生徒たちのパソコンの画面には、文字やイラスト、図形を組み合わせたさまざまなロゴマークがあった。ブランド名も図柄も、一人ひとり全く異なるオリジナル作品だ。授業の間、パソコンを操作してロゴマークや関連作品を手直しする姿が多くみられたが、そればかりではない。発泡スチロールのような白い板状の「スチレンボード」をカッターで切って建物の模型を作ったり、スケッチブックに人物画を描いたりする生徒もいる。
架空の企業想定しロゴマーク
美術教育に力を入れ、美術科の教員が中高を合わせて7人を数えるトキワ松学園。高校は「美術デザインコース」と「文理探究コース」に分かれている。「美術デザインコース」は、2年生でさらに「アート」と「デザイン」の2コースに分かれ、興味、関心のある分野を深く学ぶ。6月下旬、デザインコース3年生の美術の授業を見学させてもらった。「ブランディングデザイン」という単元の1学期最後の授業だった。
夏休みをまたいで2学期まで続く「ブランディングデザイン」では、生徒それぞれが架空の企業を想定し、そのイメージアップを図るため、まずコンセプトを決め、ロゴマークを作る。そこから発展させた商品などのデザインを形にする。制作は1人1台配備されているパソコンを使ってウェブサイトにまとめるほか、紙面にもおこし、模型などを使って表現することもある。どんな工夫をして何を作ったか、プレゼンテーションして完了となる。
Adobe社のアプリ導入
この学習でのパソコンの作業で主に使うのは、Adobe(アドビ)社のクラウドサービス「Creative Cloud」のうち、さまざまな画像編集ができる「Photoshop(フォトショップ)」や、イラスト・レイアウトの制作に適した「Illustrator(イラストレーター)」といったアプリケーションソフトだ。これらを高校で導入している事例は珍しいという。
この日までにロゴマークなどの提出を受けた園田愛子(かなこ)先生は「何がうれしいって、皆さん、センスが良い」と評価した。他の先生から「本当に高校生が作ったの?」「完成度高い」と言われたという。「センスは、街にあふれるいろいろなデザインを日々見ることで磨かれる。素敵と思ったものは、なぜいいのか考えて言葉にすると、自分の作品にもつながる」とアドバイスした。
その上で園田先生は「澤村農場」という架空の農場を想定した生徒の作品を紹介した。かわいい牛の顔をあしらい、落ち着きのあるデザインと、「牛乳への誇りは負けません」というコンセプト。何となく、安心して買えそうな気がしてくる。園田先生は、その生徒が3Dのソフトを使って丹念にモデリングした牛乳のパックなども示しながら、デザインに一貫性があるからメッセージが伝わることを説いた。
パソコン操作を伴う学習はコンピューター室で行っていたが、2020年度に1人1台端末が導入され、各教室で可能になった。昨年度からは授業で「Creative Cloud」を使い出し、今の高3は各自の端末でデザインを学ぶ最初の世代となった。
もとより美術デザインコースは入試にデッサンの実技があり、1年生の間にさまざまなデッサンを経験する。「美術の世界にいる以上、デッサンのものの見方、客観性は必須です」と園田先生。美術の基本とICT(情報通信技術)活用能力は、両方とも身につけて当然というわけだ。ただ、ICTは教員以上に生徒のほうがなじみやすい面があり、各種ソフトの深い機能については生徒に自学を促すこともあるという。
デザインを学び進めるうちに、一人ひとりの関心はグラフィック系、建築系、工業製品を作るプロダクト系、服飾など布を扱うテキスタイル系、アニメーション系などに分かれ、その先に進路も浮かび上がる。
テキスタイル系に関心がある3年生(18)のロゴマークは、銃とヒマワリを題材に使った。ヒマワリの「あなただけを見つめる」「情熱」という花言葉が好きで、銃で咲く情熱の花のイメージをアパレルブランドのマークに表現したという。アンティークな雰囲気の洋服10着のデザインは紙に手描きしてスキャンし、パソコンで柄を付け、彩色した。
ショッパーバッグも自作
もう一つ作ったのが、アパレル店に付きものの紙袋、ショッパーバッグ。革のような材質の紙でサイドにヒマワリをあしらい、太めのひもを付けた高級感のあるデザインは、実際に店で使われているかのようだ。
「お母さんたちの世代はあるブランドを持つことが流行の先端で、友だちどうしショッパーを交換することもあったそうです。だからロゴの次にお店の顔なのかなと思って」。作り方は「ショッパー 作り方」で検索したYouTubeの動画を参考にしたという。
美術が好きで高校から入ったが、「周りがレベル違いで痛い目に遭った。でもそのせいで成長もできました」。昨年の文化祭のポスターコンクールで3位に選ばれたのもうれしかった経験のひとつ。好きな、柄を描くことを生かせる仕事ができたら、と思っている。
クラスメートでグラフィック系志向の3年生(18)は、まずブランドのイメージが先に浮かんだ。空の絵を描くのが好きで、パッケージに空の絵を使うなら何がいいか考え、アート気質な外観の印象のある紅茶を選んだ。コンセプトは「every day every time」。その日その時の気分で楽しめる紅茶があったらいいと思い、「every」という簡単な言葉を、茶葉の形とともにロゴマークに採り入れた。
日が昇り始めて白んできた空は月曜、夜のとばりが下りた空は解放感のある金曜、よく晴れた青空は日曜というふうに、紅茶缶に貼るラベルの絵を曜日ごとに描き分けてみた。クリスマスまで1日1個、お菓子などが入った窓を開けて楽しむアドベントカレンダーの紅茶版を、と考えている。
美術デザインコースに集まった仲間について、「個性がとがった人たちだらけで、それも全然系統が違う」と評する。「でも方向性が真逆だからこそ、高められることもある。お互いにない面を補い合えるところがあります」。将来は映画の世界観を表現するコンセプトアートに関わるようなキャリアを思い描いている。