「マーケティング」と聞いて、真っ先に頭に思い浮かぶのは何でしょうか。効率的な商品の売り方? あるいは効果のある宣伝方法? 学習院大学国際社会科学部の臼井哲也教授は、「マーケティングの本当のおもしろさは、売り手と買い手が共に新しい価値を創っていくことにあります」と話します。12年生のときに臼井教授の授業でマーケティングに興味を持ち、ゼミに入った園原遥さん(4年)と本田華鈴さん(3年)も交えて、ゼミの活動内容や学習院大学の魅力についてうかがいました。

【テーマ】 国境を越えた価値の共創

「もともと研究者になるつもりはありませんでした」と語る臼井教授は、ユニークなキャリアの持ち主だ。

起業を志し、日本を飛び出しアメリカ・ジョージアサザン大学経営学部へ進学し、起業家論、マネジメント、マーケティングなどを学んだ。帰国して1995年に一度起業した後、98年、小田急エージェンシー(マーケティング部)へ。「起業して一番難しく感じたのがマーケティングです。なぜうまくいかないのかを知りたくて、広告会社を経て研究の道に進むことにしました」

2006年、明治大学大学院商学研究科博士課程修了。桜美林大学ビジネスマネジメント学群専任講師、日本大学法学部教授を経て、22年より現職。 研究領域は、国際マーケティング戦略、ビジネスモデルの国際化、消費者アフィニティ。「ファーストリテイリング」と「イオン」のビジネスモデルについて長年研究している。

学習院大学国際社会科学部の臼井哲也(うすい・てつや)教授
学習院大学国際社会科学部の臼井哲也(うすい・てつや)教授

私たち一人ひとりが、新しい価値を共創するためのプレーヤー

——臼井先生は「国境を越えた価値の共創」をテーマに、マーケティングやビジネスモデルの研究を続けています。マーケティングを学ぶおもしろさは、どんなところにありますか?

臼井 マーケティングと聞くと、売り手が買い手に対して一方的に売り込むための戦略といったイメージを持つ人も少なくないと思いますが、マーケティングの本来のおもしろさは「価値共創」にあります。

売り手(商品やサービスを提供する側)だけでなく、買い手(顧客)も一緒になって新しい価値を創っていくこと。例えば、コロナ禍ではオンラインでコンサートが開催されましたよね。鑑賞する側は、別の場所にいる友人とLINEで感想をリアルタイムで送り合い、配信する側は、さまざまな角度から楽しめるようにカメラを配置するなど、互いに創意工夫して新しいコンサートのカタチを成立させました。これも「価値共創」の一つの事例です。今はデジタル社会なので、一般の人も簡単にこのプロセスに参画できるようになりました。

——この先、テクノロジーはますます進化していきます。未来に向かってどんどんおもしろくなりそうな研究テーマですね。

臼井 そうですね。しかも「価値共創」は、人が国境を越えれば越えるほど規模が大きくなって、さらにおもしろくなります。わかりやすいものだと、訪日外国人観光客の日本滞在中の楽しみ方をイメージしてもらうといいかもしれません。「紅葉の向こうに見える雪山の風景」のように日本人からすると意外な場所、思いもよらないものが人気になりますよね。国によって常識や当たり前は異なるものですから、多様な人が集まるほど私たち日本人にとっても新しい発見があって、そこにイノベーションが生まれます。そして新しい価値はSNSを通じて瞬時に世界へ伝播していきます。国際マーケティング戦略では、そういった国境を越えた「価値共創」について学生の皆さんとともに考えます。

——今、先生がもっとも関心を持っていることは何でしょうか。

臼井 ビジネスモデルの国際化です。ビジネスモデルとは、組織内の個々の活動のつながりやその構造のこと。普段私たちは、自分たちが所属する組織における自らの役割について、それほど意識していないものです。しかし、プレーヤー一人ひとりの活動が、組織にどんな価値を提供しているのか、他の人がやっていることは組織や自分とどうつながっているのかなどを理解・共有できれば、個人の帰属意識と責任感が高まり、その組織はより良いものになって、さらなる「価値共創」が生まれていくはずです。

私が長期にわたって研究している対象に、イオンモールのビジネスモデルがあります。イオンモールの場合、参画するプレーヤーは顧客、テナント、地域住民です。すべてのピースがつながり合って、互いにショッピングモールという「場」を盛り上げる装置になっています。

学習院大学の臼井哲也教授とゼミ生

ショッピングモールで催されるイベントは、一見ただのプロモーションに見えても、実際はモールのマネジメントオフィスが時間帯や客層に合わせて企画を練り上げています。企画の内容は事前にテナントと共有し、テナント間で品ぞろえや商品の数も調整します。自分の店さえもうかればいいという考えでは、顧客目線とはいえないですからね。アンカーテナント(集客の核となる大型店舗)としてスーパーマーケット、大型のファストファッション店や家具店などを配置するのも、顧客が回遊して一日中楽しむための工夫です。

