新型コロナウイルスのパンデミックに、ロシアによるウクライナ侵攻、緊張感が高まる米中関係など、世界は今、大きな転換点を迎えています。そんな中、私たちが国際情勢を学ぶ上で忘れてはならないのが、「当事者意識を持つこと」。国際政治が専門で、現代中国を研究テーマとしている学習院大学法学部政治学科の江藤名保子教授は、そう話します。江藤ゼミで幹事を務める村上心一さん(4年)と吉岡真歩さん(4年)も交えて、国際政治を学ぶ意義や中国との向き合い方、学びから得たものについて聞きました。
【テーマ】 国際政治(現代中国)
大学時代に日本と台湾の歴史に興味を持ったことから、現代中国の研究の道へ進んだ江藤教授。
アメリカ・スタンフォード大学大学院、慶應義塾大学大学院で現代中国政治、東アジア国際政治、日中関係について専門的に学び、日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを務めてきた。著書に、「中国ナショナリズムのなかの日本―『愛国主義』の変容と歴史認識問題」(勁草書房、2014年)など。メディアで中国に関するコメントを求められる機会も多い。
現在は、「国際情勢に大きな影響を及ぼす米中関係の動きを特に注視している」と話す。
世界で起きている問題を、自分の国や生活と結びつけて考える
——世界はここ数年、大きく揺れ動いています。国際情勢について考える際、私たちはどういった視点を持つとよいでしょうか。
江藤 例えば、ウクライナからの避難民が隣国ポーランドへ逃れたというニュースを、私たち日本人のうちどれだけの人が当事者意識を持って見ていたでしょうか。戦後の日本は、海を隔てた他の国々と平和な関係を保てていたこともあって、一般に国際政治に関する当事者意識があまり強くはありません。けれども、もし台湾周辺で軍事衝突が起これば、台湾にいる日本人だけでなく、台湾人や台湾滞在中の外国人がいっせいに日本に逃げてくる事態も起こりうる。ポーランドに日本を重ねて想像してみることは、とても大切な視点です。
ウクライナ侵攻の影響で世界的にインフレが起きて、日本でも物価が上がったように、世界で起きるあらゆることは、私たちの生活につながっています。このように、自分が観察者であるだけでなく当事者でもある問題を扱うのが、国際政治という学問です。
——先生のご専門は、現代中国です。中国に興味を持ったきっかけを教えてください。
江藤 私がまだ大学生の頃、ゼミの活動で台湾を訪れた時のことです。日本統治時代に教育を受けた高齢のご婦人のお宅にお邪魔すると、「まぁ、ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りになって」と、非常に美しい日本語で応対してくださったことに、とても驚きました。
当時は工業の発展に注目して台湾を見ていたので、実は日本と台湾の関わりについて深くは知りませんでした。日台関係の歴史がわからなければ、台湾の方と本当の意味での交流ができないのではないかと問題意識を持ったのが、きっかけです。
ただ、台湾の歴史をたどっていきますと、必然的に中国大陸の歴史をたどることになります。大学院に進むにあたり指導教員の先生に相談したところ、台湾を知るには中国を知るべきだというアドバイスをいただいたので、台湾に関心を寄せつつ、中国を研究していくことに決めました。
——中国は、どんな国だとお考えですか?
江藤 ポテンシャルがとても大きい国ですね。広大な土地にたくさんの人が住んでいて、地域によって文化も言葉も違いますし、多くの少数民族も存在しています。これから中国がどこまで成長するかはわかりませんが、世界をリードする国になるのは間違いありません。
国内外で様々な問題を抱えている中国は、全体像をつかむのがとても難しい国です。その上、中国を取り巻く状況はどんどん変わっていきますから、把握するには常にいろんなパズルのピースを集め続けなければなりません。これは、研究をしていて非常におもしろい部分でもあります。
中国側はよく「100年に一度の大変革の時代」と言いますけれども、世界史的に見ても、国際情勢は冷戦終結(1989年)以来の大きな転換点を迎えようとしています。数年にわたるトランジション(移行)の期間と、その先に新たにどういう秩序が生まれてくるのかが今の焦点で、その大きな流れを規定するものが何なのかを探る上で、米中関係は最も重要な論点になります。
——日本とは政治体制や社会のあり方が大きく異なる隣国・中国を学ぶ意味については、どのようにお考えですか?
