東京都立の中高一貫校、南多摩中等教育学校の探究学習は、大学受験を控えた6年次を除く5年間の学年段階ごとに一歩ずつ、ステップアップしていくのが特徴です。中学生にあたる1~3年の前期課程はグループ単位で学ぶのに対し、高校生にあたる4~6年の後期課程では個人で行って内容も高度化し、4年次に決めたテーマを探究して5年次に論文にまとめます。自分の関心を突き詰めることで、進みたい進路が見えてきて進学先選びにつながることも少なくないようです。   

 

探究学習の主舞台とも言えるのは、前期では「総合的な学習の時間」、後期は「総合的な探究の時間」。昨年度までと異なるのは、独自テキストがあることだ。1、2、3年向けの各1冊と4、5年生向けの計4冊からなる。探究学習を担ってきた校務分掌組織の「フィールドワーク推進室」が昨年度まで2年間かけて作成した。「1年間を見通し、学年ごとに共通の目線を持って指導できる。きょう1日やることが明確になる」と主任教諭の今門泰久先生はメリットを説く。 

探究のテキスト
南多摩中等教育学校の探究学習の独自テキスト。教職員が2年がかりで作った

テーマの設定に時間割く

学習の仕方は4年生から大きく変わる。文理どちらのテーマになりそうかに応じて担当教員が決まり、テーマに沿って30問ほどの問いを立てるが、そのためのワークシートがテキストに入れ込んである。ゼミ形式の授業では、担当教員のほか大学院生らティーチングアシスタント(TA)も同席し、同級生も交えて議論しながら問いの質を高めていく。「テーマの設定は大事なので時間をかけている。難しそうならテーマを変えることもある」と主幹教諭の徳武英人先生は話す。仮説を立て、検証方法を考えたら、その概要をポスターにまとめるまでが4年生のミッションだ。

学年ごとのステップ
南多摩中等教育学校提供

5年生になると、実際に仮説を検証した結果を12月までに4千字の論文にまとめる。最初は要旨から書き始め、少しずつ膨らませて論文の形に近づけるという。その中から選ばれた年間15本ほどの論文が、南多摩論集として製本される。

5年の井本彩貴(さき)さん(16)は、「昆虫食を学校給食に導入できるか」をテーマに三つの観点で探究を進めている。一つめは適合すべき基準。どんなものなら可能か、学校栄養士への取材を進める。二つめは生徒の意識。昆虫というと嫌がる生徒が少なくないため、親しみを持ってもらえるようアクションを起こし、意識の変化をアンケートで見極めるつもりだ。三つめは、昆虫食よりハードルが低そうな植物性たんぱく質食品の導入をまず目指すこと。それによって食材を転換する難しさを調べるという。 

「昆虫食を学校給食に」

生徒の自主活動団体「Eco-friendly」(エコフレンドリー)に入って環境問題を学ぶうち、昆虫は牛や豚などに比べて育てる上で環境への負荷が少ないことや、成長が早く将来の世界的な人口爆発の解決手段になり得ると知った。「飢餓の問題にも貢献できると思う。広めるにはどうしたらいいかを考えて給食に行き着きました」。9月の文化祭では、エコフレンドリーの活動の一環としてコオロギスナックを販売した。

井本さん
井本彩貴さん

教科の勉強では知識や情報を得て、それらを使って課題の解決を考えるのが探究の時間だと考える。「エコフレンドリーの活動も含め、どの学びもつながっている」。大学は理学系に進み、今までの学びをさらに深めて社会に貢献したい、という。

学校が取り組む探究学習とは別に、エコフレンドリーのような生徒の自主的な「探究活動」も実を結び始めている。「グローバル問題研究会」という団体は2月、八王子市に対し、小学生の放課後学習を自分たちが支援する政策を提言し、採用された。今後、本格化する見通しだ。 

放課後学習支援
生徒の提言によって実現した小学生への学習支援活動=都立南多摩中等教育学校提供

形容詞から人格変化を考える

同じく5年の須山凌さん(17)が題材に選んだのは、映画にもなった河野裕の人気小説「階段島シリーズ」。捨てられた人々が行き着く謎の島を舞台にした物語は全6巻ある。全部を読み、途中で主人公の男子高校生の人格が変わったように感じた。1巻と3巻の主人公を比べると、1巻のほうが夢見がちで詩的でロマンチックに思えた。「それって何だろう、というのが出発点です」。

具体的には、使われている形容詞に違いがあるからではないかとの仮説を立て、1巻と3巻にそれぞれどんな形容詞がどれくらい登場するか、使い方に違いがあるかなどを比べている。「どう考えても手作業では無理」なので、得意のプログラミングを使う。パソコンの文書作成ソフトの文字起こし機能で2巻すべてをテキストファイルにし、言葉を「形態素」と呼ばれる最小単位に分解する。文字起こしの精度は完全ではないから見て確かめながら、主人公の心情描写と無関係な部分は外す。そんな作業を続ける。

須山さん
須山凌さん

3年次の探究学習では、紙を使ったバイオエタノール製造にグループで挑んだ。発酵まで進んだが、エタノールができたかは確かめられなかったという。「僕1人ではそこまでできなかった。今、多少はスムーズにできるようになったのは、前期から探究学習を積み上げてきたから」だと感じる。

元々読書好きで、小学生のころは地元の図書館で毎回、小説などを借りられる限度の10冊まで借りて手当たり次第に読んだ。南多摩中等教育の後期生になって入ったPC同好会で今年5月、自律走行ロボットの大会で優勝した。文学や心理学にも興味はあるが、プログラミングの比重が高まった今、目指す進路は情報学系に絞られた。

探究学習を担うフィールドワーク推進室の今門主任教諭は「生徒の探究学習に向き合うと自分の視野も広がっていく楽しさがある。彼らのような発想はなかった」と言う。

論文と進路
南多摩中等教育学校の資料から作成

「外国人に映像で日本文化を伝える方法」(東京外国語大国際社会学部)、「満員電車はなくせるのか」(東北大工学部)、「サッカー投資の効果」(法政大経営学部)、「日本人の臓器移植への意識」(浜松医科大)……。卒業生の論文のテーマと進学先をみると、すべてではないが、リンクしているケースが多いという。永森比人美校長は「論文のテーマを考えることが進路を見極めることにつながっている」と話す。