主権者教育とは、一体どのような教育のことでしょうか。主権者教育の基本的な説明から学校現場における具体的な取り組み事例、さらには海外の事例を含めて、いま注目を集めている主権者教育について、教育制度を専門とする教育学研究者が詳しく解説します。

1.主権者教育とは

主権者教育とは、主権者として良識ある公正な判断力を身に付けることを目指した教育のことです。日本国憲法の下では、主権を有する者は国民です。国民として、良識ある公正な判断力を身につけるために、政治的教養を身につけ、社会への参加意識を高めていく主権者教育が求められています。

(1)そもそも主権者とは

日本の最高法規である日本国憲法では、主権が国民にあることを宣言しています。これは国の政治の在り方は、国民が決めて実行できるということを意味するものです。

民主政治のもとでは、主権者である国民が、選挙などを通じて政治に参加して、政治の在り方について最終的な責任をもつことになっています。そのため、学校教育においても、子どもたちに主権者として良識ある公正な判断力を身に付けることができるように育成しなければなりません。

国民主権と日本の政治のイメージ図(筆者作成)
国民主権と日本の政治のイメージ図(筆者作成)

(2)主権者教育の目的

文部科学省が示す主権者教育の目的は、主権者として社会のなかで自立し、他者と連携・協働しながら、「社会を生き抜く力」や「地域の課題解決を社会の構成員の一人として主体的に担うことができる力」を身につけさせることです。

単に政治の仕組みについて必要な知識を習得させるだけのものではなく、学校、家庭、地域が互いに連携・協働しながら社会全体で主権者教育を推進することを求めています(参照:「主権者教育の推進に関する検討チーム」最終まとめ ~主権者として求められる力を育むために~|総務省)。

主権者教育で育成を目指す資質・能力 三つの資質能力

主権者教育で育成を目指す資質・能力

幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申) 別紙|文部科学省に基づき筆者作成

(3)主権者教育が求められる背景

2015年に公職選挙法が改正され、選挙権を有する者の年齢が「20歳以上」から「18歳以上」へと引き下げられました。

高校生でも18歳になると選挙権が得られるようになったことに伴い、あらためて学校教育のなかで主権者教育の充実を図ることが求められています。また、主権者教育が求められる背景には、選挙における投票率の低さや、政治への関心の低さがあります。

そうした状況のなかで、文部科学省の中央教育審議会は、議会制民主主義を定める日本国憲法のもと、民主主義を尊重し責任感をもって政治に参画しようとする国民を育成することは、学校教育に求められる極めて重要な要素の一つだと考えています。

2.主権者教育の進め方

主権者教育は、社会科や公民科などの教科だけで学ぶものではなく、学校の教育活動全体や、家庭・地域の教育のなかで、子どもが主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うことを求めています。

以下、小学校、中学校、高校、家庭における主権者教育の実践を紹介します。

(1)小学校の実践例・取り組み事例

小学校の実践例として、以下の事例を紹介します。

  • 小学校4年生の社会科の授業実践「自然災害から人々を守る活動」
  • 小学校5年生の特別活動(学級活動)「係活動」

それぞれ詳しく解説します。

①小学校社会科における「自然災害から人々を守る活動」の授業実践

小学校4年生の社会科の授業実践である「自然災害から人々を守る活動」では、自然災害から人々を守る活動について、地域社会の一員として自分たちが協力できることを考えようとする態度の育成を目指しています。

この授業では、自然災害から命や暮らしを守るために、地域の人々はどのような取り組みを行ってきたのか、過去に発生した自然災害から学び取ります。具体的には、地図や年表などの資料を調べたり、自治体職員への聞き取り調査を実施したりして、過去から学び、今後想定される災害に対して、さまざまな備えをしていることを理解できるように情報収集しながら学びます(参照: 第4学年「自然災害から人々を守る活動」|文部科学省)。

<ポイント>

この授業の大切なポイントは、小学校4年生の生徒自身が、実際に社会で起きている事柄に興味・関心を持てるかどうかです。自然災害から自分の身を守ることはもちろんのこと、自分の家族や自分の住んでいる地域を守るためにはどのような備えをしたらよいのか、自分たちに何ができるかを考えることも、社会の形成に参画する基礎を培うために必要です。

