2020年、新型コロナウイルスの次に世界中で情報が飛び交ったのは、アメリカの大統領選挙と言えるでしょう。トランプ氏とバイデン氏の選挙戦はパンデミックに大きな影響を受け、投開票の混乱も注目を集めました。アメリカの内政を専攻する学習院大学法学部政治学科の庄司香教授のゼミでは、今回の選挙を一大テーマとして16人の学生が考証を繰り返してきました。アメリカ政治の“現在”から、日本の学生たちは何を学び、何を感じたのでしょうか。庄司教授とゼミ生の鴨下朋美さん(4年)、吉村勇輝さん(3年)が、大統領選を振り返りました。

【テーマ】「第59回アメリカ合衆国大統領選挙」

2020年113日に実施された、米国大統領、副大統領を選出する選挙。再選を目指す共和党のドナルド・トランプ氏、オバマ政権で副大統領だった民主党のジョー・バイデン氏らが立候補し、両氏の事実上一騎打ちとなって激しい選挙戦が繰り広げられた。

投開票の結果、勝利に必要な選挙人の過半数をバイデン氏が獲得。トランプ氏は敗北を認めず法廷闘争を続けていたが、211月にはバイデン次期大統領が就任する予定。

■個々の学生が多角的に大統領選挙を分析

――日本でも大統領選挙は話題を集めましたが、庄司先生のゼミではどのように向き合いましたか? 

庄司 今回はとにかく世界中が注目する重要な選挙だったので、リアルタイムで追いかける面白さがあるのではないかと、年間のテーマとして提案しました。学生たちはそれぞれの着眼点から、自分なりの問いを立てながら選挙を追いかけて、結果が出た今はそれをリサーチペーパーとしてまとめる作業に取り組んでいるところです。 

鴨下 私は、コロナ禍の下での選挙キャンペーンに焦点を当てて研究を進めています。今年はコロナ禍というイレギュラーな中でも選挙のスケジュールは待ってくれない状況下で、共和党と民主党の政治家たちが有権者にどうアピールしてきたのかに興味を持ちました。 

その中でも特に、党大会について詳しく分析をしています。民主党は党大会を全面オンラインで行った一方で、共和党は人を集めて開催し、それぞれが批判も受けています。どちらの党の手法がどんな層を取り込んで、どちらに有利・不利に働いたのかを考察していく予定です。 

庄司 通常の党大会はスタジアムのような大きな会場で開催され、海外の観察者は現場の臨場感もテレビ中継される部分などを通じて断片的にしか触れることができませんでした。今回はアメリカでも多くの支持者が対面では参加できず、オンラインの映像を見る形で参加していました。海外にいる私たちも、アメリカの有権者と同じものを体験することが可能になったので、鴨下さんもアメリカ人の視点に立って面白い分析ができると思います。 

吉村 僕は、大統領選挙における公民権侵害について研究していて、特にネイティブアメリカンに注目しています。彼らは孤立した場所に居住しているため、これまでの選挙でも投票所が遠方にあって投票が難しいなどの公民権侵害を受けています。 

今回はそれらに加え、コロナ対策のための郵便投票に関しても、英語が話せない人への配慮がない点や、投票用紙を都心部にまで取りに行けないなどの公民権侵害があります。州ごとに対応が異なり、各州でマイノリティーの人たちがどんな公民権侵害を受けているか、研究を進めているところです。 

庄司 投票妨害はアメリカでは歴史的にもずっと問題とされてきて、それが今回はコロナの影響でクローズアップされました。ネイティブアメリカンの状況は人口比から見ても注目を集めることは少なかったのですが、実はいくつかの州で彼らの投票がバイデン氏の勝利に貢献したのではないかという検証も進んでおり、吉村さんの着眼点は興味深いですね。

――選挙を研究の対象として見てきたことで、どんな気づきがありましたか?

