いくつかの写真から
人新世(ひとしんせい、じんしんせい)などと呼ばれる新しい時代へ、私たちは入ってしまったのではないか。そんな指摘が最近よくなされています。私の授業でも使っている写真家エドワード・バーティンスキーの作品を皆さんと共有するところから始めます。https://www.edwardburtynsky.com/projects/the-anthropocene-project
バーティンスキーには、特に「人新世」をテーマに撮っているシリーズがあり、いかに我々は地球に大胆な影響を与えてきたのかということを彼は伝えています。人間は、地球上のあらゆる地域に入り込んで開発をし、時間が経ってもなかなか元に戻らない。我々は、いつまで持続できるのかなと思いながらも暮らしている。そろそろこういう状況に決別しないといけない。
終末時計には科学的なエビデンスの裏打ちがないという批判もありますが、いかに切実かというのが共有できます。かつては核の影響で針が動いていましたが、2000年代に入ると、気候変動が人類を脅かす脅威として入っています。最近はコロナ、サイバー戦争です。2020年がこれまでで最も危ないと言われた年ですが、それから3年連続して、あと100秒と発表されています。
世界的にメディアも気候変動については放っておけないということで、気候変動(climate change)という言葉より気候危機(climate crisis)という言葉が頻繁に使われるようになっています。日本語では気候崩壊という言葉も聞くようになりました。環境省の白書でも気候危機が明記されています。
若者の声
そこで立ち上がったのがグレタ・トゥーンベリさん。環境先進国でもあるスウェーデンでも、このまま放っておいたら大変なことになるというので、政府にちゃんと政策、施策を打ってください、と15歳の時に1人で座り込みをはじめ、世界中に旋風を巻き起こした女性です。
「私たちは世界の指導者たちに相手にしてほしいと懇願するためにここへ来たのではありません。あなた方はこれまでも私たちを無視してきました。そしてこれからも無視するでしょう」
こういうことを 彼女は、大きな国際会議で発信して世界の若者を巻き込んで運動を起こしています。なかでも英国は影響を受けている若者が多くいる国の一つです。
この写真は、2021年に英グラスゴーで行われたCOP26(第26回気候変動枠組み条約締約国会議)の時にTeach the Futureという団体が掲げものです。
OUR EDUCATION IS NOT PREPARING US FOR THE FUTURE(私たちの教育は私たちの未来に対してきちんと備えてないんだ)
若者たちが立ち上がらざるを得ない状況に、我々が追い込んでしまった。「危機的な状況が明らかなのに、教育は若者たちの未来になぜ備えていないのか」を、我々は考えなくてはいけない。ただ、グレタさんの「科学者の言葉に、メッセージに、耳を傾けてください」との発言に賛同する科学者は少なくないように思われます。若者とともにメッセージを発している大人もたくさんいるのです。
科学者たちの苦悩
学者たちは、科学的に客観的に物事を考えてエビデンスを出して、主張するわけですが、そんな彼らに、未来をどう感じているのかを手書きの手紙で書いてもらうプロジェクトがあります。科学者たちの中には、気候変動をどうにか食い止めようと日々努力している人も少なくありません。誠実に仕事をしてきたのに、それが無理だとわかった時、どういう風に感じるのかが切実につづられています。
ヨハン・ロックストロームさんは、プラネタリー・バウンダリー(※)を有名にした立役者の一人で、彼の手紙もあります。一部ですが簡単に要約すると「非常にフラストレーションを感じている。パンデミックは人新世という時代の証左である。コロナの危機を克服できるのであれば、気候危機も克服できる。私たちは新しい時代に入ってしまったというのはもう明らかだ」。コロナの危機を克服できるのであれば、気候危機も克服できる、という力強いメッセージなんですね。
※プラネタリー・バウンダリー:人類が地球環境を壊さずに繁栄を続けるための9要素を特定し、越えてはいけない境界を示す。ロックストローム氏ら科学者のグループが2009年に発表した。「気候変動」「生物多様性の損失」「土地利用の変化」「窒素とリンの循環」の4要素は、すでに境界に達している。
いくつか私が翻訳した手紙の一部をご紹介します。
- 苛立ちを感じていました。心配で仕方ありません。ちょっと好奇心もあるのです。好奇心って不思議ですが、罪悪感を持つこともある不思議な感情です。苛立つのは、行動の欠如なのです。エビデンスが軽んじられる世界で、私は叫びたくもなるのです。いく年も声を枯らしてきましたが、結局は聞いてもらえない、と感じてしまいます。無力感にもさいなまれます。・・・自分にできることは楽観主義を分かち合い、人々がそれをアクションに変えていくことなのです
- 私は動物が大好きで生物学者になりました。けれど、将来、私たちの種はどこにいるんでしょうか。生物多様性はかけがえのない遺産なのです。それなのに私たちは今、未曾有の危機に直面しています。気候変動は何よりもまして種や地球、人間を殺傷することになるでしょう。失うものは大きすぎます。
- サイエンス・フィクションやハリウッド映画ではなく、気候変動は実際に起きているのです。いまだに人類と地球に気候変動が影響を与えているというのを疑っている人がいるのには、驚きを禁じ得ません。 地上には70億の人々が住んでいるんですよ。あなたと同様に私もその一人です。科学からの問いかけは明確です。それにいかに応答するのか、それは私たち次第なのです。
地球規模の課題を扱う際のチャレンジとは
ユネスコは、気候変動が非常に危機的状況だとして、加盟100カ国への調査結果をレポートで出しています。
https://www.unesco-floods.eu/wp-content/uploads/2021/12/379591eng.pdf
