介護という仕事をキャリア教育の選択肢として採り入れてみませんか?「生徒に伝えたい介護のしごと リアルを知りキャリア教育に生かす」と題したオンラインセミナーを開催しました。本セミナー前半では、千葉商科大学教授の和田義人さんが「介護というキャリア 必要なものとやりがい」をテーマに講演し、後半では社会福祉法人「ひとつの会」の谷口洋一さん、社会福祉法人「みねやま福祉会」の櫛田啓さん、社会福祉法人「南山城学園」の田中楓さんをゲストに迎えて、仕事のやりがいや魅力を伝えるクロストークが繰り広げられました。

イベント登壇者

和田義人さん(わだ・よしと) 千葉商科大学人間社会学部教授。1958年生まれ。84年に成城大学経営学部を卒業後、大手百貨店のグループ会社に就職。介護老人保健施設の立ち上げに関わった後、98年に医療法人社団翠会グループへ。特別養護老人ホームや病院などの設立に携わる。2014年4月から現職。共著に「これからの『共生社会』を考える」(福村出版)、「はじめての人間社会学」(中央経済社)。

谷口洋一さん(たにぐち・よういち) 山口県防府市を拠点にデイサービスやグループホーム、特別養護老人ホームなどを運営する社会福祉法人「ひとつの会」で、在宅支援室室長を務める。介護職員、生活相談員を10年ずつ経験し、現在はデイサービスセンターや訪問介護ステーションなど3事業の現場を束ねる管理業務を担当。

櫛田啓さん(くしだ・たすく) 京都府京丹後市の社会福祉法人「みねやま福祉会」常務理事。児童、高齢、障害の分野の垣根を越えた複合型施設を運営する中で人々の交流を生み出す「ごちゃまぜの福祉」を実践している。

田中楓さん(たなか・かえで) 障害者支援施設などを運営する京都府城陽市の社会福祉法人「南山城学園」の法人本部事務局企画広報課で新卒採用を担当。また、大学など他団体と連携して入所者の社会参加を促したり、現場スタッフの声を聞いてPRに役立てたりと、施設の中と外をつなぐ活動も受け持つ。

介護というキャリア 必要なものとやりがい

千葉商科大学人間社会学部教授 和田義人さん

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2010年から2090年の日本の人口構造の変遷を示したグラフを見ると、全体の総数も、経済活動の中心となる1564歳の生産年齢人口も、014歳の子どもたちの人口も、すべて減少していきます。そんな中、唯一2042年にかけて上昇していくのが65歳以上の高齢者世代です。若い世代が減り、高齢者だけが増えていく2040年の社会を見据えて、今のうちから問題意識を持っておく必要があります。

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次に、1990年、2010年、2025年、2060年の人口ピラミッドを見比べてみると、1990年は65歳以上の高齢者1人を5.1人で支えていました。それが2010年には2.6人で1人、来年2025年には1.8人で1人を支える社会が迫っています。さらに2060年になると、1.2人で1人。1人で1人の高齢者を支えるという時代が来るとされています。

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これからの介護で重要なキーワードは「トランスフォーメーション(変容)」だと思っています。コロナ禍を経て、介護の世界でもDX(デジタル・トランスフォーメーション)が必要だと言われるようになりました。DXを進めるには、CX(コーポレート・トランスフォメーション)、会社組織が変わっていかなければならない。CXを推進するにはPX(パーソナル・トランスフォメーション)、組織の構成員、つまり人が自ら変わっていかなければならない。一番大事なのは、人です。介護の現場が自ら変化しているということを、この後のクロストークを通して感じていただけるのではないかと思います。

クロストーク

寺子屋朝日編集長・片山健志(以下、片山) 事前の打ち合わせで、谷口さんから「介護とは明日に希望をつなぐ仕事」というお言葉をいただきました。これはどのような背景から出てきた言葉なのでしょうか。

谷口洋一さん(以下、谷口) 福祉の仕事は、人を幸せにできる仕事だと思っています。望んでけがをする人も、障害を持って生まれてくる人も、貧困に陥る人もいませんよね。でもそうなってしまったときに、その方が幸せを感じられる「正解」を見つけていくのが僕らの最大の仕事です。「正解」が見つかるというのは、明日への希望が見つかるということです。それで「介護とは明日に希望をつなぐ仕事」とお話ししました。

櫛田啓さん(以下、櫛田) 介護職は一般的なケアをするだけでなく、ケアを必要とする人の人生を読み解き、その人の残された機能で社会に生かせるものはないか、という視点を持って働いています。実例をお話しすると、認知症でほぼ寝たきりのおばあさんが、昔はピアノが得意な幼稚園の先生だったと知って、介護職が部屋に電子ピアノを持ち込んでみたところ、片手で少しずつ弾き始めたことがありました。するとだんだん表情も豊かになって、ADL(日常生活動作)も回復。保育園の子どもたち相手にピアノを弾き、さらには地域の方に向けてコンサートを開くまでになりました。相手をよく観察して、過去も知った上で、現実を変えていく。介護は、クリエイティビティの高い仕事です。

