学習院大学の理学部は、数学科、物理学科、化学科、生命科学科の4学科で構成され、充実した研究環境で知られています。実験や研究のフィールドは、キャンパス内だけにはとどまりません。高度400kmの宇宙空間にある国際宇宙ステーション(ISS)で行われている実験の一つが、物理学科の渡邉匡人教授をリーダーとする研究プロジェクトです。未知の領域へと挑み、物質の謎を解き明かす研究の最前線とは――。渡邉教授と、理学部から大学院自然科学科に進学した渡邉研究室の伊藤拓也さん(博士前期課程2年)、清水颯希さん(博士前期課程1年)に語ってもらいました。

【テーマ】「静電浮遊法を用いた鉄鋼精錬プロセスの基礎研究 ~高温融体の熱物性と界面現象~」

宇宙の微小重力状態を利用して、鉄鋼とスラグ(多元系の金属酸化物)を浮遊させて溶かし、溶けた鉄とスラグが接する界面(境界面)を観察する世界初のプロジェクト。国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟に設置されている静電浮遊炉(ELF)を用いて、鉄と酸化物の界面で起こる現象の理解や物性値の測定を行う。

鉄鋼材料の生産・加工過程において、溶けたスラグと鉄鋼の界面で起こる現象は、特性劣化や精錬効率の低下の原因となる。だが、地上では物性値の測定が困難で、そのメカニズムが明らかになっていなかった。

渡邉教授が研究リーダーを務め、宇宙航空研究開発機構(JAXA)、大阪大学、東北大学などと共同で研究を進めている。


■ISSの微小重力環境が可能にする正確な測定

――そもそも、国際宇宙ステーション内で行う実験は、地上での実験とどう違うのですか?

渡邉 モノを浮かせて、何も触れない状況をつくるというのが実験の大きな目的です。宇宙だと重力に逆らう必要がないからモノが浮いて、より正確な測定が可能になります。地上でもモノを浮かすことはできますが、重力の影響を受けて、高温で溶かした試料に対流が起き、正確な物性値を得るのは難しくなります。我々のプロジェクトでは、さらに鉄と金属酸化物の密度差の影響をなくして測定するために、ISSの微小重力環境が必要となるのです。

今回の実験は2018年に始まって現在も継続中で、19年に一定のデータが得られました。ISSから送られてきたデータと、卒業生が地上で同様の実験を行ったデータを比較して、解析する作業を清水さんが現在行っています。

清水 宇宙での実験では、表面張力と粘性、密度の3つのデータが測定できます。浮いている液体を振動させて、1秒間に何回振動するかを測ると、表面張力が出てきます。それが何秒かかって止まるのかを計測すると、粘性がわかります。

伊藤 僕の研究分野はISSでの実験とは直接関係はなかったのですが、実験を行う際には茨城県つくば市にあるJAXAの筑波宇宙センターに行って、どういう環境で実験していたのかなどのデータを集める手伝いをしていました。宇宙での実験は必ずしもうまくいくわけではありませんが、現場の雰囲気を知ることができました。

清水 私はISSでの実験に関連した研究を行ってきました。大学4年生の時は、浮かせて溶かした鉄に振動をかける際に、今まではサイン波を使っていたのを、パルス波を使って測定できないかという内容でした。次回の実験では、JAXAに初めて行くことになると思います。

――表面張力や粘性がわかると、どういうことにつながりますか?

渡邉 鉄などでものづくりをする際に、昔は職人さんが経験や勘で作業していましたが、今は溶けた鉄を鋳型に流し込んだとき、鋳型の中をどのように流れるかを計算してより良い条件を探すことができます。ただし、その際にどれぐらいネバネバしているかという粘性がわからないと、正確な値は出せません。また、どういう形になるのかは表面張力で決まり、鉄とスラグがどういう状態で分離しているかは界面張力でわかります。それらの値は経験的にはわかっているのですが、正確な値は測定されていないのです。

――今後の実験の展望は?

渡邉 温度の異なる条件下で、どのようなデータが計測されるかが課題ですね。なぜそういう形になるのか、どう変化するなどが、より具体的にわかってくると思います。

■誰もやったことのないことをやる、基礎研究の面白さ

――伊藤さんはどんな研究をされていますか?

