全国の小中学生らに1人1台の端末と学校の通信環境を整備する「GIGAスクール構想」の下、授業をはじめとする学校生活にICT(情報通信技術)を生かすには、先生たちだけでは難しい面もあるでしょう。そんな時、頼りになる人は近くにいらっしゃいますか。埼玉県吉川市教育委員会の教育指導支援員を務める大西久雄さん(63)はそんな一人です。ICTを採り入れる実践を重ねた越谷市立中学校長時代からの経験をもとに、講演やアドバイスに駆け回っています。  

埼玉県吉川市の市立関小学校。夏休み中の7月末の教室には、情報モラル・リテラシーの研修を受けるため、20人ほどの先生たちが集まっていた。前方の大型モニターには、「名前を呼ばないで」と書かれた札が子ども部屋の前にかかった写真が映し出されている。大西さんがこう切り出した。「この真意、わかりますか」 

「名前を呼ばないで」札の真意

実は部屋の中で、子どもがオンラインゲームをしているのだという。その子も含めて大半は匿名で参加しており、「○○、ごはんだよ」などと呼ばれ、マイクを通じて流れたら実名がわかってしまう。札は、それを避けるためのものだった。「そういうことを考えられる子は情報活用能力が高いのかも知れないけれど、食事時間もゲームを自制できないとしたらいけませんね」と話した。

埼玉県越谷市立中学校の英語教師だった大西さんは、学校現場にICTを採り入れる名物校長だった。学校がツイッターアカウントを持つことがまだ珍しかった10年余り前の大袋中学校長時代、ツイッターで情報発信を始めた頃に、東日本大震災が起きた。電話など他の連絡手段が途絶える中、まだつながっていたツイッターで子どもの安全と下校の見通しをツイートしたことが反響を呼んだ。子どもたちのSNS利用も増えていたため、正しい使い方を身につけてもらおうと、SNSなどを運営するDeNAやグリーに連絡を取り、社員に啓発指導に来てもらったこともある。市教育センター所長に異動した頃からは、情報モラルなどの講師として各地に呼ばれるようになった。

GIGAスクール支える元校長
小学校教員に情報モラルなどの研修をする大西久雄さん=埼玉県吉川市立関小学校

2019年春に定年退職後、沖縄県のインターナショナルスクールの学園長兼中学校長を務めていたが、GIGAスクール構想の開始を前に力を貸してほしいと吉川市教委から声がかかり、埼玉に戻った。今年度は同市立小中学校の全教員への情報モラル・リテラシーなどの研修のほか、子どもたち向けの啓発活動も行っている。 

著名人が持つ権利とは

7月の研修では、まずICTについてのクイズで先生たちの頭をほぐしていった。画面に表れる問題は短時間で次の問題に切り替わり、考える余裕はない。

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「えっ」「何だっけ」。先生たちから思わず声が漏れる場面もあった。「SNS上で子どもへの嫌がらせなどが書き込まれた時、最初にしてほしいのはスクショ(スクリーンショット)で記録を残すこと。相手は絶対に消しますから。その時、アカウントも一緒に写すように」。大西さんはクイズの答えを解説しながら助言した。

研修資料2
大西久雄さんが教員の情報モラルの研修で使っている資料の一部=大西さん提供

ネットの世界では、そんなつもりはなくても自らを危険にさらしたり、だれかの権利を侵害してしまったりすることがある。そんな事例も取り上げていく。 

削除してもつきまとう危険

一つは、埼玉県内の高校生がインスタグラムにアップした写真。体操服姿の女子生徒が2人、笑顔で並んで写っている。「何げなくノリで写し、友だちに見せようとしたのだと思うが、見てほしくない人にも見られてしまう」。元の写真は一時、学校名も名前も読み取れたため、自分がだれで、どこにいるのか世界に発信していることになる。投稿した写真を削除してもコピーが出回り、勝手に加工されるおそれは消えない。「だってネットに上げてしまったんだから。どうぞ自由に使ってください、と言っていることになる」

もう一つは、コンクールに出展され、賞を取った中学生の絵画作品だった。実はネット上に、同じような構図の写真があった。主催者側が発表した子どもの絵に、その写真家が気づき、複雑な心境をネットでつぶやいた。「たぶんその写真をもとに描いたのでしょう。主催者側が気づかなかったのはまずい。中学生に罪はないが、参考にしたのなら連絡を取る姿勢は持ちたい」と話した。

大西久雄さん(アップ)
大西久雄さん。埼玉県越谷市立中学校長などを経て、現在は同県吉川市教育委員会の教育指導支援員=吉川市立関小学校

「創造物には権利があるから、尊重することが大前提」としつつ、子どものネット利用について「『使うな』と抑え込むのではなく、操作方法、何かあったときの対処の仕方、困ったときに相談できる力の三つを身につけて、きちんと使える人になってほしい。そして、そんな使い方を人にも伝える『エバンジェリスト』になってほしい」と大西さん。 

ネット上のイラスト使用に注意

先生たちに特に気をつけてほしいのは、学級通信や学校だよりなどに使うイラストだという。Google(グーグル)で無料のものを検索し、出てきた素材をそのまま取り込むと危ないという。「グーグル検索では、無料のものがあれば表示されるけれど、そこに有料のものも含まれている。使いたいイラストのサイトまで進んで確かめる必要がある」と説く。ネットで得たイラスト入りの学校だよりを2年半ほどホームページに載せていたら、イラストの権利を持つ会社から「著作権料を払ってほしい」と100万円を超す金額を請求された学校の事例も紹介した。

ただ、ネットの怖さに腰が引け、子どもの顔をぼかした写真しかホームページに載せない学校の姿勢には疑問を持つ。自身が校長だった時には子どもの写真をふんだんに載せた。「だって子どもの表情って、大事でしょう」。そのためにも毎年春、全保護者に写真使用の許可を求め、結果は全教職員で共有した。名札の名前はぼかしても顔をぼかすことは一切しなかったという。