②学級活動における「係活動」で育む学級づくりへの参画意識

小学校5年生の特別活動(学級活動)における「係活動」は、学級内の仕事を子どもたちで役割分担して、他者と協力しながら学級生活を楽しく豊かにすることがねらいです。係を決めるときは、自分の興味・関心だけではなく、学級全体のことを考えて話し合い、合意形成を重ねることで、学級づくりへの参画意識を高めていきます。

自分のクラスをよりよくするためには、どのような工夫が必要か、学級会で話し合い、必要な係を出し合い、学級全体で合意形成をしながら、より良い学級生活をつくれるよう自治的能力を育てます(参照:第5学年 学級活動(1)「係活動」|文部科学省)。

<ポイント>

係活動は子どもの自発的な活動を主とするものではありますが、教員は児童に対して適切な声がけや動機づけを行いながら、クラスのみんなのための活動になっているのか、より良い学級づくりが目指されているのか、子どもが前向きな気持ちで係活動ができるように、サポートすることが大切です。

(2)中学校の実践例・取り組み事例

中学校の実践例として、以下の事例を紹介します。

  • 中学校社会科の授業実践「民主政治と政治参加」
  • 生徒会活動

それぞれ詳しく解説します。

①中学校社会科における「民主政治と政治参加」の授業実践

「民主政治と政治参加」の授業では、日本の民主政治の仕組み、議会制民主主義の意義、社会の秩序を維持するための法に基づく公正な裁判の保障、地方自治の在り方などについて確実な知識を身に付けることが目指されています。

また、その知識に基づき、公正な世論の形成や選挙など「国民の政治参加」について多面的に考察できるようになり、主体的に社会に関わろうとする姿を育むことを目標としています(参照:公民的分野「民主政治と政治参加」|文部科学省)。

<ポイント>

国政や地方自治に関する知識を身に付ける学習だけではなく、身近な地域の諸課題に目を向けて、課題解決策を提案する「課題解決型学習」を取り入れることも主権者教育の指導を充実させるためのポイントです。

②生徒会活動で育成する主体者としての自覚

中学校の「生徒会活動」は、主体者としての自覚を高めることを目的としています。具体的には、学校生活をよりよくするための課題を見つけ出し、その課題を解決するための話し合いで「合意形成を図る」「意思決定を行う」「人間関係をよりよく形成する」ことができる能力の育成が目指されています(参照:(2) 生徒会活動「学校生活の主体者としての自覚をもとう」|文部科学省)。

<ポイント>

生徒会活動は「誰かがやってくれるもの」と捉えるのではなく、生徒一人ひとりが学校生活への関心を高めて、自分たちの力で、学校をより良く改善していくことができるという意識を身につけることが重要です。そのためには、生徒会活動のなかで、生徒一人ひとりが、自分の意見をまとめて発表する機会を適宜設けることも必要です。

例えば、生徒一人ひとりが、学校生活の主権者として、どのような学校生活にしたいか、自分の願いをワークシートに記入する方法も有効です。ワークシートに記入した後には、学級内の小グループで話し合い活動の場を設けて、自分の考えだけではなく、他者の考えを聞き、他者の考えを理解できるように意見交換の場を設けます。

グループで出た意見をまとめて、クラス内で発表するのも良いでしょう。より良い学校の姿をイメージしながら、学級内で合意形成に向けた話し合いを深めていきます。各クラスでまとまった意見は、学校全体の生徒会の場で、クラス代表者が発表を行い、学年を越えて、意見交換を行いながら、より良い学校づくりを目指して、合意形成を図りましょう。

生徒会役員を決める際には、立候補者の選挙活動を取り入れることで、主権者教育としての効果が高まると考えられています。生徒会役員への立候補を集い、候補者の立会演説の場を設けて、実際に投票を行い、開票結果を受けて生徒会役員を決定することで、民主主義の担い手として、自分たちの意見を反映させてくれる代表者を選出する仕組みが学べます。

このように、生徒一人ひとりが、自分の意見をまとめて発表する機会を適宜設けることで、学校生活の主体者として、より良い学校づくりへの参画意識を高めることができます。この生徒会役員の選挙は、架空の模擬選挙よりも実践に近いものであり、生徒一人ひとりが学校生活への関心を高めて、学校生活の主体者としての意識を高めることができる実践です。

(3)高校の実践例・取り組み事例

高校の学習指導要領(2018年改訂版)では、公民科の共通必修科目として「公共」が新設されました。公民科では「主権者として、持続可能な社会づくりに向かう社会参画意識の涵養(かんよう)やより良い社会の実現を視野に課題を主体的に解決しようとする態度の育成」が目指されています。

