東京理科大学は1881(明治14)年、東大を卒業して間もない21人の若き理学士たちが「理学の普及」を目指して創立した「東京物理学講習所」を起源とする。その後、戦後の大きな社会の変化と科学技術の発展とともに、理工系総合大学として成長した。そして、2021年には140周年を迎える。

日本の科学技術を支える人材を数多く輩出してきた東京理科大学は、2019年3月、産学連携によるイノベーション創出と地方創生・地域活性化を通じた社会課題の解決を目的に第一生命保険株式会社と包括連携協定を結んだ。これからの未来に向け、大学はどのような挑戦をしていくのか。これからどんなテクノロジーや人材が求められていくのか。松本洋一郎学長と、経団連副会長/教育・大学改革推進委員長である第一生命ホールディングス代表取締役会長 兼 第一生命保険の渡邉光一郎・代表取締役会長が語り合った。

未来からの〝バックキャスト型〟改革

――東京理科大学は2025年度の完成を目指し、学部・学科の再編とキャンパスの再配置を進めることを公表しました。なぜ、いま、このような改革を行うのでしょうか

松本 近年、本格的なグローバル化時代が到来し、データサイエンスやIoT、AIなどの発展による技術革新の高度化・複雑化によって産業構造は大きく変化しています。専門分野だけでなく、さまざまな分野を横断的に融合し協調しながら新たな課題解決策を見いだし、より高度な科学技術イノベーションを創出できる人材が必要になってきています。いかに社会の変化に対応した教育と研究を行い、社会に貢献していくかが問われています。

本学では社会で注目を集めている「データサイエンス」と「QOL」、そして、これまでも重点的に取り組んできた「ウォーター・サイエンス」と「防災」、「宇宙」にさらに力を入れていきます。これらは未来社会を見据えた時に必要となってくる領域です。

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東京理科大学学長 松本 洋一郎

1972年、東京大学工学部機械工学科卒業。1977年、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。2009年、東京大学理事・副学長。2015年、理化学研究所理事を経て2018年に第10代学長に就任。

――どのような学部・学科再編を予定しているのでしょうか

松本 まだ計画段階ではありますが経営学部、基礎工学部、理工学部の3学部の改編を計画しています細かい説明は省きますが、経営学部には、21年に新たに「国際デザイン経営学科」を設置し、1年次教育を全寮制である北海道・長万部キャンパスで行う予定です。また基礎工学部は、21年に学部名称を「先進工学部」とし、23年には、5学科体制で先進・融合領域で新たな価値を創造することを目指しています。理工学部は、学際的かつ横断的な教育・研究を推進する学部としての位置付けを明確にするため23年に「創域理工学部」と名称変更する予定です。

これらのプロセスは監督官庁など関係各位との調整のなかで実現するものと認識しています。いずれにしても、大学は「社会の公器」であることが最重要であると考えております。

 学部・学科再編の計画詳細
学部・学科再編の計画詳細(クリックで拡大します)

――他大学と比べても、かなり大規模な改革です。「いかに社会に貢献するか」というお話がありましたが、渡邉会長、産業界ではどうごらんになっていますか

渡邉 あるべき未来の姿を考え、そこから逆算し必要な教育を考える「バックキャスト型」の視点での改革だと感じました。東京理科大学は「自然・人間・社会とこれらの調和的発展のための科学と技術の創造」を理念として掲げています。これは国連が提唱する、持続可能で多様性と包摂性のある社会を実現することを目指したSDGs(※1)の理念に重なるものです。現在日本では、政府と産業界が一緒になってデジタル革新をベースに、多様な人々の「想像力」と「創造力」を合わせて社会課題を解決し、価値を創造する社会、いわゆる「Society 5.0」を進め、SDGsの理念を実現しようとしています。そうした流れと東京理科大学が進もうとしている方向性が重なるのは、とても心強いことですね。

(※1)SDGs(エスディージーズ) 持続可能な開発目標。国連が2015年に決め、2030年までに貧困の解消、気候変動を止めるために行動すること、ジェンダー平等の実現、働きがいと経済成長など、17分野の目標が掲げられ、世界中すべての国での実現を目指している。

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第一生命ホールディングス 代表取締役会長 兼 第一生命保険 代表取締役会長 渡邉光一郎

経団連副会長/教育・大学改革推進委員長、文部科学省中央教育審議会会長。1976年東北大学経済学部卒業、第一生命保険入社。2010年第一生命保険社長、2016年第一生命ホールディングス社長、2017年より第一生命ホールディングス会長兼第一生命保険会長(現職)。

社会に溶け込んだ大学に

松本 初代学長の本多光太郎は、「学問のあるところに技術育つ、技術のあるところに産業は発展する。産業は学問の道場である」と言っています。世の中で何が起きているのか、社会は何を求めているのかというのを、基礎研究者であっても、いつも考えながら進めねばならないと。社会が極めて複雑化した今の時代は、他機関との連携必要です。国の研究開発法人や企業、医療機関、大学など、さまざまな人たちと協力、連携、融合し、社会に溶け込んだ大学となりたい。そこから大学の大きなビジネスモデルをつくっていきたいと考えています。

