ワクチン接種が進みつつありますが、現在のコロナ禍を取り巻く環境は、まだ収束の兆しが見えません。社会保障や社会福祉を専門とする経済学部の鈴木亘教授に、コロナ禍の経済対策をどう見ているか伺いました。また、鈴木教授のゼミでは、年金、医療からSNS利用まで、今まさに社会問題となっているテーマを週替わりで取り上げ、ディベート形式で考えています。鈴木教授と、ゼミ生の高橋志苑さん(3年)、亀井詩乃さん(3年)にディベートを通してゼミで学んだこと、これからの自分の将来像を語ってもらいました。
【テーマ】 社会保障、社会福祉
世の中のすべての事象は経済学で分析できる「なんでも経済学!」がモットーである鈴木教授。
待機児童の問題を自身の体験を交えながら論じたり(『経済学者、待機児童ゼロに挑む』2018年、新潮社)、「西成特区構想担当」大阪市特別顧問に就任したことをきっかけに、大阪のあいりん地区の地域再生を構想したり(『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』2016年、東洋経済新報社)、計量経済学を用いた実証分析が中心でありつつ、フィールドワークや聞き取り調査も行っている。
このコロナ禍の経済政策については「新型の不況に対する基本方針を間違え、自分で自分の首を絞めている状態」と分析。感染症対策と経済対策を真の意味で両立化すべきだと、著書を執筆したり、報道機関でコメントしたりするなど、各所で提言をしている。
■研究テーマを通して社会問題解決の糸口を
ーー幅広い研究テーマをお持ちですが、鈴木教授のご専門は?
鈴木 社会保障と社会福祉という2本立てです。社会保障では、年金、医療保険、介護保険、雇用保険といった一国全体のセーフティーネットの仕組みを扱います。社会福祉は、例えばホームレスや生活保護、待機児童、児童虐待、そして、ペットの殺処分の問題まで幅広くやっています。
どこか一国の社会保障や介護制度ではなく、私の場合は経済学という共通の道具を用いて、幅広いテーマで問題解決の糸口を探っていることが特徴です。
ーー著作を拝読すると、実際に現場に行かれて調査することも多いですよね。
鈴木 そうですね。それも大きな特徴かと思います。机上の学問ではなく、フィールドワークや聞き取り調査を行いますし、政府の規制改革会議や国家戦略特区WG委員、東京都や大阪市の特別顧問などの立場から、政策現場で実際に改革を実行してきました。
ーーゼミ生のお二人も、鈴木教授の研究テーマの幅の広さに惹かれたのですか?
高橋 そうですね。僕は1年の時に、鈴木教授が担当されていた「貧困地域再生の経済学」という授業を受けて、大阪のあいりん地区について学びました。その授業がとても面白く、先生のもとで学びたいなと思いました。
亀井 実は、私は先生のゼミに入りたくて、学習院大学を志しました。私は熊本県出身で、熊本地震を高校1年生の時に経験。社会的弱者と呼ばれる人たちとの関わりが増えていく中で、何か問題を解決するヒントを得られないかと考えていました。
進路に悩んでいる時に、地元で新聞記者をしている父から、鈴木教授の存在を教えてもらって。先生のもとで学びたいと考え、無事にゼミに入ることができました。
ーーこのコロナ禍において、ますます向き合わなければならない社会問題が表面化したように思います。鈴木教授は、今の政策についてどう分析されていますか?
鈴木 根本的な基本方針を定めずに、ここまでダラダラ来てしまったことがよくなかったと思います。特に経済対策については、不況の真の原因を見極めずに、間違ったバラマキの政策をしていると感じます。
不況は病気と同じで、まずどんな症状なのか、診断しないといけないわけです。腰痛なのか、風邪なのか、それとももっと深刻な病気なのか。診断によって対処法が全く異なるように、不況に対する経済政策も変えるべきなのです。
端的に言えば、今回の不況は、需要が不足している(需要主導型)わけでもないし、供給がない(供給主導型)というわけでもない、新型の不況です。需要主導型というのは、リーマン・ショックのように、資産価値が下がってしまって、みんなお金を使いたくない。供給主導型というのは、震災のような状況の中で、商品を物理的に供給することができない不況を言います。
ところがコロナ禍における不況ではみんな消費もしたいし、投資もしたい。ホテルも飲食店もサービスを提供したいわけです。提供する側も受ける側もやる気満々なんだけど、物理的にできないというだけ。物理的にできないなら、その障害を取り除くことに力をこめればよかったのです。マンキューというハーバード大学の有名なマクロ経済学者が「計画化された不況」と名付けているように、今回の不況は自分で自分の首を締めている新種の不況です。
よって、従来型の対策で金をいくらばらまいても、現状は一向によくならない。国の借金が増えるだけです。本来は、感染症対策と経済の両立化策にもっと力を入れるべきでした。端的に言えば、医療提供体制の強化と、ワクチン施策です。とにかく早期にワクチンを確保して、都市部を中心に接種率をあげれば、経済もここまでおかしくはならなかったはずです。
