男女共学化、施設の拡充、大阪医科大学・大阪薬科大学との連携強化。ここ数年大きな話題が続く高槻中学校・高等学校だが、その意図するところは時代に合わせて学校の姿を変えることでなく、むしろ本来の持ち味を深め、強化することにあるという。対話した鈴木顕編集長も驚いた、同校の徹底した「本物ぶり」とは。

「しんどさ」が育む変化の時代を生きる力

鈴木 近年、高槻中高は学校としてさまざまな変化が続いています。共学化がスタートして3年目になりますか。

工藤 そうですね、今年度、中学は1年から3年生までの共学化が完了しました。高校はまだ男子だけですが、学校の雰囲気はずいぶん変わってきたと思います。やはり女性はしっかりしているので、男子に対してはお母さんのように接してくれているようです(笑)。

鈴木 特に中学生ぐらいだと女子のほうが大人ですよね(笑)。そもそもなぜ共学化に踏み切ったのですか。

工藤 2014年に高槻高校と大阪医科大学が法人合併し、その2年後には大阪薬科大学とも合併しました。この2大学は共学ですので、中高も共学化するというのは自然の流れでした。もうひとつ、この北摂エリアには学習意欲の旺盛な女子を受け入れる中学があまり多くないため、本校がその受け皿になれたらという思いもあります。

鈴木 同一法人になったことで、高大連携はいっそう進んでいますか。

工藤 そうですね、一例として「大阪医科大学基礎医学講座」があります。これは高校1年生を対象に、「生理学」「病理学」「法医学」「公衆衛生学」など医学部の学びを概観する講座を年8回開講するもので、修了者には大阪医科大学の学長名で修了証が授与されます。

鈴木 医学部に入学したあと何を勉強すれば医者になれるかというのは、高校生にはなかなかイメージできない部分です。これはその隙間を埋めるものとして面白い取り組みですね。

工藤 生徒には、単に勉強がよくできるから医学部へ進むのでなく、医療とは何か、医者という仕事が自分に務まるかをしっかり考えてほしいんです。昨年からは同様の「大阪薬科大学基礎薬学講座」もスタートしました。どちらも大学受験には直接必要なものではありませんが、私たちはそうした「まわり道」や「しんどいこと」をたくさん経験させたいと思っています。長い目で見た時、そうした経験から得たものが、変化の激しい時代を生きる力になると考えるからです。

大学入試改革に左右されない学びの本道

鈴木 そうした「まわり道」の例は他にもありますか。

工藤 本校は文科省のSGH(スーパーグローバルハイスクール)とSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に指定されていますので、課題探究型の授業があります。個人またはグループで課題を決め、文献を調べ、実験をし、フィールドワークに出かけ、国内外の専門家にインタビューする。そうした活動の中では壁にぶつかることもありますが、本物にふれる体験には、バーチャルでは得難い多くの学びがあります。

鈴木 普段会わない人に会う、自分よりずっと大人の人たちの話を聞くというだけでも、高校生にとっては視野を開かれる体験になりますね。

工藤 時には「そんなことも知らんのか」と怒られるぐらいでもいいと思っています(笑)。最近は同じ法人の中だけでなく、京都大学のグローバルヘルス学際融合ユニットとの高大連携も進んでいます。外国人の若手研究者を招いて講演をしてもらうのですが、終わった後の質疑応答で、自分の探究課題に関連した質問をする生徒もいます。

鈴木 ということは、生徒たちにはかなり高度な英語力も必要ですね。

工藤 中学生は「今日の○○出身の先生の英語はよくわからん」なんていっていることもありますが(笑)。ただ最初のうちは、英語にもいろんな「なまり」や話者ごとの違いがあると知るだけでもいいんです。それによって、英語というのはアメリカとイギリスの人たちだけの言葉ではなく、国際共通語なんだと実感することができる。一方で、高校生が英語で鋭い質問をする姿を、中学生が憧れの目で見ていることもあります。

鈴木 先ほどから「まわり道」とおっしゃいますが、子どもの好奇心を刺激する機会を多く与え、自ら成長したいと思わせるこういうやり方のほうが、むしろ学びとしては本道のような気がします。

工藤 大学入試が変わるというので、保護者の中には気がかりでならない人もいるかもしれませんが、本校ではことさら何かを変える必要があるとは考えていません。形式に慣れるための準備はしますが、学びの本道、真ん中のところをおさえておけば、試験がどう変わろうと慌てる必要はないというのが基本的スタンスです。