伊藤 一般的には既に構造や合成の方法が知られている化合物を、別の方法でつくることで変化が起こるのではないかという点に注目して研究しています。具体的には、ニオブセレン(NbSe2)という化合物を使って、従来は紙のように薄く成長していく結晶を、髪の毛のような細い針状に成長させることによって、元の結晶との比較検証を行っています。

渡邉 特定の環境下では自然界に存在しない結晶ができるのはなぜだろう、というのが彼の研究のスタートです。針状の結晶が、温度を上げると平面状と同じ構造に変わる時の物性の変化を調べたりして、人間が結晶構造を制御するという観点でも面白いですね。

――結晶工学の専門家である渡邉先生が、宇宙での実験に取り組まれたきっかけは?

渡邉 私は31年前に本大学で博士前期課程を修了後、民間企業の研究所で半導体の技術開発に携わっていました。「結晶成長」をキーワードに、高品質の半導体結晶を、いかにつくるかという研究をしていました。当時は国が宇宙環境を利用する研究を進めており、私も兼務することになりました。

結晶というのは、物質を溶かして、それを固めてつくるというのが基本になります。しかし、溶けた状態でどんな性質を持っているかはよくわかっていませんでした。そこで、溶融状態での物性をちゃんと測って結晶をつくるために、微小重力の環境である宇宙で測ろうという方向に研究がシフトしました。

――ISSでの実験結果は、ものづくりの未来に貢献するかもしれませんね。

渡邉 そうなって欲しいと思いますが、将来のことは、私自身には何とも言えません。基礎研究に携わる人間として「直ちに社会の役に立つ研究をしている」とは言ってはいけないと考えています。アインシュタインの考えたことも、何の役に立つかは当時わからなかった。後世になって「昔、こんな人がこんなことやっていたんだ」と貢献できる可能性を持っているのが、基礎研究なのだと思います。

ただ一つ言えるのは、宇宙環境を使うということの意義です。「地球上でないところでも実験できるんだ」というのは、私たちの考え方を広げるという意味でも、社会に発信していきたいと思っています。

――あらためて基礎研究の面白さや醍醐味を教えてください。

渡邉 誰も見たことのないことを、見られることですね。

伊藤 教科書に書いていないことをやっているわけなので、誰も知らないことを誰よりも早く知ることができる点です。世間では小さなことかもしれないけど、いち早くそれを自らの力で見つけ出せるということは、自分の財産になると感じています。

清水 私は、実験や解析をやっていること自体が、今は楽しいです。難しいところもいっぱいあるんですけど、解析で数値が少しずつ近づいていったりすると、それが純粋に面白いと思いますね。


■「自分で何かをやりたい」という思いを研究に生かす

――学習院で学んでいて良かった点は?

清水 学生が少人数なので、先生と話せる機会が多い点です。また、最近の理系の学部は何を学ぶのかわかりにくいと思うのですが、学習院の理学部は「物理学科」「化学科」など、受験生にもわかりやすいと思います。

伊藤 1学科当たりの学生数が少なく、先生たちとの距離感が近いのですが、学生1人当たりの研究スペースも広いので、実際の会話で「密」になることはないですね。自分が興味のある好きなことをやらせてもらえるのが、理学部の魅力です。

渡邉 教員としては、学生たちに自分で手を動かしてもらう、ということを徹底しています。実験をたくさんやったり、演習では自分で問題を解いたり、学生がいろんなことを自分でやるというのが教育方針。自分で考えて決断できる人材に育ってほしいと考えています。

――皆さんの今後について教えてください。

伊藤 2021年春からの就職先では、基礎研究の現場からは離れることになります。でも学習院では、自分でしっかり考えて物事を進めていく重要性など、非常にたくさんのことを学ぶことができました。学生時代に得たことを生かして、社会に貢献できるような人間になっていけたらいいなと思います。

清水 将来のことはまだ何も決まっていませんが、今はやりたいことを研究室でやらせてもらっています。分野にとらわれずに、自分が面白いと思ったことに取り組んでいきたいですね。

渡邉 我々の研究室の、もう一つ先のテーマとしてあるのが「惑星居住」です。将来地球に住むことができなくなったら、宇宙に移住することも考えなければならない。そこに、我々の研究や考え方で関わっていきたいと考えています。それはもちろん、現在の社会に直接貢献しようというものではありません。研究には「自分たちが興味があるからやる」という姿勢が大事だと思っています。

――最後に、受験を考えている人たちに先輩からメッセージをお願いします。

清水 この大学が宇宙実験とかをやっているのを知っていて、受験の時も迷いはなかったです。大学を選ぶのに偏差値や名前は関係なくて、自分のやりたいことと本当に一致しているかどうかが大切だと思っています。

伊藤 自分の手を実際に動かしながら何か進められるということが、学習院の理学部の良さです。「自分で何かをやりたい」という思いのある人は、ぜひ来てほしいですね。