「まるで東京の高級住宅街みたいな街並みがあるかと思えば、すぐそばに貧しい人たちが暮らすエリアもある。生徒たちには(一面的な)アフリカのイメージにとどまらず、現地を訪れることで視野を広げて欲しかった」
こう話すのは、2022年12月に初めて行ったタンザニアへの「アフリカ スタディツアー」に生徒たちを引率した原匠教諭だ。原教諭は17〜19年に国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊の一員として東南アジアのラオスに赴任。アフリカ南部の国ナミビアに派遣された「同期」に会いに、初めてアフリカを訪れたことが、生徒たちの研修旅行を思い立ったきっかけだったという。
同校は国際交流に力を入れ、新型コロナウイルスが広がる前は豪州や英国などに生徒を送り出してきた。だが、生徒の海外研修はコロナ禍による2年間の中断を余儀なくされた。また、アフリカをめざす研修はこれが初めてだった。アフリカといっても50以上の国があり、経済発展や治安の状況、日本からのアクセスのしやすさも千差万別だ。学校が譲れなかったのは、生徒たちの安全や安心だ。
そこで学校が頼ったのがアフリカに精通する識者だ。フリージャーナリストの大津司郎さんにアドバイスをもらい、キリマンジャロ山や野生動物が暮らすサファリで知られる東アフリカのタンザニアを渡航地に選んだ。
初の海外旅行、アフリカを選んだきっかけは動画
「企画をした当初は何人が参加してくれるか予想できなかった」。原教諭はこう打ち明ける。だが、大津さんを学校に招いてアフリカの魅力について講演してもらったり、個別相談会を開いたりしたところ、次第に生徒の関心が高まってきたという。最終的に参加を決めたのは中3が5人、高1が3人、高2が1人(いずれも当時)の計9人だった。
参加当時高2だった中井大誠さんは、これが初の海外旅行だった。動画サイトyoutubeでタンザニアの隣国ケニア・ナイロビの発展する街並みをみたことが、アフリカに関心を持つきっかけだった。「アフリカといえば漠然と砂漠や貧困のイメージがあったが、それだけではないと知った。自分が持っているアフリカのイメージと全く違い、そのギャップを知りたくなった」と振り返る。
同校が大事にしている価値観は、自身の内面を見つめ直した上で志をたて、生徒同士が助け合いながらものごとを探究する「志共育」だ。タンザニアへの研修旅行は、初めて訪れる地で、英語を使って手探りのコミュニケーションが必須だ。まさに助け合いやものごとを探究する心構えが試される、絶好の機会だった。
参加を決めた9人は学年も異なり、互いに面識はなかった。シャイな生徒もいたが、お互いに助け合わないと先には進まない。生徒たちは一歩一歩、志共育の考え方を自然と実行に移し始めた。
参加生徒にまず課されたのは、アフリカに関する本を読み、現地での探究テーマを事前に明確にすること。さらに出発前には都内のタンザニア大使館を訪れ、英語で出発報告をする。そして、9日間の日程を終えた後には10ページ分の報告書も学校に提出しなくてはならない。原教諭は大使館を訪問した後には「自分から手伝い、声をかける積極性が生徒に出てきた。人前に出る怖さも無くなっているように見えた」と変化を振り返る。日本とアフリカのトイレの違い、アフリカの医療体制、インフラ整備の実態、現地にすむ動物や虫について――。生徒たちは試行錯誤しながら、自分なりの探究テーマをまとめて旅立つことになった。
現地に行ったからこそわかった現実
そして、12月。韓国とエチオピアを経由し、降り立ったタンザニアの地。現地ではコーヒー豆でも知られるアフリカ最高峰の山・キリマンジャロのふもとの村などを訪れた。9日間の日程では、地元NGOと連携した植林活動で30本の木を植えたほか、バナナ農園や現地の学校訪問などをこなした。
中3で参加した高橋歩志(あゆむ)さんは、将来医療関係の仕事に就くことが希望だ。そのなかで、アフリカの医療体制や衛生環境、人々の健康づくりに興味を持ち、スタディツアーに参加した。現地では、野菜炒めや肉、スープ、パンなどからなる現地の食生活をはじめ、トイレなど現地の衛生状況を観察。現地の人たちが、より長く健康に生きられるにはどうすればよいのかを考えた。
現地に行ったからこそわかったこともあった。「トイレには虫がたくさんいて、衛生環境はあまりよくなかった」。アフリカではマラリアや黄熱病などで、いまも命を落とす人がいる。こうした体験を踏まえ、感じたことや自分なりの提案を帰国後にレポートにまとめた。
中井さんはアフリカの違った点に注目して、研修旅行に臨んだ。それは、大きな成長可能性を秘める経済だ。ケニア発祥のモバイル決裁システム「エムペサ」や、大虐殺という惨事を乗り越えて経済成長を続けるルワンダのことなど、出発前からアフリカ経済に関するさまざまな情報を入手した。それらを自分なりにかみ砕いて考え、現地に向かった。
出発前、アフリカを巡る情報は両極端だと思うこともあった。アフリカ支援を訴える広告では食べ物不足でお腹をすかせた子どもの姿があり、オンライン上の動画では経済発展が著しい大都市の様子がみえる。今回現地に行って、どちらも真実だとあらためて感じた。「一つの国でさえ、成長している部分とそうでない部分の差が激しく、貧富の差が目立つ。9日間、現地で見るものに驚きっぱなしだった」と振り返る。将来は大学でアフリカ経済について学び、アフリカの企業に就職し、日本との架け橋をめざしたい、という夢がはっきり見えてきたという。
「放牧」で得られる自主的な学びに期待
学校側がアフリカ派遣で生徒たちに身につけてほしかったのは、日本から一歩外にでることで、日本の常識が必ずしも海外では通用しないことを学ぶ異文化理解に加えて、ものごとを掘り下げて調べたり、自分なりの考えをまとめたりする力だ。
「教師側は生徒に対して教えすぎになってしまうこともあるが、今回は(生徒たちが自発的に学ぶ)『放牧』のイメージだった。アフリカには題材がいっぱいある。学びたい題材を自身で考え、さまざまな情報をうのみにせずに、いろんな知識を使って考える経験をしてほしかった」と原教諭は語る。
今夏に予定する2回目のアフリカ研修では、初回のプログラムをベースにより内容を充実させる。初回では訪れる時間が取れなかったタンザニアの首都・ダルエスサラームを訪ね、「高層ビルや港などタンザニアの活力やパワーといった、光の部分をより生徒に感じてもらう」(原教諭)。すでに中3の1人、高1の6人、高2の3人が参加を決め、校内では出発に向けた事前の準備も始まっている。
初回研修に参加した生徒たちは帰国後、同級生にアフリカでの経験を積極的に語るなど、学内でも「アフリカ帰り」の生徒が授業や校内活動を引っ張る好循環がすでに始まっている。高橋さんは「英語の授業などで相手の目をしっかり見て話せるようになり、貴重な経験を積んで自己肯定感も上がった」。アフリカ研修は生徒のやる気を確実に引き出している。