新田サドベリースクール
子どもの自主性を尊重する米マサチューセッツ州のサドベリー・バレー・スクールがモデル。子育て中の親たちが中心となって2014年4月に土日だけのスクールとして始まり、1年後に平日型として正式開校した。「スタッフ」と呼ばれる大人はいても先生はおらず、授業もテストも評価もない。何をして過ごすか、自分で決める自由がある。子どもも大人も対等に話し合う関係を大切にし、問題解決やルール作り、スタッフの雇用もみんなの合意のもとで決めていく。映画では、豊かな自然に囲まれたそんなスクールの日々が描かれる。対象は6~22歳だが、撮影当時のメンバーは小学生を中心に約20人。
同様の教育理念に基づく「サドベリー」の名が付いたスクールは各地につくられ、その考え方に賛同する親子を引きつけている。ただ、「1条校」ではないため、新田サドベリーなど9スクールが入るデモクラティックスクールネットワークのサイトによると、最寄りの小中学校に籍だけを置いて卒業資格を得ることが多い。中学卒業後、通信制高校や単位制高校に在籍して高校卒業資格を得る子もいるという。
「自由って楽だけど、難しい」
――新田サドベリースクールを知ったきっかけを教えてください。
夫の実家に帰省した時、おもしろい学校があると知人から紹介を受けたのが、新田サドベリーでした。テストも宿題もない、勉強はしなくてもいい……。私が知る学校のイメージからは真逆だったので衝撃を受けました。最初は私自身、サドベリーの理念に対する理解が追いついていなくて、勉強しながら撮影させていただくことになったのが2018年の2月ごろです。
――印象に残っている場面は。
私立中学の受験に挑んで合格した小学6年生にあたる男の子がいました。彼が「自由って楽だけど、難しい」と言ったんです。強烈な言葉でした。自分の経験では、子どもにとって自由って楽しいもの、ワクワクするものでしたから。宿題があったり、家では勉強しろとか塾に行けと言われたりして、結構子どもって窮屈でしょう。でもサドベリーでは、あなたの好きにやりなさいと放り出されます。最初はみんなおもしろがるけれど、だんだん遊びにも飽きて退屈してくる。その時に何をするのか、自分で考えないといけない。大人は用意してくれないのです。
彼はサドベリーで自由を経験して、自由のおもしろさと厳しさの両方を学んだのだと思います。自由と責任がセットになっている意味は大人になればわかるけれど、小学生でそれを理解するなんて、私が6年生の時にはあり得なかった。彼には3、4年、小学校に行っていないブランクがありましたが、私立中に行くと決めて9カ月で埋めました。
子どもがスタッフを選ぶ
――雇うスタッフを子どもたちの選挙で決めるのはちょっと驚きました
選挙をするのかしないのか、どのような方法にするのかも、その都度みんなで話し合って決めます。助成金もなく、常勤スタッフは2人しか雇えない中、希望者が3人いたので、そうせざるを得なかった。新田サドベリーでは話し合いを大切にしていて、実際には多数決というのはほとんどありません。反対意見があれば解決するまで話すのが基本です。
他のサドベリースクールでは中高生世代が多くいるところもあって実際に子どもたちが運営していますが、新田の場合は小学生が多く、大人がある程度介入しないと回らない。どこまで踏み込んでいいのかは、新田のスタッフの悩むところです。運営がどうしても大人に引っ張られがちになる中、子どもが選ぶスタッフ選挙はその大人たちの抑止力として大きな意味があると思います。
それにしても、スタッフになるってすごいことです。だって、子どもたちのすることに口出しせず、黙って見守ることのできる大人ってどれくらいいるでしょう。私には、ここは大人が試される場所という感じがします。実際、最初のうちは1日中ゲームをしている子たちに、本当に大丈夫なの、と言いたくなりました。取材する立場なのに。
――作品に込めたメッセージは。
普通の小中学校を否定する気持ちはないけれど、不登校の小中学生が全国で18万人もいるというのは、教育に求められるものが多様化している表れではないでしょうか。この作品で私は、今までにない教育の価値観をつくっていく人たちの人間ドラマをドキュメンタリーで描きたかった。新しいものをつくるって、ものすごく反発を受けることがある。スタッフたちも地元の人にわかってもらおうと努力しているのですが、なかなか理解されない面もあるのです。
興味を持てば自分から学ぶ
◇
作品が取り上げたエピソードの一つに、臨時の喫茶店の運営にこぎ着ける話題がある。1人の女子が「やってみたい」と手を挙げ、提案にのった友だちと分担して地域の大人に場所を借りる交渉をし、どんな商品をいくらで売るか計画を立てる。その過程で、どれくらい売れば損をしないか計算を迫られ、やりたいことを人に説明して理解を得るコミュニケーションも欠かせない。「それぞれのタイミングはあるけれど、興味を持てば自分から学んでいく。それがここのスタイル」と浅田さん。生活体験を通じた学びとは、まさにこういう実践のことをいうのだろう。
「自分で考えて解決していく力を持つ」「主体的に学び続ける力を持つ」。新田サドベリースクールが目指す子ども像は、新学習指導要領を作るにあたって文部科学省が打ち出した「新しい時代に必要となる資質・能力」と重なる。私たちの日常はどうだろう。子ども自らが考えて決めるのを待たずに正解に導いたり、先回りして過剰にリスクを取り除いたりしてはいないか。身近な学校や家庭での子どもとの向き合い方を考える上でも、大いに参考にしたい作品だ。
11月5日まで東京・ポレポレ東中野で公開中。22日から京都シネマ、23日からは大阪・第七藝術劇場と、名古屋・シネマスコーレでも公開予定。