また、欧米に比べて感染者数がケタ違いに少ないのに、医療崩壊が簡単に起きてしまう状況にも迅速に手を打つべきでした。ドイツやイギリスでは、あれほどの感染者数にもかかわらず、医療崩壊を起こしていません。それに引き換え、日本は実に簡単に医療崩壊の危機となり、そのために緊急事態宣言を何度も発動し、経済にブレーキをかけなければなりませんでした。
あとはIT化、デジタル化。テレワークの推進や電子政府化なども、ちゃんとやっておけば、「人を動かさずに、金を動かす」ことができたわけです。その両立化策に初めからかじを切っておけば良かった。もちろん、景気対策はある程度は必要ですが、今の状態は、完全にマッチポンプです。自分で首を絞めて、息が止まりそうになったから、その回復にお金を使う。お金を使うとまた感染が広がるので、また経済を止める。その繰り返しの無限ループ。根本的な処方箋(せん)を初めから間違えていると思います。
ーー基本方針をきちんと定められないというのは、コロナ関連以外でも、日本社会に共通する問題かもしれませんね。
鈴木 まさにその通りですね。日本は社会保障や社会福祉の分野でも、各現場が調整したり、根回ししたりした案件を、上が承認するだけという「下から積み上げる分散型の仕組み」となっています。司令塔がいなくても、それぞれの現場が忖度(そんたく)して、動いているからまわっている。
ただ、平時はそれでいいのかもしれませんが、今回のような大きな危機が訪れ、社会の仕組み自体を大きく変えなければならない時には、司令塔無し、基本方針無しでは、大混乱に陥ってしまいます。
■一方向の講義は面白くない。ディベート形式を行う理由とは
ーー鈴木教授のゼミはディベート形式をとっているそうですね。
鈴木 はい。ゼミ生は1学年16人おりまして、4人ずつ4班を作っています。そして、毎週2班ずつ、その時にホットな社会問題について、ディベートで対戦しています。
最近扱ったテーマとしては、例えば「オリンピックを開催すべきかどうか」「高齢者の医療費自己負担を3割に引き上げるべきかどうか」「選択的夫婦別姓に賛成するか否か」といったもの。
それぞれのテーマで賛成と反対に分かれて議論をしてもらい、見学している残りの2班が審判として勝ち負けを決めます。審判は判定理由を一人ずつ述べてもらいます。その後、私がディベートの振り返りを行い、そのテーマの経済的な背景を解説する方法をとっています。かなり幅広いテーマを扱うので、ゼミのタイトルは「社会問題の経済学」としています。
ーーディベート形式を採用されているのは、どういう意図があるのでしょうか?
鈴木 日本人は社会的テーマに対して、自分は賛成だ、反対だと意見を持ち、主張することが不得意です。すぐ同調してしまいますが、それではいけません。また、実社会に出た時も、反対する人の気持ちを汲んだ上で、相手を説得することはとても大切なスキルなので、そこをまず訓練しようということです。
それに、純粋に面白いんです。ディベートで勝ち負けを決定し、最終的に班ごとに順位を付けて、学習院大学の文房具を景品として進呈しています(笑)
ーー議論も白熱しそうですね。
鈴木 大教室の講義は、先生から学生への一方向のもので、知識を教えるだけですから、あんまり面白くないんですよ。このディベート形式にすると、学生同士が集まって、作戦を立てたり、一緒に勉強したり、自発的に行動してくれるんです。そして、お互いのキャラクターも分かって、学生同士がとても仲良くなるんです。
これは大学生活で一番大切なことだと思います。先生が何か言ったことを覚えてもらうというより、学生同士で直接触れ合って仲良くなることで、信頼関係を築き、遠慮なくぶつかり合い、学究を深めることができます。お互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合い、影響し合ったりすることの方がとても重要なんです。
正直に言うと、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、今のゼミ生は満足にフィールドワークもできず、ゼミ合宿もできず、申し訳ないと思っています。これまでの先輩たちは、災害現場に行ってボランティアをしながら地域の方々のお話を聞いたり、ホームレスがたくさんいる地区に1週間寝泊まりしたりして彼らに聞き取り調査をするなど、さまざまな経験を積んできているのですが、そういうことが全くできずにいる。
でも、だからこそ、今まで以上に学生同士で触れ合ってもらうことを大切にしています。対面で学んで、関係を深め合った仲間こそ、一生の財産になりますから。感染対策に気をつけながら、コロナ禍の中でもできるだけ対面のゼミを続けてきました。
■ディベートで培った“新たな視点 ”
ーーどんなテーマが印象的でしたか?