とくに「公共」の授業では、他者との協働により国家や社会など公共的な空間を作る主体であるということを学びます(参照:高等学校等における主権者教育の課題に対応した具体的な取組例|文部科学省)。

高校の授業で実践できる二つの取り組み事例を紹介します。

  • 地域課題の解決に向けた取り組み事例
  • 各教科の授業における新聞を活用した実践

以下で詳しく見ていきましょう。

①地域課題の解決に向けた取り組み事例

総務省と文部科学省が2015年に作成した高校生向けの副教材「私たちが拓く日本の未来」にある「地域の課題解決に向けた取り組み事例」を紹介します。この活動は、地理歴史科、公民科、総合的な探究の時間、特別活動などさまざまな教科で実施することが可能です。

最初に、自分が住んでいる地域(または学校のある地域)の街の人口構成や財政状況などを、基礎情報を自治体のホームページや統計情報で調べてまとめます。地域のニーズや課題を把握するには、その街にどのような世代の人々が住んでいるのか、財政力はどの程度なのか、基礎情報を知ることが必要です。

次に、その街で生活していて困っていること、良いと思うこと、気になることなどをワークシートに書き出します。まずは個人でワークシートに書き込み、その後、グループでその内容を共有して話し合いながら、地域の課題になりそうな着眼点を絞り込みます。着眼点としては、教育分野、子育て分野、環境面、交通面、スポーツ分野、国際交流面などが考えられるでしょう。

関心のあるテーマを絞り込めたら、その分野について、街の政治の状況を調べて、実態を明らかにしていきます。具体的には、行政が発行する広報誌、ウェブサイトで公開されている街の長期・中期計画、議会の議事録などの資料を読み解き、情報を整理します(参照:「私たちが拓く日本の未来」p.44|総務省)。

<ポイント>

資料を紐解くなかで、疑問に思ったことや、わからないことなどは、別の用紙にまとめておき、後日、教室全体で疑問点や質問事項を精査して、追加調査を行います。それでも不明な点は、その街の行政を担当する方にインタビュー調査を実施したり、手紙を書いて質問に回答してもらったりする方法も考えられます。

高校生が公共的な事柄に自ら参画しようとする意欲や態度を育むためには、自分の住む身近な地域の実際の状況を知り、そのなかから解決すべき課題を見つけ出す取り組み事例が有効です。実際の生活と結びついた学習課題を設定することが、自分事として地域の課題解決を考えるために重要なポイントになります。

②各教科の授業における新聞を活用した実践

各教科の授業において、新聞を活用して社会のできごとを理解し、学校での学びが社会でどのように役立つのかを考える授業実践を紹介します。新聞を活用した授業実践は、社会科や公民科の授業だけではなく、ほかの教科でも活用可能な場面が多々あり、学校全体を通じて主権者教育を行うための方法として用いられます。

各教科の授業における新聞を活用した実践

<ポイント>

社会科や公民科の授業においては、1社の見解では政治的な中立性を保つことが難しいため、少なくとも3~4社の新聞記事を並べて見比べながら、考えの幅を広げられるように活用することが必要です。

このように新聞を活用した実践は、論理的思考力を育み、現代社会の諸課題について多面的・多角的に考察できる機会となります。

(4)家庭での実践例・取り組み事例

家庭では、人格形成の基礎が培われる幼少期から、社会とのかかわりを意識する機会を増やすことが求められています。また、学校における主権者教育の充実のためには、家庭の理解と協力は欠かせないものです。親子の参加型イベントや、保護者が主権者教育について学べる機会の提供も有効です。

3.海外における主権者教育の取り組み事例

日本の主権者教育の在り方を考えるきっかけとして、諸外国における主権者教育の取り組みは大いに参考になります。

その国や社会を支える「良き市民(good citizenship)」の育成は、各国において古くから取り組まれてきましたが、グローバル化が進む1990年代以降、社会の構成員が多様化するなかで、市民性をどのように育成するべきか、さまざまな国や国際機関においても「シティズンシップ教育(市民性教育)」が注目を集めています。