吉村 今年の大統領選挙は例年とは違い、コロナの問題があるだけでなく、支持する人と支持しない人が極端に分かれるトランプさんという候補がいて、本当に歴史的な選挙だったと思います。それを最前線で見ているんだという実感がすごくありました。郵便投票に関する問題も、それにアメリカがどう対処していったのかを学べたのは面白かったです。

鴨下 開票が始まった時は、ニュースをずっと見守っていました。最初はトランプさんが優勢だったのを、郵便投票が開票されていくにつれ、激戦州で結果がひっくり返っていきました。私たちも、民主党の支持者の多くが郵便投票を使うだろうと事前に分析していて、それが現実になるのをリアルタイムで体感することができました。選挙前にディベートを3回やっていたのも、事前知識を持って選挙を興味深く見ることにつながったと思います。

庄司 オンラインでのディベートは難しいかなと思っていたのですが、けっこう白熱しましたね。4人ごとにチームに分かれて、くじで民主党側か共和党側かを決めました。

鴨下 私は毎回くじが民主党側で、バイデンさんの政策をかなり調べていたので、肩入れする部分も少しありました。他の学生でずっと共和党側だった人は、トランプさんの結果を残念がっていましたね(笑)。もちろん私たち自身が実際にアメリカ国民の立場だったら、そんな軽い気持ちで支持する候補者を決めるべきではないと思うのですけど。

庄司 今回の選挙の特徴の一つは、現職の大統領が、選挙の信頼性を損ねるような発言を、選挙の何カ月も前から繰り返していたということです。これは、民主的な選挙の正当性というのが、その制度に対する信頼性によって支えられていることを、世界中の人に気づかせたのではないかと思います。

他方で、ふたを開けてみれば、アメリカの民主主義の足腰は強かったというのが、私自身の印象です。選挙不信が叫ばれていましたが、実際には多くの人が投票に行って投票率も高い数字でした。結果についても、民主的な手続きを尊重しようという声が共和党支持者の中からも出てきて、選挙の実施にはいろいろ不安定要素があった中でも、アメリカの民主主義に対する信頼が強いというところを世界に示したのではないかと思っています。

■英語力やメディアリテラシーが鍛えられた

――世界中が注目する大統領選挙をテーマにすることで、学生の学びも大きかったのではないですか?

庄司 授業ではアメリカの新聞など現地の英字情報を追いかけましたが、日本語のメディアでもすごく報道されたことで、普段私たちに日本語では届かないような重要な争点や課題があることに、気づくことができたのではないでしょうか。メディアでは、全体像を伝えるのではなく、特定の情報が取り上げられることが多々あります。アメリカでは何が本当に話題になっていて、日本語メディアでは何が伝えられていないのか、実感できるきっかけになったと思います。

日本に関することは日本語のメディアが一番詳しいですが、英語のメディアを活用できなければ、日本以外の世界のほとんどの情報を得る機会は限られてしまいます。学生たちが英語力に磨きを掛けたいと感じてくれたらいいですね。また、大統領選挙に関しては、虚実あわせて膨大な情報が飛び交う中で、ネット上の情報をどこまで活用できるか、といったメディアリテラシーを鍛えることができたと考えています。

――海外の選挙を学ぶことで、自分自身の政治への意識は変わりましたか?

吉村 僕は大学に入る前は、実際の政治はおじさんたちがやっている、つまらないものというイメージを持っていました。しかし、政治学を専攻して、基礎さえ理解すれば政治はわかりやすく、誰でも参加できるものなのだと学びました。日本では、以前の僕のような、政治に関心のない若者が多いと言われています。若い人の政治参加を増やすためにも、政治の面白さをわかりやすく発信したいという気持ちが強くなり、マスコミ業界への就職を考えるようになりました。

鴨下 選挙権を得てからは必ず投票には行っていましたが、どこか他人事として考えていたというか、当事者意識が薄かったと思います。政治学科で学んだことによって、政策面などもよく見るようになり、アメリカと比べて日本の女性の政治進出が難しい理由はなぜだろうか、といったことも考えるようになりました。

――例年の学生は、どのようなテーマに取り組んでいますか?

