学校のICT(情報通信技術)環境を整備する「GIGAスクール構想」が全国で始まり、学びの幅は大きく広がりました。自分を客観視するという、小学生などではちょっと難しいことも、「1人1台」のパソコンやタブレットを使うことでやりやすくなったのではないでしょうか。とりわけ体育などの実技科目を中心に、動画が効果を発揮する場面はたくさんありそうです。意見共有やチャットなどの機能を使い、身をもって情報モラルを学ぶ機会もあります。

東京都台東区立金曽木小学校6年の五反田柚泉(ゆい)さん(12)は5年の3学期、体育の跳び箱の上で行う「台上前転」がうまくできなかった。「着地する時、体が反らないようにね」。担任だった主幹教諭の簑輪幸一先生(48)に言われても、自分では反っている実感はなかった。

動画19本 友だちの動きと比べて改善

金曽木小では昨年度の3学期、子ども全員分のタブレットが配備され、利用できるようになった。そこで五反田さんのクラスは簑輪先生のアドバイスを受け、端末のカメラを使って、台上前転するところを友だち同士で撮り合ってみることにした。

五反田さんが半信半疑、自分の動画を見てみると、言われた通り、着地の際に背中が後ろに反っていた。くるっと丸くなって着地する友だちの動きとは明らかに違う。「そうだったんだ」。意識して体を丸めるようにしてみると、徐々に台上前転ができるようになった。数回の授業をまたがって撮影した動画は計19本。友だちの動きと比べ、いいところはまねするようにしたという。

五反田さんの台上前転
五反田柚泉さんがタブレット端末のソフトを使ってまとめた自分の台上前転のようす。反省点なども盛り込んだ

似たような経験は、教室で行う他教科の授業でもあった。タブレットに自分の意見を打ち込んで送ると、クラスのみんなの意見が自分の意見と並んで共有画面に表示された。「自分以外の人がどんなふうに思っているのか知ることができました」と話す。

1人1台の端末を使い始めてまもない今年1月、簑輪先生のクラスでキーボードの打ち方の練習をした。それぞれの端末からワークシートを送信すると、だれの端末からも全員の回答が見られる仕組みだ。「ローマ字で入力するのは難しいですか」。先生がみんなにキーボード入力で答えを求めた。「簡単でした」の後に、だれもが嫌がる言葉を打ち込んだ子がいた。その言葉は、教室の大型画面にも、全員の端末にも共有された。

送信した言葉、なかなか消えず

「どうしてそんな言葉を打ったの」と先生が聞くと、直前に先生に注意されたことがすごく嫌だった、と答えたという。全員が見ていることを伝えると、さすがに失敗したと思ったようだった。でも、先生に「提出」という形で送られた言葉はそのまま残る。

後先考えず、気持ちのままに打ち込んで送信してしまった他人の悪口などがネット上からなかなか消えない――。ネットモラルにまつわるトラブルは実社会で頻繁に問題化するが、こんなふうに教室でも起きる。もしSNSのやりとりで、実際にだれかを傷つけてしまったとしたら、取り返しがつかない。

簑輪先生は、この言葉が表示された画面をあえて写真に残して本人に示した。反発も受けたが、「書いちゃったほうが悪いんじゃない? こういうことはやらないほうがいいと思うよ」と説いた。提出物はその後、嫌な言葉を修正し、上書きしたものを改めて提出してもらったという。

教員と子どもの間でメッセージをやりとりできるソフトの利用をめぐっても、ある出来事があった。本来、端末を家庭に持ち帰って宿題を提出する時や、学校に来づらい子との連絡などに使うことを想定している。今年2月、立て続けに数件、メッセージが送られてきたのは、平日の主に午前11~12時台。嫌な言葉を打ったのとは別の子だが、授業にも出ており、授業中や給食の時間にもメッセージを打ち込んでいた。

授業中に動画閲覧の子 注意するつもりで

「○○さんがユーチューブを見ていました」

「先生はどう思いますか」

簑輪先生がその子から聞き取ったところ、本来ならタブレットを使わない授業なのに、しまわないでこっそり動画を見ている子を教室で見つけ、先生に注意してもらおうと考えたらしい。動画を見ていた時間がわかったほうがいいと思い、すぐにメッセージを送ったのだそうだ。

「彼は正義の味方のつもりだったのです。悪いことをした人の写真や名前をSNSにさらしてしまうのと同じ感覚だな、と。世の中の縮図のようなことが起きている、と思いました」。授業中にユーチューブを見る行為を注意することはよいが、方法として自分も授業とは関係のない使い方をしていることについて、「君のしたこともよくないんじゃない」と注意すると、当初は、いいことをした自分がなぜ責められるのかわからない様子で、ふてくされていたという。

気をつけるべき情報モラル4項目とは

友人の質問をばかにするような書き込みをする、他人の写真を勝手に撮って投稿する、知らない人とも交流できるサイトに自分の住む地域名などの情報を明かしてしまう……。文部科学省が作った情報モラル啓発用リーフレット「スマホ時代のキミたちへ」(小学校高学年、中学生用)は、そんな実例を挙げながら、スマホやインターネットの利用で気をつけるべきことを説いている。大まかに言えば、ポイントは①相手の気持ちを考えてコミュニケーションを取る②写真を含む個人情報をネットに載せない③スマホやネットに夢中になりすぎない④他の人を傷つけたり、権利を侵害したりしない――の四つだ。

同省が今年3月、全国の教育委員会などに出した通知でも、1人1台端末の本格運用が始まるのにあたり、情報モラル教育のいっそうの充実を図るよう求めている。端末でも、とりわけネットの利用にはさまざまなリスクが伴うことの裏返しでもある。

手の位置にも注目
五反田柚泉さんは台上前転をする最、跳び箱につく手の位置にも注目したという

問題が起きるから端末は使いたくないという教員もいるが、「それは家庭科で包丁は使わないのと同じ。注意して使うことを学ばないといけない」と簑輪先生は言う。「小学生の今、あの子たちが閉じた学校の中で失敗を経験できたことはよかった。身をもっていけないことを知り、次のステージに進める」と話す。