最近よく耳にする言葉の一つに「クラウド」があります。使い出してまもない筆者は、パソコンから動画や音声をクラウドに移した途端、空き領域が広がってすっきりする一方、自分の動画や音声が「迷子」にならないだろうかと不安になりました。まさに雲の中の相手に貴重なデータを預ける感覚です。「GIGAスクール構想」の前提となっているクラウドを、どう理解したらいいのでしょうか。ICT(情報通信技術)の基本をわかりやすく解説した著書がある岡嶋裕史・中央大学国際情報学部教授に聞きました。2回に分けてお伝えします。

 

おかじま・ゆうし 1972年、東京都生まれ。富士総合研究所、関東学院大情報科学センター所長などを経て現職。専門は情報ネットワーク、情報セキュリティー。著書に「いまさら聞けないITの常識」(日経文庫)などがある。

――クラウドのイメージがわきません。どのように理解すればいいでしょうか。

クラウドは、発電所に似ていると言われています。コンピューターは計算能力を生み出す機械で、データを保存する、ゲームをする、動画を見る、何にしても計算能力を使っています。その計算能力を生み出す「発電機」をどこに置くか。最初は会社や家に置いていました。送電線がまだ発達していなかったので、どこかで作って送ってもらうことは不可能でした。会社の中で計算能力を生み出し、その会社に必要な仕事に使うというのがコンピューターの元々の使い方でした。

しかし、発電機が壊れたとか、古くなったので新品に買い替えるという負担を個人が負うのは大変重い。そこで、送電線にあたる通信回線が充実してくると、電気がたどった道と同じように規模の経済が働くようになりました。1カ所でまとめて計算能力を生み出して配った方が安上がりだし、安定している、とわかってきたのです。 

手元の端末は小さく、安価に

もちろん過渡期には、電気と同じように、クラウドなんか信用できない、うちは大事な仕事をしているから自社のコンピューターを動かす、という会社もありました。でも徐々に、普段は見知らぬところにあるサーバーに計算能力を作ってもらい、その結果だけを受け取る、という方向に変わってきました。

手元の端末は小さく(フリー画像)
クラウドの計算能力のおかげでスマホのサイズでもさまざまなことができる

ほとんどの仕事をクラウドでやってくれるのであれば、手元に置いておく端末は軽く、安価なものにできます。スマートフォンが普及したのも、カレンダーとかメールなどの機能をスマホ側でやるのではなく。クラウドでやってくれていることが背景にあります。本来なら大きな計算能力が必要なこともクラウド側でやってくれているから、スマホもノート型パソコンも小さくできる。この状況がみんな気に入っているので、クラウドが隆盛しているのだと思います。

――でもパソコンもスマホも、どんどん高機能化したものが出ています。

 性能がいいほうが使い勝手も良いですから。どれくらいをクラウドに任せ、どれくらいを手元の端末で行うかは、よく議論になるテーマです。ほとんどをクラウドに任せ,手元の端末での仕事は必要最小限にとどめる仕組みを「thin client」(シンクライアント)、逆に手元に大きな計算能力を持たせる仕組みを「fat client」(ファットクライアント)と言います。

シンクライアントの場合、端末は安く作れますが、何もかもクラウドにやらせようとすると、リクエストを出し、計算してもらい、結果を返してもらうという工程を減るので、遅延が生じがちです。だから速さを理由にファットクライアントを支持する人もいます。災害時の備えに関しても、手元に自社運用(オンプレミス) で計算能力を持っておいたほうが安心という考え方と、災害時こそバックアップ態勢が万全なクラウドのほうが安心という考え方があります。どちらが正しいということはありません。

――実際、私たちの動画や音声などはどこに保存されているのでしょうか。

どこにあるのか、わからないですよね。私にも実態はわかりません。

だれかに預かってもらうサービスは、実は以前からありました。コロケーションと言います。大事なものが集まるサーバーコンピューターを、専門の業者が個別に預かってくれるサービスです。電源はしっかりしているし、地震対策もばっちりだし、事故時に対応できるようネットワークもいろんな会社と契約している。でも、預かってしっかり運用してくれていますが、それ以上でも、以下でもないサービスです。たとえば中央大学で遠隔授業が大量に必要になったので、2台目のサーバーを追加で貸してほしい、といっても借りられません。

クラウドとコロケーション

100万~200万台集める

でもクラウドだと、ものすごい数のコンピューターを抱えている。一つのデータセンターで100万台とか200万台です。自分のサーバーを預けるのではなく、全部向こうが持っている。だからまず1台借りる契約をして、コロナ禍で遠隔授業を大幅に増やすことになったので2台目を、というときに柔軟に変更できる。2台目を買うという重い意思決定に代わる方法を簡単に用意できる。遊ばせているコンピューターがあるからです。

今度はクラウドを水道にたとえてみましょう。コロケーションはミネラルウォーターのボトルを預けているイメージで、クラウドは東京都水道局みたいなものです。水道局は普段は利根川・荒川水系から取水し、利用が増えてきたら多摩川水系を使う。でも実際、蛇口から出てくる水がどこの水か、私たちにはわかりません。クラウドもその感覚に似ています。どこで作られた計算能力かなんて、わかりません。

岡嶋裕史教授(左向き)
「クラウドは水道にたとえるとわかりすい」と話す岡嶋裕史・中央大教授

世界的なクラウド事業者はデータセンターを世界中に分散しています。コンピューターは、自分が熱を出すくせに熱に弱い。大量に集めると冷却が大変で、その費用が最大の問題です。だから、なるべく電気代が安い場所を選びますが、戦争が起きたときのことなどさまざまなリスクを考えて分散させています。気温が下がる夜の間だけ動かし、日中はそのセンターは止めて、夜を迎える国のセンターに引き継ぐ、といったことまでしています。

最大のクラウド事業者であるアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)などは、そうした運用を自動で行っています。詳細は公表していないので推測交じりですが、そういう使い方をすれば効率的ですよね。