江藤 日本で働く中国の方も多くいらっしゃいますし、国内でも国外でも、中国と仕事をする機会はあるでしょうから、マナーとして相手の国について学んでおくと交流の助けになります。特に中国の方は、「相手は自分たちのことをよく知っているはずだ」、あるいは「知っているべきだ」と思っているところがあるので、複雑な政治システムの中で生きていること、制限があること、歴史の見方などで考え方が違うことを、前提の知識として持っておくといいと思います。
相手が中国人でなくとも、自分とは違うタイプの人と交流するときは、相手のバックグラウンドや関心があるものに想像を巡らせるものですよね。ですから、中国の基本的な情報を知識として得るだけでなく、理解しようという姿勢で学ぶのが大事ではないでしょうか。
知的好奇心を育み、論理的な思考力を伸ばす
——先生のゼミについて教えてください。
江藤 3、4年生合同で、1学期は主に輪読(※全員で同じテキストを読み、解釈について意見を交わし合う)やグループディスカッション、ディベートを行い、2学期は他大学との合同ゼミに向けてプレゼンテーションの準備をしていく。これが1年間の大まかな流れです。その合間に、中国に関連する施設の見学をしたり、専門家を招いてお話を聞いたりといったこともしています。
ゼミでの活動を通じて身につけてほしいのは、「常に知的好奇心を持つこと」と「論理的な思考方法ができるようになること」の2点です。ゼミに入ったばかりの頃は、緊張もあるからか、ディスカッションをしてもあまり上手に質問はできないものです。人の話を聞いて反応できるようになるには、知識の量ではなく、感覚のアンテナをどれだけ高く伸ばせるかが重要で、「相手の話から自分はなにを学べるか」という意識づけができると、質問能力は見違えるほど向上します。
吉岡 私も、最初の頃は他のグループの発表を聞いても「うんうん」と、聞くだけでしたが、ゼミで自衛隊の基地の見学に行って隊員の方のお話を聞くなど、自分たちが普段立ち入れない世界に触れることで、自然と興味の幅が広がっていきました。知的好奇心を持つと、何事に対しても受け身ではなく、自分主体で考えられるようになると思います。
他のグループの発表の際も、相手の話をよく聞いて、自分たちのグループの発表内容にリンクさせて考えると、気になることがどんどん出てきます。自分の頭に浮かんだ疑問や考えを流さずに、しっかりとどめて質問できるようになったのは、この1年の大きな成長だったと感じています。
——村上さんは、ゼミでどんなことを学びましたか?
村上 私は合同ゼミでのプレゼンがとても貴重な経験になりました。昨年、2学期の初めに先生から出されたテーマは「台湾」。自分は半導体産業に興味があったので、似たような分野に関心がある学生数人とグループを作って、3~4カ月かけて準備しました。毎週のように調べものをして、自分たちで資料を作ってはみんなの前で発表し、先生からの指摘や学生からの質問を受けて練り直すという作業を15回は繰り返したと思います。
江藤 みなさん何度も練り直すうちにコツをつかんできて、論理的でわかりやすい説明ができるようになります。村上さんたちのグループは、台湾にある世界的な半導体メーカー「TSMC」を取り上げながら、米中対立や世界の半導体情勢の話題、2ナノ、3ナノ半導体といった最先端の技術的な話まで掘り下げて、最終的に大学院で発表してもいいくらいのクオリティーに仕上げましたね。
村上 毎回、発表するときはゴールを事前に設定して、そこに向かって事実を並べて論理的に説明するよう心がけますが、先生や他の学生から違う見方を示されると、自分がゴールだと思っていたものは「ゴールじゃなかったのかも」と気づけます。じゃあ、本当のゴールは何なのか。自分自身に疑問を投げかけ、別のアプローチからつなげていくと、よりロジカルに組み立てられるようになりました。
最初はロジックが欠けていたり、ただ事実を羅列しているだけだったりしたものが、拍手をもらえるプレゼンにまでなったので、とても達成感がありました。一つの事象を多面的に見ることも、準備を重ねる中で学んだことの一つです。それまで何げなく聞いていた熊本にTSMCの工場が建つというニュースも、「あ、熊本には、半導体製造に欠かせない、きれいな水があるからか」と、自分の知識とリンクした瞬間に見え方が変わりました。
江藤 ディベートの授業も、自分の論点を提起しつつ、相手の論点をきちんと把握して反駁(はんばく)していく知的格闘技のようなものです。これもまた、論理的な思考方法を学ぶ良い機会になります。みなさん1年で見違えるほど成長して、それが自信となり、次につながっていきます。
吉岡 先生のゼミは、インプットした知識をアウトプットする機会がとても多いと思います。自分が調べて得た知識をみんなで共有するには、まず自分が理解していないと相手に伝わらないし、グループワークで発表する際は他の人が調べてきたことについてもしっかり消化できなければ全体の意見をまとめられません。論理性を意識して、どうしてこういう主張になるのかの根拠を示す重要性はすごく実感しました。
学生の学びたい意欲に応える、充実したカリキュラム
——吉岡さんと村上さんが学習院大学の法学部政治学科で学びたいと思ったきっかけは何でしたか?
