに関しては、複製して買わずに済ませることは不当に害すると考えられるでしょう。部活動の吹奏楽部などで楽譜を1冊買って、みんなでコピーするのも同じです。
3. 典型例
授業の過程での複製で、無償でできる例としては、たとえば教科書に掲載されているエッセーなら全部を板書しても大丈夫ですが、単行本や採択されていない教科書は、必要な部分までです。