卒業生の人的資源の豊かさが一番の財産

鈴木 高槻中高では、英語は何かに使うための「ツール」であって、単なる会話力以上のものを身につけさせているんですね。

工藤 確かに、LSHTM(ロンドン大学衛生熱帯医学大学院)のピーター・ピオット学長のような著名な先生を招いて生徒たちのプレゼンを見ていただいたり、アメリカのスタンフォード大学と提携したオンライン講座を開講したりしていますので、日常会話レベル以上の力がないと難しいかもしれません。

鈴木 オンライン講座とはどういうものですか。

工藤 日本時間の土曜日午後1時から、スタンフォードの先生が本校のためだけに行う特別授業をライブ中継で受講するもので、年8回開講しています。本校には、GA(Global Advanced)コース、GS(Global Science)コース、GL(Global Leader)コースという三つのコースがありますが、この講座には全コースの生徒が参加可能です。受講後には授業の内容に即した課題が与えられ、その評価も向こうの先生にお願いしています。8回を終えて出席と課題の評価がトータル70%以上であれば、本校とスタンフォードの連名で修了証が与えられます。

鈴木 そもそも、スタンフォードとの提携や先ほどのピオット先生を招く事業は、何がきっかけで実現したのですか。

工藤 最初はすべて卒業生です。国際機関職員や大学教員として働いている卒業生が、母校がグローバル教育に力を入れているというので話をつないでくれたり、人を紹介したりしてくれたことから始まりました。

鈴木 後輩たちに質の高い教育を受けさせるために、卒業生が親身に考えてくれるというのが素晴らしいですね。

工藤 しかもまったくの損得抜きですから、ありがたいことだと思っています。卒業生の人的資源の豊かさが、この学校のいちばんの財産かもしれません。私たちが生徒に本物の機会を多く与えられるのは、卒業生の支えに負うところも大きいと思います。

アナログのコミュニケーションの大切さ

鈴木 留学や海外研修のプログラムはありますか。

工藤 夏休みに教職員の引率で、中3がボストン、高1と高2が英国のオックスフォードもしくはケンブリッジに出かけます。中3の3学期に約70日間のカナダ、アメリカへのターム留学プログラムもあります。私たち教職員が受ける刺激も多く、そのなかで私が気付いたのが「図書館」でした。世界的な大学は、どこも図書館が非常に充実しているんです。

鈴木 高槻中高は、昨年9月にオープンした新しい図書館がずいぶん話題となっていますが、最初の発想はそこにあったんですね。

工藤 そうです、世界最古の大学図書館といわれるオックスフォードのボドリアン図書館を参考にしています。「学びの森=アカデミックフォレスト」がコンセプトで、生徒には森をさまようようにここで知的な旅をし、多様な出会いをしてほしいと願っています。ラーニングコモンズ(ICTを使った調べ学習や協働学習ができるスペース)も設けているので、調べる・話し合う・発表するという一連の学びがここだけで完結するようになっています。個人的には、『ハリー・ポッター』の魔法学校の図書館をイメージしているんです(笑)。生徒たちにはここで本の魔法にかかってほしい。ICTを使いこなせることも大切ですが、紙の本に手でふれるからこそ伝わるものは絶対にあって、それは残していきたいと思っています。

鈴木 私たち紙の本をずっと作ってきた人間にはよく分かる話です。モニターのドットで表示される文字や図版と、本物の紙に印刷されたものではそこから得られるものが決定的に違うと私も思っています。しかし、本物にふれることは確かに大切ですが、高槻中高の場合はその「本物ぶり」が徹底していますね。

工藤 技術がどれだけ進歩しても、結局のところ社会は人と人とでできていますから、最後はアナログのコミュニケーション、ひざ詰めでわかり合うことしかないんです。その力を育てるために、私たちにできることはすべてやりたいと思っています。

鈴木 今日は大学合格実績といった話がまったく出てきませんでしたが(笑)、それも大切に違いないでしょうが、それだけでなくこの学校が大切にしているものが何かよくわかりました。興味深いお話をありがとうございました

※同校の詳細な大学合格実績は学校ホームページで公開されています。

高槻中学校・高等学校
工藤 剛 校長

くどう・つよし/1966年生まれ。関西学院大学大学院法学研究科博士課程前期課程修了。1996年母校・高槻中学校・高等学校英語科教諭。2013年同校教頭、16年同副校長を経て、18年から校長(第7代、同窓生では初)。