村上 高校生の時、北朝鮮がミサイルを発射するニュースを見て、なぜこんなことが頻繁に起きるのだろう、と思ったのがきっかけです。日米と考え方も経済のあり方も対照的な大国・中国とどう付き合ったらいいのかにもずっと関心があったので、江藤ゼミを志望しました。
吉岡 社会を形作っているなかで政治の影響はとても大きいのではないか。そう思ったのが、政治学科を志望した動機です。学習院の政治学科はカリキュラムが充実していて、政治学、国際関係論、社会学と幅広い分野を学べるのも大きな決め手でした。江藤先生のもとで学びたいと思ったのは、国際情勢に大きな影響を与える中国を学ぶことで、社会や日本の政治について考えるための重要な視点を得たいと考えたからです。
江藤 いま吉岡さんのお話にもあったように、専門の違う、幅広い分野の先生方がたくさんいらっしゃるのも、政治学科ならではの強みの一つです。例えば社会学なら、社会心理学的なアプローチをする先生から、定量的研究で高い成果を上げておられる先生までいるので、学生は自分の関心に合わせて幅広い選択ができます。
——政治学科では、1年生の初年度教育にも力を入れていると聞きました。
村上 「政治学科基礎演習」という少人数制の授業では、生徒20人弱に対して教授が一人ついて、ゼミのような形で輪読やプレゼンのやり方、人前で話すマナーなど、基礎的なことを学びました。
吉岡 知りたいことにアプローチする方法から、レポートの作成法まで学んだことが、3年でゼミに入ってからも役立っています。1、2年生のうちに、アメリカや東アジアの政治など、自分がメインで学びたい中国政治に関する周辺知識をしっかり身につけられたのも、すごく良かったですね。
江藤 「政治学科基礎演習」を担当した教授は、担任制度のような形で学生が卒業するまでフォローします。何か問題があれば教員間で情報を共有して対処するという、学生一人ひとりに対する細やかな対応は、少人数教育の学習院大学ならではの魅力です。
村上 全学部が一つのキャンパス内にあるという点も学習院ならではの魅力ですね。私は準硬式野球部に所属していましたが、学部が違う部員同士で話していると興味のある話題も関心を持っている対象も違って新鮮でした。学ぶ専門領域が異なる人たちが一つの場所に集まるのは、自分の視点に多様性が加わっていいと思います。
——学習院大学での学びを通して、村上さんと吉岡さんはどのような点で自身の成長を感じますか?
村上 昨年「TSMC」の研究をしたことで、半導体が家電製品や携帯電話だけでなく、軍事技術にも使われていることを知りました。台湾は半導体産業が盛んなため、米中の緊張関係を受けやすくなっている面もあるのかとも感じました。米中の対立が激化すれば、当然日本にも影響がある。国際社会の複雑性や、簡単に答えが出ない問題もあることなどを知ることができたのは、自分の中でとても大きかったです。
吉岡 今までは世界で起きている問題を自分ごととしてうまくつなげられなかった部分があったのですが、知識や関心が深まったため、ニュースを見て考える習慣が身につきました。卒業後は一般企業に就職しますが、大学で積み重ねた学びや、ゼミで培われた自分で考える力、論理性が社会に出てからの自分を支えてくれると感じています。
——最後に、高校生に向けてメッセージをお願いします。
江藤 高校生のうちに、自分の関心がどこにあるのかおぼろげながらでも構わないので、確認しておくといいと思います。新聞を読むとか、部活や趣味の活動で知り合った人に話を聞いてみるとか、自分の関心を探ることを意識して、いろんなものに触れてみてください。大学で専門的に学ぶうちに他にやりたいことが出てきたとしても、自分の興味があること、疑問に思うことをどんどん突き詰めていけば道は開けますし、学生生活が知的で楽しいものになります。
私も、大学時代は研究者になるとは思ってもみませんでした。でも、関心の方向性って意外と変わらないものですよね。私の子どもの頃の夢は、「アフリカで井戸を掘る!」でした。たぶん何かのテレビ番組に影響されたのだと思いますが、“国際関係”という意味では、今の仕事と一貫しています。
私の専門は国際政治なので、海外で働きたい方、留学に興味がある方からの相談をよく受けますが、大事なのは、本人が自分の希望を明確に示せるようになることです。それさえできれば、学習院大学には対応できるだけの環境が整っています。
——学生のお二人からは、どうでしょうか。
村上 やはり、自主性を持って学ぶのが大事です。がんばったらがんばった分だけ知識も充実感も得られるので、自分の選んだ道を正解にしていけるように、自信を持って進んでいってほしいですね。
吉岡 高校生のときにオープンキャンパスの模擬講義に参加したのは、私にとってはいい経験でした。その学科で何が学べるのか具体的にイメージできるようになりましたし、自分の関心を明確にすることができました。進路を決めている方も、まだ迷っている方も、実際に大学に足を運ぶことで見えてくるものがあると思います。