渡邉 日本の大学の研究には素晴らしいものがたくさんあり、世界的に高く評価されています。残念ながら、日本では産学連携が十分ではなかったため、うまく芽を出せていなかったのではないでしょうか。海外ではスタートアップ投資が盛んで大学発ベンチャーなどが非常に活発に活動しています。産業界にとっても、国内の有望な研究をどう実用化できるまで育てていくかということは喫緊の課題です。

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――日本で産学の連携が立ち遅れてしまったのはなぜでしょうか

渡邉 長らく大学と企業の接点は「就職活動」が主でした。また、多くの学生は学生時代を謳歌し、会社に就職してから必死で勉強するという経験をしてきたのではないかと思います。しかし、グローバル競争のなかでは、それでは太刀打ちできません。企業と大学は、教育という側面でも協同して人材を育てていかなければなりません。会社に入った人が再び大学で学び直すという「リカレント教育」も大切な視点だと思います。企業と大学が多様で多軸的な関係を築いていけば、グローバル競争で戦える人材の育成を実現できるのではないかと考えています。

松本 日本の大学は、高校卒業してすぐの若者が入学者のほとんどを占めていますが、本学は物理学校時代、社会人をたくさん受け入れていました。その歴史にならって、社会人を含む多様な人たちが、学べるようなシステムを作り、社会に溶け込んだ大学にしていきたいと思っています

イノベーションは「新結合」ですから、異なるものを結び付けていく、広い視野を持つ人材を育成することが大切だと思います。研究者も、他大学、企業、研究開発法人など、いろいろな場を行き来するようにする。人の循環をうまくつくっていくことも、日本の学術の将来にとって非常に重要です。

多様性のなかからイノベーションは生まれる

――第一生命はアジア・オセアニア諸国への出資やM&Aなど、積極的に海外展開を進めています。今の日本に国際化はなぜ必要なのでしょうか

渡邉 90年代までは、世界の保険会社のトップ10にいくつもの会社が入る程、日本の生保は大きな力を持っていました。しかし長引くデフレ構造のなかで、業界全体が力を失っていきました。新たな展開、新たな成長を作り出さなくてはならないなか、第一生命は10年ほど前から海外展開を始め、今では海外7カ国に進出しています。海外のグループ会社から学ぶことは非常に多くあります。例えば、米国のグループ会社では、保険契約の部分買収という日本にはないスキームをひとつの事業にしています。オーストラリアではマーケティング手法が極めて優れたグループ会社が活躍しています。海外に目を向けると、日本にはない優れた点がたくさんありますから、この多様性から学ばないと国際競争には勝てないと思います。私は、海外グループ会社のCEOや従業員には「共に尊重し(Respecting each other)、共に学びあい(Learning from each other)、共に成長する(Growing together)」と言い続けてきました。

松本 学問の世界も同じで、さまざまな価値観や文化・慣習を持った人々互いを尊重し、学び合う精神が必要です。そのためには世界の教育・研究機関のコミュニティーとつながらなくてはならない。海外の大学と交流をより一層推進することや、学生の国際交流や国際学会への参加も推進したい。海外からの留学生に選んでもらうためには、海外の大学ランキングも意識する必要があります。大きなネットワーク・オブ・ネットワークスのなかで大学が社会に染み出していって、自らも発展するし、周りに影響を与えていく。ウィン・ウィンの循環になる――そういう方向に発展していきたいですね。

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――未来を生きる若い人たちに必要なことは

渡邉 いま、社会的に求められている「リテラシー」は大きく変わってきています。読み・書き・そろばんに相当する基礎的リテラシーには、「数理的推論力」「データ分析力」が新たに加わってきています。前出の「Society 5.0」の時代はデータが基盤となるので、何かを発想し新たなものをつくろうとすると、数理的推論力とデータ分析力を基本として持っていないといけない時代になります。そのうえで、課題発見・解決力や未来社会の構想・設計力、規範的判断力などを発揮することが必要になります。

松本 数理的推論力、データ分析といった能力が高いレベルで求められる分野のひとつがデータサイエンスです。本学では今年度から、学部生を対象としたデータサイエンスに関する知識・技術を習得できるプログラムを実施しています。本学を卒業した学生なら、アルゴリズムは理解しており、プログラムをさっと書ける、そういうふうになるはずです。

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渡邉 これからの多様な世界で生きる若い人には、ぜひ、自分自身の個性、強みを磨き上げてほしいと思います。多様な仲間たちと、互いの個性を尊重し、成長していってほしいですね。変化は摩擦を生み、摩擦は進歩を生む。個人も組織も同じですが、矛盾にぶつかった時に、変えていくのは非常にエネルギーがいることです。すり減ることもあるかもしれない。しかし乗り越えると大きな進歩がある。イノベーションはそこから生まれるのです。

松本 いま、東京理科大学は、社会の多様な変化のなかで、さまざまなニーズに応えられるよう大きく成長していこうとしています。未来の日本を支える人材を育てていくということにはっきりと照準をおいて練られた教育システムを用意していますここで学んだ人には真の実力が身につくはずです。また、若い人たちだけでなく、新たな挑戦をしたいという意欲のある社会人の方々にも、ぜひ本学に学びに来ていただきたい。世代も価値観も異なる学生が集うことによって、お互いにとって良い刺激になることと思います。良い環境に置かれた学生は、環境に合った人間に育つ。東京理科大学は、そういう環境を提供します。