また、地域の自治体や学校、コミュニティ団体のイベントに施設を使ってもらうことで、地域住民が集う場を提供しているのも大きな特徴です。イオンモールは人々の往来が少ない郊外にもあえて出店しますが、人を呼び寄せるビジネスモデルがうまく機能しているから郊外立地でも成立するのです。 

ショッピングモールという業態は、もともとアメリカで誕生し発達しましたが、ネット通販の台頭によって、本家本元のアメリカでは厳しい時期を迎えています。そんな中、イオンモールは日本国内のみならず、中国や東南アジアを中心に海外にも進出し、それぞれの地域の顧客からの支持を拡大しています。

その理由は、やはりビジネスモデルの特徴にあります。海外の多くのディベロッパーは好立地にモールを作ったらそこで自分たちの仕事はおしまい、と考えますが、イオンモールをはじめとした日本のディベロッパーは、「価値共創」に重きを置いて、地域の一員としてどうやって持続的に地域社会の発展に貢献できるのかまで考えます。ヤングファミリー層が多く、暑さ厳しい東南アジアの店舗では、お母さんたちが昼間に子どもを遊ばせる場として、社交の場として機能させているのも、日本のディベロッパーらしい発想だなと感じます。

リアルな社会でもデジタル空間の中でも、人は一人では生きていけません。だからみんなで新たな価値を創り出し、楽しい毎日を実現していく必要がある。そのための仕組みを考えるのが、私が専門とするマーケティングという学問です。

英語で論文を書き、発表することで身につく“学びの基礎体力”

——臼井ゼミの主な活動や特徴について教えてください。

学習院大学の園原遥(そのはら・はるか)さん
臼井ゼミ4年生の園原遥(そのはら・はるか)さん

園原 国内最大の国際ビジネス系学術論文大会「IBインカレ(国際ビジネス研究インターカレッジ大会)」に出場しています。英語で論文を書き、プレゼンもディスカッションもすべて英語で行う大会ですが、私は昨年3年生4人でチームを組んで出場し、3位に入賞しました。

テーマは、「多様な美を訴求した広告は、消費者にどのような影響を及ぼすのか」でした。女性は二重で色白、痩せているほうが美しい。そういった「画一的な美」に縛られているせいで整形したり、摂食障害を患ったりする若者がいる一方で、最近はジェンダーやボディーサイズにとらわれない「多様な美」を訴求する広告が増えていますよね。これまで「画一的な美」が消費者の憧れを誘発し、商品の売り上げにつながってきたのに、「多様な美」を訴求しても購買につながるのだろうか。つながらないとしたら、「多様な美」を訴えるメリットって何だろう? それを明らかにしたくて、広告効果について論文にまとめて発表しました。

本田 先輩である園原さんから、チーム全員で同じ方向に向かって努力する楽しさを聞いてとてもワクワクしたので、臼井ゼミを選びました。今年は私たち3年生5人で12月の発表に臨みます。6月末にはテーマを確定して、その後、必要なデータ集めやインタビューを行っていく予定です。

テーマを決めるにあたり、「推し活」は共感価値を作れるか、商品に多様性を取り入れると消費者の賛否が分かれるのはなぜかなど、いろいろなアイデアが出ています。全員が納得して研究できるテーマを決めるのは、なかなか大変だと実感しているところです。

——そんなとき、先生はどのようにアドバイスしていますか?

学習院大学の臼井哲也教授

臼井 途中で口を出したくなってもグッと抑えて、見守るのが私の指導スタイルです。というのも、学生には自ら問いを立て、それに対する解決策を自分で提示する「社会科学的な考え方」ができるようになってほしいからです。

これからの時代は、今まで以上に個人がプロとして生きていくために、社会に出てからも自発的に学び続けるのが当たり前になっていきます。そんなときに必要なのが、「学ぶための基礎体力」です。自ら問いや仮説を立て、データを用いて検証した上でロジックとエビデンスに基づいて意思決定をする「社会科学的な考え方」は、人間が成長し続けるためのエンジンになります。

また、チームで論文をまとめる過程で率直なぶつかり合いを経験することもとても大切です。真剣に相手に向き合うことで、本当の意味で一緒にやっていくためのロジカルな考え方や、相手を説得するための能力、そして共感力も身につきます。ゼミもまた、一つの「価値共創」の場なんです。

こうした高度な思考力を大学生のうちに習得するのは日本語でも難しいけれど、英語でとなると、さらなる困難を伴います。しかし、ビジネスの場ではもはや英語は共通言語。できなければチームメンバーに入れません。英語で論文を書き、プレゼン、議論を行うことで、グローバルビジネスの担い手になるために必要な土台を築いてもらう。これが、学生たちのゴールとして私が目指しているところです。

本田 今は新卒者の3分の1が3年以内に離職すると言われています。先生がおっしゃる通り、社会に出てからも学び続ける姿勢は大事ですよね。私のキャリアを作るのは企業側ではなく私自身だという意識を持って、自分の専門性と希少性を高めていきたいです。先生は社会人としてもいろいろな経験をしていらっしゃるので、ゆくゆくはそういった相談もできたらいいなと思います。