このグラフは、日本で言う学習指導要領に、どれだけ気候変動のコンテンツを入れているかという調査結果です。「入れている」は53%、「全くない」は47%。この53%の内実を見ると、ほとんど言及がないに等しいものも入っています。100カ国調査で明らかになったことは、
- 国のカリキュラムの約半分が気候変動に言及なし
- 言及のある国も文字数が非常に少なく、限定的な取り扱い
- どちらかというと、初等・中等教育が中心
- 95%の教師が、気候変動を教えることを重視しているが、その説明に自信のある教師は40%
- 気候変動の知識を教える自信がある教師のうち、アクションについて説明できるのは5分の1のみ
私も聖心女子大の大学院生と一緒に気候変動と教育に関する全国調査をして、2021年に速報版を出しました。
この速報版に詳しくありますが、各自治体が気候非常事態宣言を出していて、もう切実なアピールを出している自治体もあります。 ただ、教育を含めるかどうか聞いてみると、「教育を含めるか検討した」というのが2割ないんですね。で、「検討しなかった」と言うのが6割ぐらい。つまり教育を抜きに語られてしまっている。それは中長期的に見ると、決して効果的ではないというのはいろんな国際会議でも明らかです。
では、「なぜ教育が重要なのか」を「ホールスクール」と「社会情動的学習(SEL)」という二つの観点から説明します。
SELアプローチ
SEL(Social and Emotional Learning)は、ユネスコやOECDなどの国際機関も注目するアプローチです。今までは知識面を重視する教育が行われてきました。それも大切ですが、それだけではこれからの時代は不十分で、compassion(思いやり)、empathy(共感)、mindfulness(十分な注意、気づき)も大切にしようということです。SELはこの三つに限ったことではありませんが、ユネスコの一機関は社会情動スキルとしてこの三つを強調しています。
広島修道大学の横田和子先生の実践がとても参考になります。気候変動教育について研究した次の報告書に実践記録(38ページ)として詳しく載っています。学生たちの感想文も素晴らしいです。
「地球規模課題に応答する学習に関する研究 ―気候変動教育に焦点を当ててー」
https://nagatalab.jp/wp-content/themes/nagata-lab/pdf/Research-on-learning-to-respond-to-global-challenges.pdf
私も授業実践では、気候変動詩(climate change poem)というのを学生が作っています。科学的なデータを悲観的に受け止めて立ち止まってしまわずに、どういう風に乗り越えていくかというのが今の教育のチャレンジです。10編くらい気候変動詩を載せているので、よかったらご覧ください。(同7㌻)
ご紹介したものが、情動に訴えていて科学的じゃないというご批判もあると思いますが、科学的なデータと共にこういう手法を入れていくのが教育者の責任でもあると思っています。教科書でファクトを教えて済む時代はもう終わっていると認識しております。
ユネスコスクールを含めた公立学校や私立学校の先生の素晴らしい実践もあります。日本文教出版のサイトに月1回、永田研究室のESDの最新レポートを掲載していますが、そこに動画のURLを公開していますので、参考にしてください。気候変動に対する具体的なアクションがたくさんあります。
https://www.nichibun-g.co.jp/data/web-magazine/manabito/esd/esd025/
ホールスクール アプローチ
現世代の責務として、もう一つのアプローチを紹介します。いま気候変動や生物多様性の消失など大人たちも経験していない問題が起き、それに対して「どうしたらいいの?」という若者の不安にきちんと答えられないという経験をしています。そこで、「大人は、限界はあるけれど希望に向けて本気で生きている」という日常を共有する技法が必要です。特にユネスコは、このことを重視しています。
「どうしてこんな世界になってしまったのか……」という若者の不安に対して、少なくとも学校の中、キャンバスや校舎内でこれだけの努力をしている、完璧ではないけれどここまではできている、と言えるかどうか。それが大人たちに問われています。
この図は、サステナビリティー(持続可能性)が学校内にちりばめられた絵です。どこを切ってもSDGs、「どこを切ってもサステナビリティー」と私は呼んでいます。
例えば自転車通学、コンポスト、学校菜園……。授業として環境教育/ESDも実践している。いろいろな努力が重ねられていることをあらゆる子どもたちが目にできるようにすることが大切です。こうして初めて、地球規模では本当に大変なことになっているかもしれないけれど、子どもたちは希望を持てるようになり、「世の中、捨てたもんじゃない」「よし、生きていこう」となるのではないでしょうか。
ユネスコも、教室だけの勝負の時代はもう終わった、「どこを切ってもサステナビリティー」、どこを切ってもSDGsが見えてくるようにしましょうと訴えています。もちろん完璧じゃなくてもいい、そういう努力をしているということを大人世代はきちっと若者と分かち合うことが大切です。
ホールスクールとは、学校が給食、職員会議、遠足(修学旅行)など、すべての領域で持続可能性を意識したコミュニティーになること。ユネスコ自身もこういうことを意識して組織運営しています。科学的な知識はもちろんですが、情動を重んじ仲間と協働していく。そのためにホールスクールというのはとても有効な手段であると思います。
本日は、予測困難な時代における学びの可能性ということでお話ししましたが、具体的なアクションをどう起こすか分からない方は、自己診断やワークショップなどが書かれた「気候変動の時代を生きる」(永田佳之=著・編/山川出版社)もありますので、ぜひご参考にしてください。できるところからやっていただければと思います。