一人ひとりの社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てる教育が「キャリア教育」です。キャリアの発達を促す取り組みが、なぜ日本で推進されているのでしょうか。この記事では、キャリア教育の必要性や推進される背景を解説します。
目次
1.キャリア教育とは?職業教育との違い
キャリア教育とは、子ども一人ひとりの社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることです。キャリア教育は2004年から小・中・高校において始まり、2011年の中央教育審議会答申において幼児段階まで対象が広げられました(参考:今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について〈答申〉 p.19|中央教育審議会)。
キャリア教育は、社会環境や産業・経済の構造が変化するなかで、より推進されるようになってきました。雇用に関しても、脱終身雇用・ジョブ型への移行など雇用の多様化・流動化によって、子どもたちは理想とする大人像を見つけ、それをもとに将来の自分の姿を描くのが難しくなりつつあります。こうした現状を打破する存在がキャリア教育です。
キャリア教育と似ている言葉に「職業教育」があります。職業教育とは、一定または特定の職業に就くために必要な知識・技能・能力・態度を育てる教育のことです。職業教育が、職業に従事するために必要な能力の開発を中心とするのに対し、キャリア教育は自分が自分として生きるために「学び続けたい」「働き続けたい」という思いを実現させるための能力や態度の育成を中心としています。
2.キャリア教育が推進される背景
キャリア教育が推進される背景としては、主に次の三つが挙げられます。
(1)IT化による社会の著しい変化
キャリア教育が推進される要因の一つがIT化です。なぜなら、IT化によって現在存在している職業や仕事が、10年後には存在していない可能性があるためです。
例えば、セルフレジが普及することで小売店販売の求人は大幅に縮小されるかもしれませんし、AIにより経理事務員・金属製品検査工・電車運転士・ホテルのフロント係などの仕事もなくなるかもしれません。変化の激しい現代では、自分がやりたい仕事が10年後にはないかもしれないのです。
一方で、現在存在していない仕事や職業が生まれることも予想されます。今の流れを見ると、近い将来、AI活用ヘルスケア技師・バイオ3Dプリンター技師・臓器デザイナー・ゲノム編集コーディネーターなどの仕事や職業が生まれるかもしれません。
このようなITによる社会の著しい変化を乗り越えるためにも、キャリア教育は必要とされています。
(2)環境の変化・人間関係の希薄化に伴う対人関係能力の低下
環境の変化は、子どもたちの心身の発達にも影響を与え始めています。身体的には大人になっても、精神的な発達が伴っていないケースは少なくありません。
具体的に指摘されている昨今の子どもの課題としては、以下が挙げられます。
- 人間関係をうまく築くけない
- 自分で意思決定できない
- 自己肯定感をもてない
- 将来に希望をもてない
これらが課題として挙げられる理由として、オンライン上でのやりとりが増え、対面でのコミュニケーションの機会が減少していることが挙げられます。例えば、以前まで子どもたちは身近にあるもので遊んでいました。空き缶を使った缶蹴り鬼などです。ところが今は大人がつくり出したゲーム機を通して遊ぶことが多くなっています。
こうした変化に伴い、子どもたちは、対面で遊びながら社会性を培ってきた土壌が失われています。人間関係の希薄化が進み、適切に人間関係を築く力が弱くなっているのです。不登校や引きこもりなど、人間関係に悩む子どもは少なくありません。
社会はとどまることなく変化しています。しかし、子どもたちが希望を持って自立的に未来を切りひらくためには、変化を恐れずに対応する力と態度を育てることが大切です。
(3)VUCA時代への突入
VUCA時代とは、先行きが不透明で将来の予測が困難な状況を示す言葉です。私たち大人が受けてきた教育は、大人になったときに困らないように「正解や正しいやり方を覚えておきなさい」という教育でした。しかし、これからのVUCA時代において、子どもたちに正解を示すことは不可能です。職業についても、今ある職業が10年後・20年後に存在している保証はありません。
さらに次の世代は、科学技術の発展のもとこれまで人類がつくり出してきた環境問題・社会問題の解決も求められます。そこに「正解」はなく、そのためこれから必要とされる知力・能力はこれまでと大きく異なります。このように、教育の視点を根本から変える必要に迫られたことで、キャリア教育に注目が集まるようになりました。
3.キャリア教育の具体的な施策
キャリア教育を推進する体制を学校で整え、地域や産業界と連携しましょう。多様な人々の生き方を知り、さまざまな職業を体験しながら、自らの生き方を考えられるように取り組むことが重要です。その一例を紹介します。
(1) 全校でキャリア教育を推進する体制づくり
学校でキャリア教育を推進する体制づくりとして、筆者は以下のような取り組みが効果的だと考えています。
- 郷土愛や基礎的・汎用的能力育成の視点を取り入れた年間指導計画を整備する※その際、各学年で取り組む内容や時期、教科などを明記する
- 生徒に紹介するキャリア教育DVDを活用した授業(新潟県では「夢サポート」が活用されている)
- キャリアカウンセリング、家庭との対話をおこなう
- 「夢ナビカルテ※」で小・中・高校の連携の強化を図る※夢ナビカルテとは、新潟県教育委員会が作成したシート(新潟っ子のキャリアカルテ)のこと
- 全校でキャリア教育を推進する体制づくり「キャリア・パスポート」を活用する
「キャリアに対する支援の課題と展望」によると、ある中学校では2年生を対象に毎年10月に「中学生活折り返し」集会を開いています。