ここでは伝統的に「良き市民」を育成しようとしてきたアメリカのシティズンシップ教育を紹介します。

筑波大学の唐木清志教授は、現代のシティズンシップ教育は、1970年代のシティズンシップ教育改革論議が出発点となっていると考えています。この改革論議では、シティズンシップ教育において、積極的な社会参加を促す「社会参加学習」に注目が集まりました。

具体的には、現実の社会問題を積極的に教材として取り上げる社会科の授業です。その後、1990年代以降は、市民が社会に参加する活動を学ぶ「サービス・ラーニング」が学校教育の授業で取り入れられるようになってきました(参照:1970年代のアメリカ社会科におけるシチズンシップ教育改革論議の特質 「参加」の視点から|筑波教育学研究)。

さらに、1990年代以降のアメリカでは、市民としてどのような資質能力を子どもに身につけさせるべきかについて理論的な考察が深められてきました。筑波大学の平井悠介准教授によれば、シティズンシップ教育の内容をめぐって対立的な二つの捉え方が示されています。

一つ目は、個人の自由に大きな価値を置く考え方です。これは、個人の規制を最小限に抑えたシティズンシップ教育を推奨するものであり、子どもには最低限の市民的役割があれば良いという立場に立つ内容です。

それに対してもう一つは、共同することに大きな価値を置く考え方です。これは、市民としての責任感の育成を重視するシティズンシップ教育を推奨するものであり、子どもを責任ある市民へと育成するために、道徳性や文化に対する愛着を含めてしっかりと身につけさせる必要があるという立場に立つ内容です(参照:『最新教育キーワード155のキーワードで押さえる教育』p.288~289 シティズンシップ教育)。

このようにシティズンシップ教育をめぐっては、さまざまな価値観に基づく捉え方が存在していますが、学校教育においては、社会科の授業だけではなく、ほかの教科における授業や生徒会活動でも、地域や社会の問題に積極的にかかわろうとする学習が幅広く取り入れられています。

以下、シカゴ市の高校で実施された良き市民になるための取り組みの事例を紹介します。

『世界に学ぶ主権者教育の最前線』p.61に基づき筆者作成
『世界に学ぶ主権者教育の最前線』p.61に基づき筆者作成

4.主権者教育の課題

日本において、主権者教育を推進していくうえで、現在直面している課題を2点示します。

(1)学校において中立な立場で政治的教養を育む

日本の学校教育においては、政治的中立性を確保することが求められています。その根拠法は、教育基本法第14条第2項であり「特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」という条文です。

この政治的中立性の確保は、学校教育において「政治の問題を扱わないこと」を意味しているわけではありませんが、学校で多くの教員が政治に関する話題を避ける傾向にあり、これが主権者教育の推進にとって課題であることが指摘されています(参照:主権者教育を推進していくうえでの課題|文部科学省)。

教育基本法第14条第1項では「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」と示されていますので、本来ならば、政治的教養を身に付けさせる教育は尊重されなければなりません。

社会科や公民科を担当する教員だけではなく、すべての学校の教員が、中立な立場で政治的教養を育んでいくことが目指されています。政治から目を背けてしまうのではなく、子どもが多様な見方や考え方のなかで、自分の考えを深められるように、多面的な考察ができる教材をそれぞれの教科のなかで取り入れることが、すべての教員に求められています。

第14条 1 良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない。 2 法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。教育基本法第14条(政治教育)

(2)社会や政治の仕組みの本質を学び、社会に参画する姿勢を育む

文部科学省は、主権者教育が「選挙に関する教育であると誤解されないようにすることが課題」として指摘しています。主権者教育を通じて、「選挙に行くようになる」というより、「政治について判断できる力を育む」ことが重要であると考えています。

また、選挙の模擬投票は、主権者教育の方法の一つですが、これが単なるイベントで終わらないように事前事後指導を行うことも必要です。主権者教育では、学校の教育活動全体を通じて、社会や政治の仕組みを学び、社会に参画する姿勢を育むことが求められています。

5.より良い社会の構築を目指して

以上のように、主権者教育では、主権者として社会のなかで自立し、他者と連携・協働しながら、より良い社会の構築を目指して、社会を生き抜く力や、地域の課題解決を社会の構成員の一人として主体的に担うことができる力を身につけることが目指されています。社会や政治の仕組みについて学ぶことはもちろんのこと、この社会を支える主権者として、政治的教養を身につけ、社会への参加意識を高めていくことが必要です。(編集協力スタジオユリグラフ・中村里歩)