和田 「正解」を見つけていくのも、「観察」するのも、生成AIには絶対できない仕事ですよね。介護という仕事の可能性、魅力を改めて感じました。

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和田義人さん(左)、櫛田啓さん

片山 次のテーマは「地域参加」。櫛田さんは、児童、高齢、障害の分野の垣根を越えた複合型施設を運営する中で人々の交流を生み出す「ごちゃまぜの福祉」を実践されています。この発想の原点はどこにあったのでしょうか。

櫛田 「ごちゃまぜの福祉」の目的は、もともとあった支え合いの文化を再構築することにあります。人間関係が希薄化し、困りごとがあっても自己責任という今の風潮のまま少子高齢化が進めば、社会を保てなくなります。この先、高齢者が増えることは間違いない。そうであれば、7080歳になっても元気でいられる社会を作りたいと考えました。人間は、他者に貢献することで最も幸福を感じ、生きがいがあることで健康状態を高く維持できると言われています。人に貢献して生きがいを感じられる機会を作るのが、「ごちゃまぜの福祉」の発想の原点でした。いろんな人が一堂に会すると、困りごとだらけです。それらをすべて福祉のスタッフが解消するよりも、みんなで困りごとをシェアして助けられる人がサポートする。すると「お互い様」という支え合いの文化が一気に醸成されていきます。施設は日常的に開放しており、地域の方が自由に集える仕組みも作っているので、施設の中の利用者同士だけではなく、そこに集う人たちの間でも支え合いが生まれています。福祉という垣根なく、地域の支え合いの拠点になっています。

田中楓さん(以下、田中) 私たちが実践しているものの一つに、高齢者にデイサービスを提供する事業所で夕方に開いている「子ども食堂」があります。事業所のとなりの小学校の子どもたちがご飯を食べたり、宿題をしたりする場所として開放しているのですが、利用者さんに「一緒に食事の下ごしらえをやりませんか?」とお願いすると、包丁を持ってトントントンッとやってくださって。高齢になると、家族から「認知症が進んできたから包丁を持つのはやめてくれ」と言われる方が多いのですが、これまで当たり前にやってきた自分の役割を制限されるのはしんどいですよね。得意なことはどんどんやってもらった方が、人間活気が出るものです。職員がその人の可能性を見つけることで、支え合う関係性が生まれるのが福祉業界の特徴だと思っています。

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田中楓さん

片山 谷口さんは、J2のサッカーチームと「レノファ健康・元気体操」を開発し、地域に広めていらっしゃるとか。

谷口 社会福祉法人の強みは、介護、リハビリスタッフ、看護師などの“健康のプロ”が揃っているところです。そこで、J2のレノファ山口から県のために何かプロジェクトをスタートさせないかとお話をもらったときに、健康寿命の延伸・多世代交流・高齢者支援の3つをテーマに、子どもから高齢者まで楽しめる「健康・元気体操」を作りましょうと提案しました。試合前に来場者全員で体操をしたところ、大変盛り上がりました。今後も体操を通じて県民の健康増進に努めていきます。

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谷口洋一さん

片山 最後のテーマは、「必要な資質とは」。採用も担当している田中さん、いかがでしょうか。

田中 介護の技術的なところは仕事に就いてから学べるので、心配しなくて大丈夫です。それよりも、自分の得意な部分を見つけて発揮できるかですね。サッカーが好きだから利用者さんとやってみようということで良いのです。介護というと、お食事のお世話をするといったような連想をしがちですが、その人の日常の彩りを作っていくのが我々の仕事なので、そういうことを楽しめる方に来ていただけるといいかなと思います。

登壇者からのメッセージ

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谷口 介護の仕事を始めて22年。いろんな苦労もありましたが、この仕事の一番の魅力は、利用者さんから様々なことを教えてもらいながら自分が成長していけることです。若い世代の方にも同じ気持ちを味わってもらいたいですし、「人の役に立てて良かったな」という実感を得てもらいたいので、ぜひ今の高校生、中学生の皆さんに「僕らの仲間になりましょう」と、学校の先生から伝えていただけたらと思います。

櫛田 「介護の仕事は給料安いんでしょう?」という雰囲気があるのかなと思いますが、介護でもどんな仕事でも、どう自分がキャリアを描くかによって給料は変わってくるものです。自分のキャリアをデザインしてスキルを磨き、ノウハウを学んでキャリアアップしていけば給料も上がっていきますので、介護だから安いということはありません。需要が増えればいくらでも事業を拡大できる可能性がある業界ですので、介護は将来性のある仕事とご理解いただけたらありがたいです。

田中 給料の話が出ましたが、南山城学園は大卒で24万円です。これを高いと捉えるか低いと捉えるかはお任せしますが、介護だから低いという印象を持たれているのは時代遅れではないかなと思います。社会福祉法人は経営がしっかりしているので、安定しています。だからそういった形でお給料も出せるというのはお伝えしておきたいですね。介護は当たり前にある誰かの日常をサポートしていく仕事だということを学生の皆さんにお伝え頂けると幸いです。

和田 介護の魅力とは何なのか。今日ご出演された3人の方のお姿が全てだろうと思います。やりがいがあるお仕事をされていなければ、こんなに素敵なお話は絶対に出てこないですよね。これまで日本はものを作って売ることで成長を遂げてきました。しかし、これからは間違いなく介護が世界に輸出できるものになっていくでしょう。ものではなく文化、考え方を世界に発信していくチャンスなのではないかと感じました。

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