ボーディングスクールではなぜ生徒たちを演劇に取り組ませるのか。名門校ではなぜ一見学習とは無関係な体験を生徒たちにさせるのか。そしてSAPIX はなぜ教室での集団授業を今も続けるのか。「身体性」をキーワードに、子どもの学びに大切なものを聞いた。
欧米のボーディングスクールや、国内でもアメリカンスクール、インターナショナルスクールなどを見ていると、学びのなかで演劇やステージパフォーマンス、あるいは人前で何かを発表するという体験を重視していることが多いようです。そして子どもたちは、小さな頃からそのための訓練をたくさん積んでいます。つまりこうした学校では、学びの「身体性」というものについて非常に意識的だということです。
勉強は頭を使ってするものだと、みなさんは考えるかもしれません。しかし子どもの学びを長年見てきた私たちにとっては、身体性を重視するという考え方は非常に納得できるものがあります。たとえば子どもが授業を受けて、これまで知らなかったことをひとつ覚えて帰ってきたとします。しかしそれは、目で見た文字と、耳で聞いた先生の解説だけで理解したとは限りません。人間は五感を使って生きています。教室の仲間たちの戸惑い。ざわめき。それがある瞬間に、「そうかなるほど!」に変わった瞬間の空気。そうしたすべてを肌で感じ、体で受け取ったことが子どもの「わかった」につながっている可能性は、実はとても高いんです。
名門校の話をうかがっていると、「体験」の重要性を語る先生方が多いことに気付きます。鎌倉幕府は敵が攻めて来にくいように町を作った、という知識だけなら歴史のテストが終わった瞬間に記憶の彼方に消えてしまうかもしれませんが、実際に今の鎌倉を訪れ、険しい山道や細くて曲がりくねった道が多いことを体感すれば、それは二度と忘れないでしょう。鎌倉を訪れたという体験が知識を裏打ちし、その町並みを築いた人たちの思いをリアルに思い浮かべられるようになる。イマジネーションというのは、リアリティを知っていることから生まれてきます。
私たちSAPIXが教室での集団授業を大切にしているのは、家でテキストを読んだりネット学習をしたりするだけでは決して得られないものをたくさん受け取ってほしいからです。もちろん教室は自宅ほど快適ではありません。間違ったら笑われるかもしれない。自分の意見にみんなが反対するかもしれない。早く答えろよというプレッシャーを感じるかもしれない。しかしそうした不安や怖さを超えた先に得られる理解の喜びは、教室以外では味わえません。
ビジネスの世界では、効率化のためには「個別最適化」が必要だといわれますが、こと教育に関しては、「個別最適化」がすべてではないというのが私の考えです。先ほどの教室の例のように、子どもがせっかく自信を持って答えても、誰かが反対意見を述べるかもしれない。しかしそれだからこそ、この人はどうしてそう考えるのかと想像し、考えが深まり、よりわかりやすく説明しようと工夫もする。そうした多様な意見に触れ合う体験が学びでは大切です。
もしも入試の点数が同じ子どもが2人いて、一方はそうした体験をしている、もう一方はしていないとしたら、その後の伸びしろはきっと大きく違ってくるでしょう。受験の合格だけでなく、その先で子どもがさらに伸びることを願うなら、本物を体験させるとはどういうことか、もっと意識的であるべきではないでしょうか。(談)
SAPIX YOZEMI GROUP
髙宮敏郎 共同代表
たかみや・としろう/1974年生まれ。97年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入社。2000年4月、学校法人高宮学園に入職。同年9月から米国ペンシルベニア大学で大学経営学の博士号を取得。04年12月帰国後、同学園の財務統括責任者として従事し、09年から現職。