2020年を迎え、子ども達は21世紀に生まれ、社会に巣立っていく。グローバリゼーションの進展と情報技術の革新にともない、論理的に思考し表現する力や英語4技能を駆使してコミュニケーションできる力を育成することが政策課題として掲げられている。
これからの時代に求められる力を養う学びとはなにか。東西のトップ校である灘と開成の両校長と中学・高校・大学受験の指導を行うSAPIX YOZEMI GROUP共同代表・髙宮敏郎さんが、変革期の日本の教育について語り合った。
髙宮 両先生の学校は、いわゆる“大学入試のための勉強”ばかりをしているのではなく、運動会や文化祭などの学内行事にも熱心で、2020年度から始まる高大接続改革に対して、どんと構えている印象があります。開成・灘の教育の強みを教えてください。
柳沢 開成が目指すのは、校名の由来となった「開物成務」。物を開いて務めを成す、つまり一人ひとりの素質を花開かせて一人前にする。そのゴールは創立当初から変わらず、入試のための教育ではないのです。登山口(時代)は違えど、目指すべき山頂(ゴール)は一緒。ただし、今回の教育改革に則した対策もしていますよ。外部の英語民間試験を中3生と高1生に受けさせるという変化がありました。
和田 灘では、教員が持ちあがりで同じ学年を見るので、生徒の理解度に合わせて何をいつ教えるかを整理でき、所々で通常のカリキュラムと違うことも盛り込めます。その中で、外部の英語民間試験を使う学年もあります。生徒が生活面でも一番変化する6年間を、同じグループで見守ることができることが大きい。
髙宮 6年間一貫教育の中で、そういう判断を学年ごとにできると、学習効率も向上し、生徒の微妙な変化にも気づきやすいですね。
柳沢 そう。教える側も、新しく赴任して中学1年から6年間を受け持つと、生徒の変化を体験して教員自身が成長するんです。灘ほどではありませんが、開成にも持ち上がりはあります。保健体育や美術の先生の方が、生徒の変化に気づきやすいこともあります。
髙宮 新しい学習指導要領がスタートしますが、それについてどうお考えですか。
和田 精神はいいと思います。でもそれを実現するための方法がまだまだです。教員が前に立って知識を与える、という従前からの日本のスタイルでは、競争の激しい国際社会を耐え抜くことができないでしょう。
髙宮 欧米の大学のように、教員も生徒も同列になって意見を出し合い「答えはひとつではない」と学ぶことが必要なんですね。
柳沢 これからの社会には、ゼネラリストではなく、「私はこれができる」という個性を持った人材が必要だと思います。そのためには、教える教員も自由でなければならない。枠にはまらず、教材も教え方も自分で工夫することで、生徒一人一人の知的好奇心を満たすことができると思います。
和田 一番厳しい評価者は生徒ですからね。本校でも教員の自主性を最大限尊重しています。また、先輩から後輩へ、あるいは同級生間で教え合うピアラーニングも重要でしょう。部活がそうですよね。数学オリンピックを目指す数研では、教員が教えないようなことも上級生がレクチャーして、灘では伝統になっています。
髙宮 両校は、さまざまな分野でご活躍の卒業生がいるので、そうしたつながりから在校生が得られる学びも強みですね。
柳沢 数学でもほかのことでも、その生徒の尖った部分を伸ばせば、世界を目指せるんです。部活は授業には収まらない「吹きこぼし」の生徒が自分の好きな道を追求できる「取り出し授業」とも言えるでしょう。高校生は教える側に立つと、とたんに大人になります。
髙宮 吹きこぼしといえば、海外の大学に進学する生徒も増えているとか。
和田 自分でいろいろ調べ、大人に話を聞きに行き、直接海外に進学する子もいます。でも私は、必ずしも高校を卒業してすぐ海外に行くのがベストな選択肢とは限らず、力をしっかりと蓄えてからでもチャンスはあると思っています。
柳沢 世界の大学は才能の取り合いです。選択肢は広がっていますね。また、海外大学で教えていた経験から、リベラルアーツ教育を受けた子には、知識の積み上げが感じられます。会話の中身が変わってくるのです。しかし海外は教育費が高額です。国で現代版「遣唐使」をやって、海外進学の門戸を開いてくれればいいなと考えているんですが…。
髙宮 時代による教育の変化で見逃せないのが、SNSやスマホなどの新しいテクノロジーと教育のかかわりです。両校ではどうお考えですか。
柳沢 起床や勉強時間など、自分で生活をコントロールできないうちは、自由に使いすぎるのは良くないでしょう。また、短い仲間同士のメッセージに慣れすぎると、社会に出た時、自分とは異なるバックグラウンドの相手にきちんとした文章が書けないのではないかと気になります。そういう意味でも大学入試で記述式問題を課す動きは、狙いとしては必然なんですね。リテラシーについては、インターネットは〝外〟の世界ですから、むやみにアップロードすることの危険性も厳しく伝えていかなければなりません。
和田 本校ではスマホの持ち込みは禁止していません。むしろ正しい使い方を繰り返し教える。それも自主的に自立心を持って生活することの一部ですから。
柳沢 ITで知識は得られますが、社会性を身につけるのは学校。集団の中で自分がどう行動するか、実体験で学ぶ場が必要です。医師だってコメディカルスタッフをチームとして運営できなければ人の命は救えません。
和田 おなかを押さえている患者さんの方も見ないで、モニターを向いたまま「今日はどうしました?」という医者では適性があるとは言えませんしね。
髙宮 どんなに優秀でも、一人の超越した存在だけではやっていけない。そのことを学校生活で身につけていくんですね。
和田 人口減の社会においても、人との触れ合いは残していかなければならないと思います。これからの未来を支えていくのは、AIに仕事を奪われるのではなく、有用な情報と機器を活用する人材。自分の興味を深く追求し、好きなことを社会に生かしてほしいですね。
柳沢 今の小学生は、50年後を迎える頃、夢のようなことが実現しているかもしれないうらやましい世代です。夢に向かって努力することが重要でしょう。
髙宮 中学・高校に入るといろいろな人やものに出会えます。科学にも社会にも関心を持って、基礎的なことを身につけることで世界は広がる。塾としては、これからもそのお手伝いをしていきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。