子どもにとって、部活動の経験を成長の機会にしてもらうためには、指導者としてどのような取り組みが必要なのでしょうか?
「生徒の成長につながる部活動」をテーマとしたオンラインセミナーを開催しました。 本セミナーでは、いずれも全国大会出場常連校を指導する、愛知工業大学名電高校吹奏楽部代表顧問をつとめる伊藤宏樹さん、熊本県立大津高校サッカー部総監督の平岡和徳さんに講演いただき、部活動を通し生徒の考える力を育てる部活動指導プログラム「NOLTYスコラフォーゼ」を監修した布施努さん(スポーツ心理学博士)を交えて、心がけたい指導のポイントなどを話し合いました。

部活動教育を通して子どもの考える力を育てる部活動プログラム「NOLTYスコラ フォーゼ」の詳細はこちらから ※外部サイトに遷移します。

イベント登壇者

伊藤宏樹さん(いとう・ひろき)愛知工業大学名電高校吹奏楽部代表顧問、東海吹奏楽連盟理事、愛知県吹奏楽連盟副理事長、愛知県高等学校吹奏楽連盟理事長

平岡和徳さん(ひらおか・かずのり)熊本県立大津高等学校サッカー部総監督、熊本県宇城市教育長

布施努さん(ふせ・つとむ)スポーツ心理学博士、慶応義塾大学スポーツ医学研究センター研究員

音楽の絆は一生の宝~教え合い、学び合う関係を

愛知工業大学名電高校吹奏楽部代表顧問 伊藤宏樹さん

部活動で培った仲間は「一生の宝物」と話す伊藤宏樹さん

愛知工業大学名電高校吹奏楽部には、現在約200人の部員がおります。全国大会には日本最多の44回出場していますが、金賞や日本一を目指すことよりも、日々のルーティンを積み重ねて一人ひとりが成長することを大事にしています。以前、部員たちに「部活をしていて楽しいのはどんな時か」を聞いたことがあります。技術の上達も大切だけれど、意外と「仲間と何かをやる」ということに喜びを感じていることがわかりました。それらも踏まえて、活動では次の三つを徹底しています。

  • 上達する曲線は人によって違う!人と比べず、自分の潜在能力を信じる
  • 音楽の前に人は平等!うまく演奏できる人が偉くはない。育ててくれた人に感謝
  • 「隣の人は先生」だ。常にコミュニケーションをとり、謙虚な心で音楽に取り組む

吹奏楽部のモットーは「絆(きずな)」です。抽象的に思えるかも知れませんが、3年間音楽に打ち込んだ仲間との絆は一生の宝だと考えています。何歳になってもつながっていける仲間作りこそが、部活動の最大の目的なのかも知れません。
具体的に指導で心がけている点は、「あんな風になりたい」と思う先輩やあこがれのプロ奏者など、目指すプレーヤー像を持てるよう手助けすることや、演奏後には隣の部員と互いにアドバイスしあう関係を作ることのほか、部員一人ひとりが部内で役割を持ち自主自律の運営に努めること、部員だけでなく指導する教員同士も報告・連絡・相談を欠かさないことなどを徹底しています。このように音楽に関する「知識」、量より質、効率性を求める「練習」、演奏会や企画演出も生徒たちが考える「自主運営」、互いの理解を深める「コミュニーション」という四つの柱を中心に活動しています。

名電高校吹奏楽の活動を支える四本柱の相関図

中でも最も重要なのは、それぞれが教え合い、学び合う平等な関係を築くことです。そして悩み、落ち込んでいる仲間がいれば、相手の立場に立って手をさしのべることができる、そんな人間性を育てていきたいと思います。(談)

『年中夢求』~未来のために24時間をデザインする~

熊本県立大津高校サッカー部総監督 平岡和徳さん

「失敗は恥ではない。認めず人のせいにするのが恥」と語る平岡和徳さん

部員には日々、「それぞれの成長なくしてチームの成長はない」と伝えています。一人ひとりが、変化の先の「進化」にたどりつくために時間を使ってもらいたい。そのために必要なのは24時間をデザインする力です。やらされている時間を減らし、自分からやる時間をいかに最大にしていくか。「やらされる100回より、やる気の1回」。つまり主体性を日常化することです。
人間には平等に24時間の時間があります。有限である時間の使い方に無限の努力と工夫を重ね、物事の優先順位をきちんとつけていく習慣をつけ、生活習慣のクオリティーを上げる。それぞれが今を変えていくことを意識しないと未来は変わりません。そのためにも大人たちは、部員たちが思う存分チャレンジできる安心、安全、安定な環境を提供する必要があります。
また「目指すゴールのない者に進む道はない」とも言っています。ゴールとは夢や志、理想のこと。目標を達成するには、常に本気でチャレンジやトライを継続する習慣をつけていくことが大切です。心から「夢中」になることが、壁を乗り越える力を育みます。そのためには、目や耳から得た情報を自分のフィルターを通して咀嚼(そしゃく)し、取捨選択していく必要があります。相手が何を考えているかを考え、その上で自分の行動を考える。いわば「考動力」を身につけ、主体性を磨くことで、課題発見能力や問題解決能力が育ちます。また、自身の考えを言語化することによって、それぞれの自己肯定感や自己有用感がレベルアップし学びも深まります。

