米国が主導する有人月探査「アルテミス計画」では、日本人宇宙飛行士2人が月面着陸に参加することが決まり、月面探査車の開発もトヨタ自動車が担うことが発表されました。資源の枯渇や世界的な経済の行き詰まりが取りざたされるなか、大学や研究機関でも宇宙に活路を見出す動きが加速しています。宇宙へ行く技術の研究や開発だけでなく、ビジネスの競争が始まっています。(写真=学習院大学提供)

大学が注目する「宇宙ビジネス」

産学連携や起業の機運とも相まって、大学における「宇宙ベンチャー」は、今もっとも注目されるジャンルの一つだといえるでしょう。

東京大学発のベンチャー企業「Pale Blue」が目指すのは、水を燃料とする新たな人工衛星向けエンジンの開発です。新燃料の開発に挑戦するのは北海道大学発の「Letara」も同様ですが、こちらはプラスチック燃料を使用した「手のひらサイズ」の人工衛星用エンジンの製造・販売を掲げています。
また北大学発の宇宙ベンチャー「ElevationSpace」は、顧客が宇宙空間で実験したいものを衛星に搭載して打ち上げ、その成果物を返却するという画期的なサービスを提案。帰還時に中のものが燃え尽きない「回収カプセル」実用化のため、大気圏再突入や回収技術の開発を進めています。

東北大学発の宇宙ベンチャーでは、無重力環境を生かした実験や実証を無人の小型衛星で行い、それを地球に帰還させる国内初のサービス「ELS-R」を展開している(写真=ElevationSpace提供)

宇宙ベンチャーが見すえているのは、宇宙が特別な場所ではなくなる近未来です。地球上と同様にコストカットやリサイクルといったことも重視されるようになり、その発想は一般企業のビジネスに似た、身近なものになりつつあります。

学習院大学では、学部に関係なく宇宙について学べる機会を設けています。講義名は「宇宙利用論」。文系・理系を問わない全学共通科目として2023年度に開講され、初年度は約60人、今年度は約80人の学生が履修しています。男女比や学部の偏りはほぼなく、宇宙に関心を持つ学生が幅広くいることがわかります。

「宇宙」は、理系だけのものではない

授業を担当する理学部の渡邉匡人教授は、その狙いを講義名から説明します。

「現在はもはや『宇宙開発』でなく、『宇宙利用』の時代です。NASA(米航空宇宙局)やJAXA(宇宙航空研究開発機構)といった国の機関が主導してきたのが『宇宙開発』で、これはロケットを飛ばしたり、惑星を探査したりという手探りの冒険でした。しかし、やがて国家の予算が削減され、民間企業参入のチャンスが増してきました。イーロン・マスク氏のスペースX社などがいい例です。何でもできる宇宙という場所を、ビジネスにおいてどう活用するか――。つまり『宇宙利用』こそが、今の世界的な潮流なのです」

ビジネスとなれば、経済や法律の知識も必要になり、宇宙は理系人材だけのものではなくなります。しかし、日本では大学受験に向けて高校の時点で文系と理系が分かれるため、この変化への対応が特に出遅れたと、渡邉教授は指摘します。
「これからは、すべての学問に可能性があります。身近な宇宙関連の仕事は、実は意外にたくさんあるのです」

例えば、三井住友海上では、宇宙飛行士や人工衛星にかける「宇宙保険」の取り扱いがあります。また、生活用品大手のライオンでは、宇宙空間で使うための「すすぎが簡単なハミガキ」を開発しました。授業では、こうした例を学生に示すほか、宇宙ベンチャーの実務家による講義も行います。

宇宙空間で使うためのハミガキ。泡状で、逆さにしても落ちにくく、すすぎが簡単だという(写真=ライオン提供)

これまでに、宇宙とアートなどのエンターテイメントを掛け合わせたいと『SPACETAINMENT』を起こした榊原華帆さんや、空、スペース、宇宙を楽しむ一般社団法人・宙(そら)ツーリズム推進協議会理事で元電通宇宙ラボの荒井誠さんなどを招いて話してもらいました。「宇宙ビジネスの先端で活躍する人たちの声を聞くことは、受講生たちにとって大きな刺激になるはずです」と渡邉教授は話します。

人類が宇宙を使うという「宇宙利用」という観点から考えると、技術優先の考え方では立ちゆかなくなります。世界の各国との平和的なルール形成や、宇宙ゴミをどうするかという倫理や法的問題など、誰も考えたことのない課題に答えを出す力が求められていきます。文理の知識を融合して、協力し合うことが大切です。

鳥取砂丘で開かれた、月面探査車の操作を体験するイベント「星取(ほしとり)スターナイト」の一場面(写真提供=宙ツーリズム推進協議会)

柔軟な発想が、新たな宇宙ビジネスに

理学部物理学科3年の中村天則(たかのり)さんは、小さい頃から宇宙が大好きでした。
「小学校時代から、JAXAの相模原キャンパスにもよく見学に行っていました。宇宙利用論の開講を知ったときは、僕のための授業じゃないかと思ってびっくりしたほど(笑)。すぐに受講を決めました」

ある日の授業で、「新たな『宇宙×◯◯』を考える」課題が出たときのことです。中村さんのグループは理学部の学生が集まっており、そこでは「ありきたりなアイデアしか出なかった」といいます。

「理系の僕らが集まると、どうしても『どんな実験をするか』という意見ばかりになってしまったのですが、文学部の女子学生による『宇宙×美容整形』というアイデアには本当に驚かされました。微小重力下では、美容整形をしてから回復するまでのダウンタイムが少ないのではないか。そんな提案でしたが、僕らには思いもよらない発想でした」

授業ではグループワークを実施。グループを組む際は、なるべく学部や男女に偏りが出ないよう促している(写真提供=学習院大学)

文系の学生との交流を経て、「ほかの人の発想が面白くて、文理の区別自体がナンセンスだと思うようになりました」と語る中村さん。渡邉教授は、学生のこうした体験が大切だと言います。
「これまでの日本は技術を高めるだけで、その技術をどう役に立てるかを考えてきませんでした。その結果、iPhoneなどのように、『こんな発想をプラスしたら楽しいよ』ということを示した海外製品に負けてしまったのです。今後は文理の枠を超えた発想で、楽しくて役に立つ新たな宇宙ビジネスベンチャーを創設する。これが『宇宙利用論』の授業の最大の目標です」

(文=鈴木絢子)