学校の教職員や教育委員会、企業、研究者が一つのチームとなり、学校をシステムから変える「未来の学校みんなで創ろう。プロジェクト」。東京学芸大が中核となり、2020年8月から様々な取り組みを進めています。「寺子屋朝日for Teachers」は、このプロジェクトと連携した「寺子屋ウェビナー」をシリーズで展開していきます。7月29日に開いた初回は、その全体像と先進的な取り組みの事例などを中心メンバーに紹介していただきました。記事の末尾から、ウェビナーの動画もご覧いただけます。

教室DX、先生が輝く共創空間 「学び」だけでなく学校システムを変える

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「プロジェクトは10年後の学校を3年後に実装しようという目標でスタートし、今年が3年目。10年後の学校をご提案できればと思います」。ウェビナーの冒頭、同プロジェクトを代表して金子嘉宏さん(東京学芸大学教育インキュベーションセンター長・教授)が、プロジェクト全体の意義や現状について説明しました。

未来の学校プロジェクト
東京学芸大学などの研究者や同大学付属学校(竹早地区)の教員、NEC、コクヨ、内田洋行、博報堂などの企業、全国各地の教育委員会がチームを作り、ICTによって学校の課題や新しい授業方法などを検討するプロジェクト。「10年後の学校のモデルを3年後に実装する」という目標を掲げ、未来の図書室の在り方やVR(仮想現実)の活用、教員の働き方改革など、九つのチームをスタートしている。
金子嘉宏さん(東京学芸大学教育インキュベーションセンター長・教授)
金子嘉宏さん(東京学芸大学教育インキュベーションセンター長・教授)

学校の課題感を外部と協力して解決する

大学で産学協同や教育支援協働を研究テーマにしている金子さんは、プロジェクトについて「学校にある課題感を、外部の人間が学校の中に入ることで解決できないか、というところからのスタート」だと語った。

現在の学校を中心とした公教育の仕組みについての解説では、学習指導要領や授業の内容といった学校現場での実践は常に変革され続けてきた一方で、教育関連の法制度や教育委員会・学校のルール、慣習などは変化が乏しいことを指摘した。こうした状況について、現場での実践を「アプリ」に、変革されていない法律や慣習をデバイス機器の「OS」にたとえ、「どんなにアプリが新しくなろうと、OSが古かったらアプリは動かない。OSを変えないと公教育は変わらない」と言及。「学びそのものだけでなく、学校というシステムを変えていかなければいけない」とプロジェクトの意義を語った。

変化のプロセスを掲示

未来の学校プロジェクトの現状については、九つのテーマごとにチームに分かれて進められている。 チームの一つ、「GIGAスクール時代の学習環境を考えよう」では、政府のGIGAスクール構想によって1人1台端末が配備されたものの、教室のDX(デジタル・トランスフォーメーション)化が進んでいないことを課題として捉えているという。公立学校に普及できるような教室モデルの研究と実践を重ね、学校を変革するプロセスモデルの提示を目指していることなどを紹介した。

金子さんは「地域によって課題や状況が違うため、全地域を網羅するソリューションを掲示することは難しいと考えている」と語り、「だが、変革するプロセスモデルを提供することはできる。そこから学びとり、地域に即したソリューションを見つけてほしい」と語りかけた。

産学連携で変わった総合的学習の時間 岩手県山田町

(動画0:21:47~0:31:40)

岩手県山田町立船越小学校
岩手県山田町立船越小学校(安倍貴史さん発表資料から)

岩手県山田町教育委員会学校教育課指導主事の安倍貴史さんは、プロジェクトの一環で実施した小学校の「総合的学習の時間」の事例について報告した。

安倍さんによると、町立船越小学校では2020年、21年度に、小学4年生の総合的学習の時間で「山田町を町外へアピールする」を目標に掲げ、民間企業などで働く大人が外部指導者として授業に参加した。20年度は「食チーム」「施設チーム」「景色チーム」に分かれてフィールドワークやグループディスカッションなどを行い、検討した内容は子どもたちが町長や地元関連企業に向けてプレゼンテーションをしたという。翌21年度も4年生が「商店街チーム」「道の駅チーム」「三陸鉄道チーム」に分かれ、町の魅力の再発見に力を注いだという。

安倍さんは外部指導者との関わりについて、「子どもたちに資料のまとめ方や発表方法を指導してもらったほか、グループ学習をする際のコーディネートや、企業人としての視点でのアドバイスなど、専門性を生かした力を貸してもらった」と紹介。2年間の取り組みで見えたメリットとして「外部からの新たなリソースの獲得と、地元のリソースの再発掘ができた。総合的な学習の時間の見直しや改善にもつながった」などと紹介した。

VR/ARで歴史・文化を仮想体験

動画(0:33:14~0:46:05)

VR/ARを使った実証事業の様子。小須田純さんの発表資料から引用
VR/ARを使った実証事業の様子。小須田純さんの発表資料から引用

岡山県津山市教育委員会教育総務課企画参事としてプロジェクトに関わった小須田純さん(現・同市産業経済部商業・交通政策課課長)は、地元企業などの支援を受けて実施したVR/ARを使った実証事業などの事例を報告した。

同市は2020年7月に東京学芸大と連携協定を結び、複数のプロジェクトに参加している。なかでも「VA/ARを学びに生かそう」をテーマにしたものでは、NTT西日本や地元企業の支援を受けて実証事業を実施。学芸大付属小学校の先生が津山市の子どもたちを対象にオンラインでVRを使った授業を行い、NTT西日本が手掛けた仮想空間を体験するなどしたという。