学習院大学の園原遥さん

園原 先生はゼミ生にとってお父さんみたいな存在だから、論文や就職の相談もしやすいですよね。私は広告会社への就職が内定しているのですが、ゼミで学んだことは今後のキャリアでも生かせると考えています。

私がゼミで学べる時間も残りわずか。卒論執筆と並行して、今年は学習院大が主催する「IBインカレ」の運営に4年生全員で携わるつもりです。他大学の方と協力しながら350人規模の大会を取り仕切るのはとても大変そうですが、本田さんたち3年生が気持ちよく発表できるように裏方として支えたいと思っています。

英語が苦手でもやる気があれば、4年間で見違えるほど成長

——おふたりが国際社会科学部を志望した理由を教えてください。34年次の授業はすべて英語で行われるそうですね。やはり英語が得意だったから選んだのですか?

学習院大の本田華麗(ほんだ・かりん)さん
臼井ゼミ3年生の本田華鈴(ほんだ・かりん)さん

本田 実は私、英語にずっと苦手意識があって、高校時代は理系科目よりもダメでした(笑)。でも、英語を話せる人になりたかったから、この学部を志望しました。また、自分が興味のある分野を絞りきれなかった私にとっては、幅広く社会科学が学べるのも決め手の一つでした。

臼井 国際社会科学部は、社会科学の5分野(法学・経済学・経営学・地域研究・社会学)を学べるのが大きな魅力です。他大学だと社会学部、経済学部と分かれているものですが、学習院では5分野を横断して学びます。入学してから自分の興味のある分野を選べるのは、メリットの一つですね。

本田 私もいろいろ履修するうちに、マーケティングが好きかもしれないと気づけました。英語にしても、入学当初は必修の英語の授業を受けるたびにわからないことだらけで毎回先生に質問していましたが、今では英語でのディスカッションでも自分の意見を言うことができます。

英語は恥ずかしがっていたら上達しないけれど、学習院は少人数教育が特徴なので、学生と先生の心理的な距離も近くて質問しやすい雰囲気があります。だからためらわずに何でも質問しているうちに、英語への抵抗感が無くなっていきました。やる気さえあればなんとかなる!というのは実感としてあります。

臼井 コミュニケーションレベルの英語なら、どこでも学べるし、本人のやる気があればスマホを使って身につけることだってできます。ただ、仕事で英語を使うなら、それだけでは不十分です。論理的に物事を組み立てて相手を説得し、多くの人を巻き込んでいかなければならないわけですから。他の国際系の学部だと英語や教養、文化を学ぶところが多いですが、国際社会科学部では「社会科学的な考え方」を英語で理解し研究するので、プロフェッショナルなコミュニケーション言語としての英語を習得できます。

園原 私の場合は、勉強すればするほどテストの点数が上がるのが楽しくて、高校時代は英語に自信を持っていました。でもある時、海外の人を前にしたら緊張で何も言葉が出てこなかったんです。それで、英語をちゃんと使えるようになる学部へ進学しようと思いました。授業では、学術的な英語の論文もたくさん読みます。自分がもともと持っていた英語の読解力をキープしつつ、足りなかった部分を伸ばせたのは、この4年間の一番の財産です。

——あらためて、学習院大学国際社会科学部の魅力を聞かせてください。

<span>学習院大学の本田華鈴さんと園原遥さん</span>

園原 4週間以上の留学が必須なのも、この学部の魅力です。私は2年生の時にアイルランドへ留学しましたが、全員が手を挙げて意見を交わす姿が衝撃的で、知的好奇心がある人たちともっと活発に議論したいという気持ちが高まりました。国際社会科学部の学生は帰国子女や留学経験のある人が多く、グローバル意識も高いから、学生同士で話していてもすごく刺激を受けます。

本田 わかります。学習院は勉強が好きで、真面目にコツコツがんばる人がいっぱいいますよね。

園原 私は外部生として学習院大学に入りましたが、一番の驚きは出会う人が変わったことでした。それまでは勉強が好きだと話すと、「いい子ぶってる」と思われることもあるから、あまり言わないようにしてきたんです。でも、大学でできた友達は自分の好きなものや夢を話すと、みんな「いいじゃん!」って受け入れて、応援してくれた。この出会いは、私にとって本当にうれしいものでしたし、学生生活に大きな影響を与えてくれました。

臼井 多様な価値観を受け入れる環境に加え、すべての学部が同じ敷地内にあるのも、学習院の良いところです(ワン・キャンパス)。人が集まって議論を交わせる場って大切なんです。研究者としても超一流の先生方による研究会が日常的にあって、そこに学生が自由に参加できる環境が整っているのは、学習院ならではの魅力。そこから独創性に富んだ学びや「価値共創」が生まれていくのだと思います。

談笑する学習院大学の臼井哲也教授とゼミ生の本田華鈴さん、園原遥さん