中学校2年生の10月は、卒業への折り返し地点です(学校生活が残り半分となる時期)。残り1年半のうちにやっておくべきことは何かを考えさせ、子どもたちが自身と向きあうきっかけをつくります。
さらに「なるには学習」として、「将来の夢」などをテーマにした作文を書いてもらうことも集会の狙いです。その際「将来就きたい職業だけではなく、今熱中していることでもいい」と子どもたちに伝えます。個人の夢や考えはグループで話し合い、新聞にまとめて発表します。子どもたちはこの取り組みを「みんなの夢はみんなで考える」と名づけました。
並行して、未来発見学習として「なるには訪問」をおこないます。中学卒業から夢の職業へのコースのなかで、最も訪問してみたいところを話し合います。自分たちの夢を実現するために、どうすればよいのかを訪問先へ取材するのが基本的な流れです。夢や展望を個人のなかにとどめるのではなく、周りの子どもたちと互いに語り合いながら高めています。
(2)ふるさとへの愛着や誇りを育む教育活動の充実
ふるさとへの愛着や誇りを育む教育活動も、キャリア教育の一環です。鳥取県では、幼児教育から高等教育まで「ふるさと教育」を軸に数々の取り組みを実施しています。
就学前の子どもに対しては、地域の特色を生かした遊びに触れさせます。自然や伝統文化に触れながら、地元に親しむことを狙いとしています。幼児段階におけるふるさと教育のテーマは「愛着をもつ」です。
小学校では「考える」をベースに地元の魅力を実感し、中学校では地域の課題解決のために「行動する」人物を目指します。最終的なゴールは、ふるさと教育を通して「生き方を確立する」ことです。
(3)家庭・地域・産業界と連携した教育活動の充実
キャリア教育は、産業界との連携も重要です。専門的な知識や技術を学ぶには、家庭や地域とともに企業と関わる必要があります。各自治体では、産業教育に関する計画を細かく立てています。
産業教育の学びについて、具体的にまとめている事例が宮城県産業教育審議会です。農業や工業、商業と業種ごとに教育の狙いを定めています。特に宮城県は東日本大震災の被災地となった地域の一つです。そのため危機管理能力の育成も、産業教育の一環となっています。
4.キャリア教育で習得できる能力
キャリア教育では、今後の人生に欠かせない数々の能力を習得できます。得られる能力について詳しく解説しましょう。
(1)人間関係形成および社会形成能力
人間関係形成・社会形成能力は、他者や社会と良好な関係を築ける能力です。
他者や社会と良い関係を構築するためには、相手の考えや立場を考慮したうえで、自分の意見を伝える必要があります。そのためには、まず相手の思いを想像し、理解することが欠かせません。その意味で、人間関係形成・社会形成能力は他者理解の源です。
また、他者や社会と関係を構築しようとする行為は、「自分にはどんな技能や能力、態度が必要か」を気づかせてくれるきっかけにもなります。
人間関係形成・社会形成能力は、具体的には、以下のスキルが挙げられます。
- 他者の個性を理解する力
- 他者に働きかける力
- コミュニケーションスキル
- チームワーク
- リーダーシップなど
いずれも将来を生きる子どもたちに必要なスキルといえるでしょう。
(2)課題対応能力
課題対応能力は仕事をするうえでの課題を発見・分析し、適切な計画を立てて解決できる力です。この能力があれば、自らがおこなうべきことに意欲を持って取り組めます。課題対応能力では、従来の考え方や方法にとらわれないことも重要です。
また、社会の情報化に伴い、情報および情報手段を主体的に選択し、活用するためにも課題対応能力は重視されています。
課題対応能力の具体的な要素は次のとおりです。
- 情報の理解・選択・処理
- 本質の理解
- 原因の追究
- 課題発見・計画立案
- 実行力
- 評価・改善
知識基盤社会やグローバル社会の到来により、課題対応能力の習得は一層強く求められています。
(3)自己理解および自己管理能力
自己理解・自己管理能力は、自分が「できること」「意義を感じること」「したいこと」を理解する力です。自己理解・自己管理能力を磨けば、子どもたちに主体的に行動できる能力と、「やればできる」と自信を持って行動する姿勢が備わります。子どもの自己肯定感の低さが指摘される日本社会にとって重要なポイントです。
また、自己理解および自己管理能力のなかには、思考や感情をコントロールする力や自らを研鑽する力も含まれます。これらは、社会の変化が激しく、さまざまな他者との協力・協働が求められるなかで重要な能力となります。
自己理解および自己管理能力の具体的な要素は、以下のとおりです。
- 自己の役割の理解
- 前向きに考える力
- 自己の動機づけ
- 忍耐力
- ストレスマネジメント
- 主体的行動
今後の成長のためには、進んで自らを理解する力が求められています。
(4)キャリアプランニング能力
キャリアプランニング能力は、「働くこと」の意義を理解し、自らが主体的に判断してキャリアを形成する力です。この能力は、社会人・職業人として生活していくために生涯にわたって求められます。
社会ではさまざまな立場や役割との関連を踏まえ、多様な生き方に関する情報を適切に取捨選択・活用しなければならないためです。具体的には、次の要素があります。
- 学ぶこと・働くことの意義や役割の理解
- 多様性の理解
- 将来設計
- 選択・行動・改善
ほかの能力と合わせて育んでいきましょう。
5. キャリア教育で意識すべきポイント
子どもたちの多くは、自らのキャリアについて考える時間が圧倒的に不足しているといわれています。自分自身の人生について考える習慣をしっかりと身に付けるべく、以下で紹介するポイントを意識しながら教育活動を実践していきましょう。
(1)学校側で意識すべきポイント
まずは、キャリア教育の実践のために学校側で意識すべきポイントを紹介します。