川崎市幸区の市立南河原中学校。2年1組の教室の黒板に、小川慎史(よしふみ)先生(29)がこの日学ぶ単元名を書き出した。「短歌に親しむ」。生徒たちが机の上の端末を早速立ち上げると、グーグルのアプリ「スライド」を使って事前に作ったプレゼンテーション資料がそれぞれの画面に表れた。自作の短歌1首のほか、どんな情景を詠んだのかや、短歌を作る上で工夫したことなどをスライドにまとめる――というのが、小川先生があらかじめ出していた課題だった。
南河原中は昨年度、川崎市教育委員会のパイロット校として、他校よりひと足早く端末や通信環境が整備され、今年2月には使える状態になった。「利用する中で課題も出てくるし、メリットもわかる。失敗を恐れず、どんどん使ってください」。新山英樹教頭がリーダーシップを取る中で試行錯誤が昨年度中に始まった。
ちょうど修学旅行前の準備を始めた頃で、見学先の調べ学習に使ってみると、教員の端末では表示される寺社のサイトに生徒の端末では入れないケースが多くみられた。生徒の端末には「宗教」のカテゴリーに分類されるサイトをブロックするフィルタリングがかかっていたためだとわかり、教育委員会に相談して改善してもらったという。
教員も生徒も習熟が進んだところで、近隣の小学校2校と端末の利用方法を共有し、より良いあり方を考えようと開かれたのが今回の小川先生の授業だった。その様子はビデオ会議アプリ「グーグルミート」を通じて2校にも配信された。
授業ではまず、3、4人1組の班ごとに1人ずつ、自作のスライド資料をメンバーに見せながら、短歌とともに作品の情景や工夫を発表することになった。清水優唯香(ゆいか)さん(13)の画面には、大輪のヒマワリの写真が表示されていた。
「朝の夏包まれ歩く日に浴びる 王者の花に夢の中のこと」
詠んだのは実際に見た場面ではなく、あこがれの光景だという。近所にはヒマワリが咲いている場所がなく、登下校などの通り道で満開のヒマワリが見られたら夢のようだな、との思いをこめた。ヒマワリという固有名詞をあえて使わず、「王者の花」と比喩で表現したこと、「包まれる」を「王者の花に」の前に出す倒置法を使ったことなどの工夫も説明した。
資料に取り込んだ写真は、端末で検索して見つけ出したものだ。「写真があると、みんながその世界に入りやすいと思った。実際にたくさんのヒマワリが咲いているところを一度見てみたいです」。
「梅雨明けて今まだ残る雨の匂い 庭でほほえむ一輪の花」
加藤希乃香(ののか)さん(14)の短歌は、梅雨が明けた後、最初に咲いている花をイメージして詠んだという。スライド資料には白い花の写真をあしらった。
班での発表がひと通り終わると、次はクラス全員の前で何人かに発表してもらうことになった。小川先生がランダムに告げた出席番号に、「うそー」と思わず声を上げながら、恥ずかしそうに立ち上がったのは、長谷川百々花(ももか)さん(13)だ。教室のモニターに作品が映し出された。
「音楽を聞くと気持ちは晴れやかに 悲しいことは頭のすみで」
うまくいかないことがあったり気持ちが落ち込んだりした時、好きな音楽を聴くと気持ちが晴れて忘れられることをうたった。好きなことと感情を関連づけたこと、上の句で気持ちや動作を描くなど上の句と下の句で変化をつけたことなどを工夫点に挙げた。元々ピアノを習っていて音楽にはずっと親しんでいるが、この短歌を作る時に思い浮かんだのは、YOASOBIの「ハルカ」だった。
スライド資料を作るうえでも、五線譜に音符をあしらったイラストを使う、「工夫点」という文字の色を赤くして強調する、いくつかの文字が遅れて表示されるようタイミングをずらす、といったアイデアをふんだんに盛り込んだ。小学生の時にパソコン教室に通った経験が生きたという。
ほかに、こんな作品もあった。
「ゴミ捨て場必死に漁(あさ)るカラスたち 生きているのは人だけじゃない」
詠み手の男子生徒のスライド資料は、「カラス」と「人間」の図を並べて示し、食べ物を食べたがっている相手のことも考えよう、というメッセージとともに紹介した。
最後の3、4分を、小川先生はスライド資料の提出方法の説明に充てた。モニターで手順を示した後、「『提出』と書いたところが青色に変わるので押してください」と手短に終えた。ノートを提出すれば済んだ今までは必要なかった時間だが、スライドの使い始めに利用方法の説明だけで授業1コマ分を使った頃からすれば習熟が進んだと受け止める。
小川先生の感触では、かつての短歌の授業では書く作業だけで時間がかかった上、発表を聞く生徒には耳からしか情報が入らず、どんな情景を詠んだのかを共有する難しさがあった。「漢字かひらがなかといったことも含め、口だけで表現が難しいことを生徒たちは視覚化してうまく説明していた。端末が補助になるんだと顕著に感じました」と話す。学ぶ内容に応じ、今後も多くの場面で端末を活用できそうな手応えを持っている。