米国アポロ11号の飛行士が、人類史上初めて月に降り立ってから50年。起業家たちが宇宙旅行の実現を目指し、宇宙開発で得られた知見がさまざまな領域で生かされるなど、民間への裾野が広がっている。研究面では、ブラックホールや星の生成などの謎も解き明かされてきた。東京理科大学の最新研究を紹介するシリーズ、今回のテーマは「宇宙」。日本人初の女性宇宙飛行士である向井千秋・特任副学長、理科大発ベンチャーでスペースプレーンを開発する米本浩一教授(理工学部機械工学科)、X線天文学で宇宙の姿に迫る松下恭子教授(理学部第一部物理学科)が、理科大が目指すフロンティアについて語り合った。

宇宙を飛んだからこその驚き

――向井先生は1994年と1998年の二度にわたり、宇宙に行かれました。そのときの感動はどのようなものでしたか

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特任副学長
向井 千秋

向井 多くの人に、「宇宙から地球を見たらどうでしたか」というような質問をされるのですが、もちろん感激はありましたが、本当に驚いたのは、地球に帰ってきた時なんです。私たちって、ものすごくパワフルな力で地球の中心に引き付けられているんだな、と。地球の環境を当たり前だと思っていましたが、重力がない環境に身をおいてみると、地球のほうが特殊だということが実感として分かったんです。このことに宇宙を飛ばずに気づいた天才はすごいなあと。ニュートンは、きっと落ちたリンゴなんか見ていなかった。自分の足元に広がっている大きな地球とリンゴの間に引き付け合っている力がある、それが見えたんだと思います。

地球は、物が落ち、風が吹く、“重力文化圏”だったのだと、それは、宇宙を飛んだからこその驚きだったんです。高校時代に物理で勉強して頭では分かっていたつもりでしたが、宇宙から帰ってきて実感できたという。そして、改めて地球は生命をはぐくむ、まさにダイバーシティ、すごい星なんだと感じましたね。

米本 私も向井先生のような宇宙人になりたいなあ(笑)。

――米本先生はどのようなきっかけで宇宙の研究に携わるようになったのですか

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理工学部機械工学科 教授
米本 浩一

米本 私はもともと大学人ではなく、航空機器メーカーでエンジニアとして民間航空機の開発に携わっていて、国産旅客機YS-11の後継機をボーイングと共同で開発するプロジェクトに参加していました。30年ほど前になりますが、突然、会社から「宇宙をやらないか」といわれたんです。文部省の宇宙科学研究所(当時)に、しばらく行ってみないか、と。

1981年に翼の付いたスペースシャトルが飛びましたが、それ以来、世界中で宇宙には飛行機に乗るようにもっと簡単に行けるんじゃないか、というような議論が起こって、スペースプレーン(宇宙飛行機)の開発競争が始まりました。国の機関などで研究開発が進められましたが、当時の技術レベルでは実現は無理という結論になりました。いまは大学発ベンチャーの形で宇宙との境目と定義されている高度100kmを越えて再び戻ってくるサブオービタルスペースプレーンの開発をしています。

「だれでも気軽に行ける宇宙」になる

米本 人類の生存圏は、地球を取り巻く低軌道から、やがて月や火星へと拡大していく。だからそういう乗り物を作らないといけない。宇宙飛行士じゃない人でも気軽に行ける、そんな「みんなが行ける宇宙」にしたい。私も向井先生のように宇宙に行った話をしてみたいですね(笑)。

向井 自分のロケットに乗って行ったら最高じゃないですか。確かにスペースシャトルを見ると、飛行機の延長でもおかしくないですよね。 

米本 ロケットは、もともとは大陸間弾道ミサイルだったんですよ。米ソの宇宙開発競争のなかで、簡単に宇宙に行くためには、巨大な推力で加速する必要があります。そこで手っ取り早く大陸間弾道ミサイルから生まれたのが今のロケットというわけです。本来だったら違った形だったかもしれない。その開発の歴史からなかなか逃れられなかったんです。 

地球には重力場があって、大気がある。だから鳥が飛ぶし、100年余りで飛行機がこんなに発達しました。みなさんが簡単にアメリカへ行ったりヨーロッパに行ったりできるでしょう、その延長上に宇宙があるのが本来の姿かなと思います。

