デジタル音痴の寺子屋朝日編集長が、なかなか理解できなかった技術のひとつがWi-Fiです。パソコンの場合は、LANケーブルをつなぐ機会が今もあるので、それがワイヤレスになったと考えればわかりやすいのですが、問題はスマートフォンです。そもそも電波の送受信を専門とするはずの道具なのに、なぜ別の電波が必要なのだろう。頭の中のもやもやを岡嶋裕史・中央大国際情報学部教授に伝え、その説明に耳を傾けました。

最終部分だけが無線に

Wi-Fiは、もともとは個人向けの技術です。インターネット回線が家庭に有線ケーブルで来ていたら、元々は分配機を使い、ケーブルでパソコンなどとつないで接続していました。でも、ケーブルって嫌われ者ですよね。足を引っかけやすいし、机の周辺がごちゃごちゃして美観を損ねることもある。このケーブルをなくせないか、ということで、さまざまな短距離の無線技術が生まれました。このうち「IEEE802.11」という規格が、業界団体の名前を取って「Wi-Fi」と呼ばれているものです。

だから、Wi-Fiというのは、あくまでもスマホやパソコンと接続する最終部分の話であって、おおもとは有線のインターネット回線であることが多いのです。

岡嶋裕史・中央大教授
岡嶋裕史・中央大教授

スマートフォンから4Gや5Gの電波でインターネットにつなぐと、プランにもよりますが、多くの場合、使えば使うほどお金がかかります。でも家の有線回線が定額で使い放題の契約になっているのなら、そこにWi-Fiで接続すれば余分なお金はかかりません。それは助かる、ということで普及しました。元は家庭での利用を想定していた技術で、スマホなどのIT機器は、両方の電波が使えるところならWi-Fiにつながる設定になっています。

状況がややこしくなったのは、携帯電話の事業者が駅やカフェの店内など街の至るところにWi-Fiを設置し始めたからです。スマホの4Gや5Gの電波をもっと使ってもらったほうが彼らはもうかるはずなのに、利用料無料のWi-Fiをあちこちに設置するというのは矛盾しているように見えますよね。

街のWi-Fiはパンク対策

その理由は、パンク対策です。電波は有限な資源なので、アンテナ1本から発せられる電波を捕まえられるスマホの台数には限りがあります。もし、その何倍もの人がスマホを使おうとしたら、通信速度が低下したり、通信システムがパンクして使えなくなったりするおそれがある。「輻輳(ふくそう)」と呼ばれる現象です。

通信会社にとっては、これは信用低下につながりかねない問題です。利用者が他の通信会社に移ってしまうかもしれません。それを防ぐために無料のWi-Fiを街に設置し、利用者にアピールしているのです。別のところに通信を逃がしてアクセスの混雑を緩和し、ネットワークがパンクする事態を防ぐことをデータオフロードといいます。

問題なのは、至るところにあるWi-Fiの中でも、接続する際にパスワードはいりません、としているものです。電波というのは受信することは簡単なので、有線接続と違って、もはや人に見られることを前提にした仕組みが作られています。そのまま送るのではなく、読み取れないように暗号化したり、その暗号を解読したりする。そのために必要なのがパスワードなのです。

カフェでちょっと休憩しているわずかな時間のためにパスワードを入れるのは面倒ですけれど、そこに悪意のある人がアンテナを持ち込んだら、隣の人がどんなサイトやメールを見ていたのか、簡単に盗み読みされてしまいます。パスワード不要のWi-Fiはそれくらい危険をはらんでいることを知っておいてほしいと思います。

岡嶋裕史・中央大教授
岡嶋裕史・中央大教授

セキュリティーをもっと高めたい場合、たとえば会社と自宅の間などの通信をすべて暗号化するVPNを使う方法があります。VPNとはVirtual Private Network(バーチャル・プライベート・ネットワーク)のことで、仮想専用線と訳します。専用線はその利用者のためだけに貸し出す回線で、セキュリティーは高いのですが、とても高額なのが難点です。共有型の回線でありながら、暗号化と認証技術によってあたかも専用線のように利用するのがVPNです。

岡嶋 裕史(おかじま・ゆうし) 1972年、東京都生まれ。富士総合研究所、関東学院大情報科学センター所長などを経て現職。専門は情報ネットワーク、情報セキュリティー。難解なICT(情報通信技術)の用語や考え方を解説するわかりやすさに定評がある。著書に「いまさら聞けないITの常識」(日経文庫)などがある。