小須田さんは「先進技術による歴史・文化の仮想体験や、地元企業、他都市の学校、世界とつながる体験など、子どもたちにリアルな体験を創出し、多様な感性を磨くことができる。こうした取り組みで子どもたちが勉強を好きになり、将来を夢見るきっかけにつながったらと期待している」などと語った。

企業の視点から見た教員

動画(0:47:00~0:59:25)

上條圭太郎さん(Whatever Inc. )
上條圭太郎さん(Whatever Inc. )

プロジェクトの設立メンバーの一人で、株式会社「Whatever Inc.」の上條圭太郎さんは、チーム「先生たちがもっと輝く学校に。」に参加した経験を紹介した。

上條さんはプロジェクトを始める際に、大学の教員たちと「教員は輝いているのか」という問いを立てて議論したという。メディアでは過労死ラインを超えた勤務実態や、パワハラ・セクハラなど悪いイメージが多く報道されること、文部科学省が実施した「#教師のバトン」でも過酷な労働事情を訴える声が目立ったことなどが話題にのぼったという。「社会から見ると、教員の魅力が伝わりきっていないのではないかと感じている」と上條さん。

一方で実際にプロジェクトに参加し、交流をしてきた先生たちの印象については「研究授業なども見学したが、教員たちが45分の授業の裏で様々な試行をし、色々なことを考えていることを知った」。また、教員の能力を民間の視点で見ると「ファシリテーション能力(会議などをスムーズに進める能力)が高く、授業を組み立ててゴールに導く力やマネジメント力がある。クラスで発言しない子の機微も捉えるなど、人の気持ちを捉える能力もある」などと語った。

文具メーカー「コクヨ」が学校の教員や生徒と連携してより良い商品開発などを行っている事例を紹介し、「企業で働く人の中にも子を持つ親はいる。プロジェクトに参加することで、保護者と先生という関係ではなく、企業人と教員という接点から、教員の本当の姿を知ることにつながる可能性もある」と紹介した。

付属竹早地区の取り組み 実感した教員側の変化

動画(1:00:28~1:14:11)

小岩大さん(東京学芸大学附属竹早中学校教諭)
小岩大さん(東京学芸大学附属竹早中学校教諭)

東京学芸大学付属竹早中学校教員、小岩大さんは、竹早地区での実践例やプロジェクトに関わる教員側の変化について報告した。

学芸大付属の幼稚園と小学校、中学校が設置されている同地区では、かねて教員同士で連携教育を行っており、小学生と中学生の国語の合同授業や、中学校の技術・家庭科の授業で幼稚園児に絵本を読み聞かせるといった取り組みも実施しているという。今回のプロジェクトについては「企業という外部の人たちとの連携が魅力的だと感じた」と小岩さん。

プロジェクトでは、学校内に企業担当者と教員が交流するコワーキングスペースをもうけたことや、キャリアコンサルタントが生徒に指導を行ったことなどを紹介した。企業担当者と生徒がオンラインで交流している様子や課題に取り組む様子などの写真も示しながら解説した。

小岩さんは「企業の方との会議の中で『生産性を上げるためにシエスタ(昼の休憩)を取り入れている企業がある』という話題が上がった。こういう発想は教員だけでは絶対に出てこない。また、アイデア力や行動の速さ、仕事の取り組み方や考え方など、新しい視点は学校にも良い影響を与え、教員の視野を広げてくれていると感じている」と語った。

GIGA端末の活用や交流の課題 フリートーク

動画(1:14:55~)

トークセッションの様子
ウェビナーの終盤には、登壇者らによるトークセッションも行われた

フリートークでは、登壇者たちが現場で感じている課題などについて語りあった。

GIGAスクール構想で配備された端末の使い方について、登壇者の一人が「ICTを活用した授業展開は先生方も悩んでいるところ」という課題を語ると、別の登壇者からは「(活用方法が)自分たちだけの考えに陥ってしまうところもある。意見交換をする中で広がり、深まりが生まれるので、交流することが有益だと感じている」などの声が出ていた。

金子嘉宏さん(東京学芸大学教育インキュベーションセンター長 教授)
専門分野は社会心理学、教育支援協働学。 一般社団法人東京学芸大Explayground推進機構事務局長、一般社団法人STEAM Japan理事、一般社団法人教育支援人材認証協会理事、NPO法人東京学芸大こども未来研究所理事、日本教育支援協働学会理事を兼任。

安倍貴史さん(山田町教育委員会事務局 学校教育課 指導主事)
専門教科は算数・数学。岩手県小中学校教員として本採用後、北上市公立学校教員、奥州市公立学校教員、宮古市公立学校教員の現場経験を経て、令和2年度より現職。

小須田純さん(津山市産業経済部商業・交通政策課課長 ※前・教育委員会教育総務課企画参事)
教育委員会在籍中に、学校ICT環境の整備、教育振興基本計画の策定等、教育委員会の総合的な政策立案や環境整備に携わる。

上條圭太郎さん(Whatever Inc. )
AID-DCC、博報堂、Preferred Networksを経て、2022年よりWhateverに参加。「より良い社会」と「企業の事業成長」が重なるところをゴールに定め「生活者の心が動く」仕事を数多く手掛ける。カンヌライオンズ、エフィー賞、ACCなど国内外での受賞歴多数。

小岩大さん(東京学芸大学付属竹早中学校教諭)
研究主任を担当。専門教科は数学。竹早地区幼小中連携教育研究の取りまとめを担当し、主体性を育む幼小中連携教育の研究の推進や公開研究会の企画運営等を行っている。

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