「人間力の進化」のために大津高校サッカー部が掲げる五つのモットー

私たちは「子どもたちの未来に触れている」という自覚と覚悟をもって指導にあたらねばなりません。前提になるのは心=人間力を伸ばすことです。部員たちには、諦めない才能を持ち、感謝の気持ちを忘れず、笑顔でチャレンジを繰り返すことができる、人間的な魅力のあるアスリートになってほしい。大津高校サッカー部は、一人ひとりの成功は必ずしも約束されていないが、成長は必ず約束されている環境であり続けたい、と思っています。(談)

パネルトーク

スポーツ心理学で多くのチームを日本一に導いた布施努さん

布施努さん(以下、布施) スポーツ心理学の観点から、お二人のお話を聞いて感じたのは、まず、自分自身で考え、判断する力や謙虚な心、感謝の気持ちを忘れないといった「ライフスキル」の獲得を大切にされている点です。また、普通は生徒たち同士を横の関係で比較してしまいますが、どんな目標を設定して、どこまで達成できているのかなど、生徒たち一人ひとりを縦型で見ておられるのも印象的でした。競技力だけではなく、人間性の成長という二つのゴールを目指している点も素晴らしいと感じました。
ただ現実には、好きで入部した部活動のはずなのに、嫌になってしまう子どももいます。指導者としてどうお考えになりますか。

伊藤宏樹さん(以下、伊藤) 部活を辞めたくなる理由は、仲間と仲良くなれない、人と比べて上手になれない、先輩や先生から認められない、の3点が大きいようです。子どもたちの十数年の人生のなかで、部活動ほど長時間、他者と過ごす経験はおそらくありません。人間関係の作り方やつながり方を折にふれて指導していく必要はあるかと感じています。

平岡和徳さん(以下、平岡) うちのチームは部員238人ですが、「来る者拒まず、去る者おらず」という言葉通り、一人も辞めません。志を持って大津高校を選んでくれた原点があるからだと思います。それに応えるべく、トップチームも他のカテゴリーも試合数や練習メニューを平等にしているほか、ミスを指導するだけでなく、成功したことを徹底的に褒めるフィードバックをしています。

布施 機会を均等にし、できたことをちゃんと認めることがポイントかもしれませんね。お二人とも生徒たちの主体性や自主性、コミュニケーションを大事にしている印象を受けました。これらの能力を伸ばすために心がけていることはなんでしょう?

パネルトークで語り合う登壇者のみなさん

平岡 チャレンジしやすく、自分から進んでトレーニングに励み、仲間と和気あいあいとコミュニケーションできる環境を作ることを意識しています。まず選手同士でしっかり話し合い、コーチ陣がアドバイスする。ピッチ上でのコミュニケーションを最優先にした指導をしていくと、自主的にコミュニケーションする能力が上がり、自分たちで変わっていきます。

伊藤 練習の中でコミュニケーションを取る機会を増やすことは大事ですね。私の場合、人の立場に立って聞くことや弱い立場にある子のことを考えることに重きをおいて指導しています。また、ミーティングでも、周りの仲間の様子を見て気遣うことを共有できるように心がけています。

視聴者からの質問

質問 部活動に対する目的意識が異なる中で集団作りをするポイント、モチベーションの維持や部員が主体的に動く仕組み作りのコツがあれば教えてください。

伊藤 音楽の場合、専門的に学んできた子がうまいという現実はありますが、ただその機会がなかったというだけで、「人間的な差はないんだよ」という話はよくします。上手な部員にはその知識や経験を分けてあげて欲しいと伝えます。やはり教え合い、学び合いで互いに成長することを実感できるのが大事かと思います。

平岡 モチベーションの維持としては、本人の努力や毎日の行動を私たち指導者がしっかりと見てあげることが重要です。その上で、認めて、褒めて伸ばしていくことを継続できれば、チャレンジがエンジョイに進化していくのではないでしょうか。

布施 部員たちの成長曲線は一人ひとり違うので、指導者の役割は重要です。おそらくお二人とも最初からうまくいったわけではなく、仮説をもって、部員たちと向きあい、実行し、データを集め……というサイクルを回して、現在に至ったのだと思います。指導者の皆さんが、それぞれ仮説を作って実行することで、その学校やチームなりのスタイルが生まれるのではないでしょうか。また、ノートを書くという行為も最初は難しいですが、部員が主体的に行動できるようになるためにツールのひとつだと思います。私が監修した「NOLTYスコラ  フォーゼ」は、ミーティングにフォーカスしたノートです。スポーツ心理学の知見を生かし自分の目標や到達点などを自然に書けるよう工夫してみました。

伊藤 2週間前に導入して、パートリーダー、部長、副部長に書いてもらっています。「きょうはこんな思いでやった」「明日はこんなことがしたい」など、記述を積み重ねていくのは、自信につながる感じがしますね。

平岡 うちでは毎試合後に「フィードバックシート」を書いています。日頃から振り返りを言語化することの重要性を話しているので、みんな移動中にスマートフォンでどんどん打ち込んでくれます。こうした習慣化は大事ですね。

部活動教育を通して子どもの考える力を育てる部活動プログラム「NOLTYスコラ フォーゼ」の詳細はこちらから ※外部サイトに遷移します。

本セミナーの講演資料を下記よりダウンロードいただけます。

▼伊藤宏樹さん(愛知工業大学名電高等学校吹奏楽部代表顧問)

「音楽の絆は一生の宝」講演資料①
「音楽の絆は一生の宝」講演資料②

▼平岡和徳さん(熊本県宇城市教育長、県立大津高等学校サッカー部総監督)

「『年中夢求』~24時間をデザインする~」講演資料