宇宙と地球はわずか1気圧の差しかありません。海中に1000メートル潜ったら約100気圧です。潜水艦に穴が開いたとして、とても水を押さえられませんよね。宇宙船なら空気が漏れたとしても、穴が小さければ指で押さえることができる。問題は、宇宙が遠いことですが、行くことができれば滞在はそれほど大変なことではないんじゃないかと思います。

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――理科大には 「スペース・コロニー研究センター」があり、人間が宇宙で長期間滞在するための研究も進んでいますね

向井 学部・学科を横断し、それぞれの専門分野の研究を結集して、宇宙に滞在するために必要な技術を蓄積していくのが目的です。月面に基地を建設すること自体が目的ではなく、例えば地球の循環型社会の実現に還元していくなど、宇宙をモデルケースとして社会を支えるような研究ができればと考えています。

松下 私の立場からいいますと、スペース・コロニーに望遠鏡があるといいですね。宇宙の観測にとって地球の大気は邪魔なんです。特に私の分野であるX線天文学は、宇宙からのX線が大気に吸収されてしまうので人工衛星でないと観測できません。でも、人工衛星だと壊れた時に直せないので、月に望遠鏡を置けたら理想的ですね。 

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理学部第一部 物理学科 教授
松下 恭子

――X線天文学は、どのような学問なのでしょうか

松下 温度が高い物質は光を出しています。「温度」を物理的に説明すると、粒子一個一個のエネルギーなんです。ある温度のものは、自分のエネルギーと同じくらいの光を出します。温度が低いものはエネルギーの低い光を出し、温度が高いものがエネルギーの高い光を出します。表面温度が6000度の太陽は、可視光線を出していますので、人類もそれに合わせて進化しました。地球は赤外線を出しています。宇宙のX線は数千万から数億度といった非常に高いエネルギーの光です。これを解析することで、ブラックホールや銀河などを読み解くことができ、宇宙の成り立ちなども解明できると期待されています。 

ブラックホールの秘密が分かる日も

――最近、国際研究チームが初めてブラックホールの撮影に成功したことが大きな話題になりました

松下 物理学の立場からは、ブラックホールが本当に存在し、一般相対性理論的効果が正しいことが証明されたのが大きかったと思います。天文学的には、太陽質量の30倍から50倍という中途半端な大きさのブラックホールがあったというのが、一番の驚きでした。 

向井 質量が重いブラックホールと軽いブラックホールがあるのですか。

松下 X線でみると、天の川にはブラックホールと推測されるものがいくつかあります。それらはみな太陽質量の10倍ほどでした。一方で、天の川の真ん中にある巨大ブラックホールは太陽質量の200万倍とみられています。そのギャップをどう考えるのか活発に議論されてきましたが、今回、その中間の大きさのものが見つかったことで、ブラックホールの研究が大きく進むものと思われます。

X線の観測によって興味深いことも分かってきました。ブラックホールはものを吸い込むだけでなくて、なにか噴き出しているんです。ブラックホールは重力源なので、ほとんどのものが吸い込まれるのですが、ごく一部がブラックホールの外に飛び出すというか、跳ね返されています。このことによって、ブラックホール自体がエネルギー源となって、宇宙の進化に影響を及ぼしているのではということも研究されています。

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――興味をかきたてられます。理科大には、宇宙を学ぶチャンスがいろいろ用意されていますね

向井 理科大の学生だけでなく、他大学生や高校生も公募する「宇宙教育プログラム」があります。将来、研究者や技術者など各界で活躍する人たちを育成するのが目的で、いわば課外授業の宇宙版。土日を中心に一年間のハードなプログラムですが、無重力の体験ができたり、NASAの人の英語による授業があったり、ハヤブサ2のミッションコントロールセンターを見学したり、とてもいい経験ができますよ。

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米本 理工学部には 「宇宙理工学コース」が設置されています。学科を超えて宇宙の研究をしていく横断的なコースです。宇宙開発は、電気、物質、機械……などいろいろな分野を理解して挑まないといけない。総合的にそして実践的に学んでいきます。 

松下 私が宇宙に興味を持ったのは、高校生の時に講談社ブルーバックスのシリーズや、雑誌の「Newton」を読んで、おもしろそうだなあ、勉強したいなあと思ったのがきっかけです。理科大は、興味がある学生が集まっていますので、居心地がいいと思います。なんでも楽しんでもらえれば、うれしいです。 

米本 一緒に宇宙をめざしましょう。そして、よき宇宙人になりましょう。