2021年度のスタートとともにGIGAスクール構想が始まってまもなく1年となりますが、学校も教育委員会も例年以上にお忙しいのではないでしょうか。というのも、配備された端末それぞれについて、卒業生のものを初期化したり、新入生のアカウントを発行したりといった、これまでなかった業務が発生したからです。どんなことに苦心し、どんな工夫をして乗り切ろうとしているのか、各地で聞きました。

川崎市は毎年、約1万人の小学1年生を市立小学校114校に迎える。GIGAスクール構想が始まり、その一人ひとりにパソコンのユーザーアカウントを発行することは、毎年この時期恒例の教育委員会の仕事になった。同市のアカウントは、アルファベットや個人ごとの番号などでつくるIDと、英数字などをランダムに組み合わせて安全とされる基準を上回るよう設定したパスワードからなる。

アカウントの属性変更も必要

OSに「Google Chrome」を搭載した「Chromebook」を使う同市の学校では、グーグルアカウントを基本に、1回のログインで他のアプリケーションも使えるよう内部でひもづける「シングルサインオン」を採用している。

川崎市立小を卒業した子どもが52校ある同市立中に進む場合、同じアカウントを使うため、新中1生について新小1生と同じことをする必要はない。しかし、何もしないでいいというわけではない。子ども一人ひとりのアカウントは学校ごとのフォルダーにまとめてあり、卒業・進学の際にはそれぞれの進学先に合わせ、アカウントも進学先の中学校のフォルダーに移す作業が要るからだ。その子がいまどの学校にいるのか、言わば属性を変更する作業だが、私立中への進学や転出・転入などもあるため、事前に準備していてもそのまま生かせるとは限らない。

川崎市教委の資料
川崎市教委が学校に示した更新作業についての資料の一部

年度替わりに異動する教職員のアカウントも、異動先の学校でウェブ職員会議にアクセスできない、異動前の学校のデータが引き続き閲覧できてしまう、といった問題が起きないように移し替える。さらに、新規採用する教職員のアカウントを発行し、退職者分は削除が必要だ。「それらをすべて間違いのないようにやらなくてはならない。多くの自治体も事情は同じだと思います」。市総合教育センター情報・視聴覚センターの関口大紀・担当課長は言う。

アカウントの発行や属性変更は、年度が変わって初めて可能になる。このため4月に入って6日の小・中学校の入学式までの期間が作業のピークとなりそうだ。新小1が端末を使い出すのは早くても5月ごろと見込まれる同市では、まず新中1生と教員のアカウントの属性変更を優先して進めるという。

川崎市資料2
川崎市教委が学校に示した更新作業についての資料の一部

横のつながりで悩みを解決


アカウントなどを更新する年度替わりの時期を控え、文部科学省は昨年12月、必要となる作業を列挙したタスクリストを作成し、教育委員会や学校に示した。「アカウント(ID)の更新」「端末の更新」「データの取り扱い」「組織体制の整備」の四つの柱を掲げ、それぞれについて教委と学校が分担するイメージも紹介している。たとえばアカウントの更新については、「運用マニュアルを作成」「教委が管理するアカウントと学校が管理するアカウントを整理し役割分担を明確にする」などは教委が、「更新作業の項目を列挙」「それぞれの作業の順序と完了日を決定」は両者が協力して進める、という具合だ。多くの自治体はこれを参考に準備を進めているとみられる。

子どもや教職員のアカウントを新たなフォルダーに移し替えた後も、まだ終わりではない。クラス替え や転入・転出、担任の先生の異動に応じ、ネットを通して連絡が取り合えるグーグルのウェブサービス「クラスルーム」の設定を新たなクラスごとにやり直す作業だ。これは教委ではなく、各学校が担うことになる。

横浜市立仏向小
横浜市立仏向小学校

横浜市でも同様の作業を学校ごとに行う。「情報」を担当する教員が管理者として担任を設定し、その後担任が受け持つ子どもたちのアカウントを集約する、と2段階で進めるのが一般的とみられる。ICTが得意な先生が少ない学校にとって、助かるのは横のつながりがあることだ。小学校の情報担当の先生でつくる「市小学校情報教育研究会」は自前のクラスルームを持ち、わからないことを質問すると、詳しい先生が答えを書き込んでくれる。

同研究会総務部長で市立仏向(ぶっこう)小(保土ケ谷区)主幹教諭の東森清仁先生(46)は「便利に使ってもらっているのではないか。春休みにかけて、書き込みがすごい勢いで増えるだろう」と見込んでいる。

仏向小の場合、年度替わりの課題はむしろ端末の調達かもしれない。卒業生が使った端末は、入れ替わりで迎える新入生に回す運用が多くの自治体で一般的だが、卒業生と新入生の人数は同じではない。同校は今春、新入生の人数が卒業生を上回るが、横浜市は学校ごとの補充ではなく、新入生のほうが少ない学校から回してもらうことにしている。近隣校の校長どうし、新入生の人数の見通しをもとに交渉を進めているという。

東森先生と小山先生
横浜市立仏向小学校の小山晃之介先生(左)と東森清仁先生

「教職員の負担、増やさぬよう改善を」

東京都多摩市立南鶴牧小では、各教室に整備した端末の保管庫をめぐって思わぬ問題が浮上した。充電設備を兼ねたキャビネットは金属製のビスで固定されているが、学年進行とクラス替えに伴って使う教室を変更する必要が生じ、保管庫を移設することを余儀なくされたのだ。「我々も、教育委員会も想定していなかった」と森信行校長は話す。

電動工具で床に穴を開けたり、ビスを留めたりする作業は教職員では難しいとして、近隣の小学校と連携し、用務員に各校を巡回しながら作業してもらうよう調整しているという。教職員どうしの会話の中で「あの教室、保管庫ないですよ」と気づき、同様のケースがないか急いで他校にも連絡したという。

もとよりアカウントの属性変更や卒業生の端末の初期化は、各地の学校と同様、学校で担う。初期化をクラス担任だけに任せるわけにいかないとして、早めに授業の手が空きそうな専科の教員を中心に複数態勢で計画的に進める予定だ。

森校長は言う。「ICT支援員の手を借りた方が手っ取り早い作業でも、子どもの情報を扱う場合は教職員がやらざるを得ない。現場の教職員の負担をこれ以上増やさないようにするため、国や教育委員会は現場の声を聞いて改善を検討してほしい」。