庄司 必ずしも大統領選挙の年に選挙をテーマにするわけではありませんが、今年は論文集をつくろうという目標を持って取り組んできました。他の年では、アメリカ政治について学生に自由にテーマを選んでもらっています。たとえば、アメリカの農業が非正規移民によって支えられている一方で、農業団体が移民規制の政策を支持するという矛盾に焦点を当てる学生や、ロビー活動を分析する学生もいました。学生が「面白い」と思ったことを応援していきたいと考えています。

――庄司先生の現在の関心事を教えてください。

庄司 一つは、トランプ政権下での女性の政治進出です。2018年の中間選挙に引き続き、今回の選挙でも連邦議会で女性の当選者数が史上最多になっています。皮肉にも女性を軽視する発言を繰り返してきたトランプ政権が残した、ポジティブなレガシーではないでしょうか。

しかし、女性がトランプ大統領に怒りの声を上げて議員数が増えたということではなく、それを支えるシステムがあるのです。アメリカは基本的に小選挙区制であるため、他の国のようなクォータ制(女性議員などの定数を割り当てる制度)の導入が難しい中で、どうやって女性が政治進出していくかを検証するのは面白く、日本でも参考になる部分があると思っています。

■自分の力で調べて、批判的に考察する能力を

――ゼミではどんな雰囲気で学んでいますか?

鴨下 学生一人ひとりが熱意を持っていて、得るものが多いゼミです。今年はコロナ禍の影響で授業がオンラインになり、イレギュラーな状態なのですが、毎週しっかり授業を受けているという実感があります。

吉村 3年生でこのゼミに入って、実は庄司先生にお会いするのは2回目ですが、久々という感じはしません(笑)。授業は予習復習が大事だという厳しい面もありますが、先生は授業外でのサポートもしっかりとしてくださります。英語の文献をたくさん使うので、身に付けた英語力は将来にも生かせるのではないかと思っています。

庄司 私自身はアメリカへ留学した際に、周りの学生が勤勉で、学部生の時にしっかり勉強しないと世界に取り残されてしまうのではないかと痛感しました。教員として学習院に来て、学生には「大学で勉強したんだ」「学習院を卒業して良かった」と思えるような経験をしてほしいと思って取り組んでいます。それにはやはり学生側の意欲が必要なので、熱意ある学生たちがいる環境は幸運であり、私自身も学生が頑張っている姿に刺激を受けています。

 学生には、さまざまなことを批判的に考察する力を習得してほしいですね。特定の情報をうのみにせず、自分で調べて判断するためには、語学力も重要です。卒業生の人生にアメリカ政治自体が直接関わる機会は少ないかもしれませんが、「ブラック・ライブズ・マター」などアメリカ国内で起こっている多様な問題が、自分たちにも身近なものだと考えてほしいのです。

――最後に、学習院で学ぶ良さや、学ぶ意義についてお聞かせください。

庄司 キャンパスに緑が多く、落ち着いていると感じる学生が多いです。安心して過ごせる環境というのは、学生の気持ちや勉強への集中しやすさに影響があるのかもしれません。

鴨下 駅前という立地もいいですね。電車を降りて西門から入って、春は桜が待っている雰囲気が素敵です。 

吉村 学習院といえば、学生は穏やかで上品だというイメージがあります。実際にそうだと思うのですが、心の中には情熱や熱い信念を持っている人が多いですね。友人としてみても、人当たりが良くて仲良くなりやすい一方で、自分の芯をしっかり持っているので時には熱い話を交わせるのは、魅力的だと思います。 

鴨下 私が受験する時は、学部が5つという学習院のいい意味でこじんまりとした雰囲気や、中規模ならではの授業形態など、特有の校風が決め手になりました。私は英語力を伸ばしたいと思っていたのですが、「外国書講読」の授業を1年生から選択できるなど、学生がそれぞれやりたいことを取り組める環境にあります。 

吉村 英語に関するプログラムも非常に充実しています。政治や経済などの特定の分野を専攻したいけど、英語も重点的に勉強したいという学生は、ネイティブの教授が英語で全ての授業を行う「英語インテンシヴ・コース」で単位を取得することもできます。国際的な人材を目指すうえで、必要な能力を身に付ける環境が整っていると言えますね。 

庄司 私自身のことは言えないのですが、教授陣がすごく充実していると思います。政治学科も法学科も実力のある教員がそろっていて、その中で学生が興味のある領域を掘り下げていくことのできる環境があります。さらに、少人数教育の選択肢が充実していて、学生が安心して自分の好きな勉強に没頭でき、同じ思いを持つ仲間に会えるというのは誇れる点です。