高橋 ベーシックインカムを導入するか否かを議論したことです。
ちょうどコロナ禍で10万円の特別定額給付金が給付された時で、単純に「うれしい」と自分は思っていたのですが、ベーシックインカムの議論をする上でいろいろ調べると、この10万円について、高所得者と低所得者に同じ10万円を与えて意味があるのか、消費ではなく貯蓄に回るのではないか、その対策はできていたのかと深く考えるきっかけになりました。
このように、毎回、先生がホットな話題を出してくださるので、普段のニュースも面白く見られていると感じます。
亀井 私は、昔から興味があった分野でもあるのですが、75歳以上の後期高齢者について、医療費自己負担を3割に引き上げるべきか否か。私たちのチームは「3割負担にすべきではない」という立場を担当したのですが、調べていくうちに、3割負担をした方がいいのではないかと思い始めました。
それでも「すべきではない」と論じなければならないので、ディベートとしての難しさを感じましたし、社会問題の根深さや実態を実感できた回だったなと思います。
鈴木 いま亀井さんがお話ししてくれたように、ディベートは、本来の自分の意見とは異なる立場でしゃべらなくてはいけないこともあるわけで、そこも重要なポイントですね。逆の立場の人はどう発想しているのかを想像しながら、自分の主張ができる能力が養われるわけですから。
これは就職活動の面接などでも有利です。実際にディベートがうまいゼミの先輩たちは、内定をたくさんもらっていますね。
ーー鈴木ゼミでの学びを通じて、どんなことを学んでいるなと感じますか?
亀井 新聞を読むのが面白くなりました。
父が記者をしているので、幼い頃から「新聞を読め」と言われて、それが嫌だったんですが、ゼミのディベートのために新聞を読む必要が出てきて。改めて新聞を読んでみると、「こんな視点もあるのか」とか「私たちの話し合いは当を得ていたな」とか感じることが増えて、新聞、面白いなと思うようになりました。
高橋 自分は昨年8月から水泳部の副将をやらせてもらっています。部の中で起きる問題を解決していける立場ではあるのですが、やはり部員から反対されることもあって。でも、ディベートを通じて、反対の立場でよく物事を考えることができるようになったので、おかげで、カバーの仕方などを提案できるようになりました。
ーーディベートの他に、何か印象に残っていることはありますか?
亀井:コロナ禍で、ゼミ合宿に行けなかったのですが、先生が気を使って、わざわざケーキを買ってきて、アフタヌーンティーをしてくださったことがありました。その時はディベートはせず、ゼミ生みんなでケーキを食べて茶話会をしました。
鈴木:毎回ガチンコ勝負をしているので、1回ぐらい休憩をしてもいいかなと思いまして(笑)。キャンパスがある目白はおいしいケーキ屋さんも多いのでね。
■自分の手の届く範囲内で広がる世界
ーーほっこりするエピソードですね。改めて、学習院大学の良さはどこにあると感じますか?
高橋 他の大学に比べて、人数が少ないことがいいなと思います。鈴木教授のような第一線の研究者から、少人数のゼミで直接指導していただけるのはなかなかない環境かなと思うので。
亀井 そうですね。立地もいいですし、キャンパス内に緑が多いのが何より好きです。休憩がてら散歩をすることもできるし、自分の時間を作れるスペースが多い気がしますね。
鈴木 中規模な大学なので、先生と学生の距離が近いですし、OB・OGの結びつきも強いです。それでいて歴史があって、規模の割にはいろいろな面で贅沢な作りになっていると思います。
やはり、「学生たちの世界を広げること」が大学に求められている役割です。規模が大きな大学では、埋もれてしまうというか、相当自発的に動かないといけないけれど、学習院大学ぐらいの規模ならば、自分の手の届く範囲内で、世界が広がっていく。それが学習院大学の良さでしょう。
ーー最後にゼミで学んだことをどう生かして、どんなキャリアや将来を描いているか、教えてください。
高橋 およそ1年間先生のもとで学ばせてもらっていますが、物事を多角的に見ることができるゼミ生たちに、すごいなと思う機会がしばしばあります。ネット上にあふれるフェイクニュースをそのまま信用してしまうのではなく、常に批判的ではないにせよ、まずは自分で考えられるような人になりたいですね。
亀井 相手を説得するということは、相手の考えていることを読み取って、それに対して、発言や提案をしていく必要があります。その力をディベートを通じてさらに高めていきたいと思います。
ゼミ生は、積極的なメンバーが多くて、私もこんな風になりたいと思うことも多くて。周りのメンバーからいろいろなことを吸収して、自分のスキルも伸ばしていきたいです。
鈴木 大学に来て、学生同士がお互いに影響し合う機会があることこそが大学の真の価値だと考えます。特に、このゼミで付き合ってきた仲間は、きっと一生の財産になるでしょう。これからもお互いを刺激し合う関係性でいてくれたらいいなと思います。