当時最新の学問であった仏教の教えを広めることで、人々の救済と国の安寧を願った聖徳太子の思いを今に受け継ぐ四天王寺高等学校・四天王寺中学校。高い医歯薬系の進学率、卒業生のグローバルな活躍といった華やかなイメージの根幹にある、心の教育と本物に触れる体験の大切さとは。
自らより先に他者に尽くす「和の心」
鈴木 四天王寺中高は、お寺の境内の中にある全国的にも珍しい学校です。ルーツをたどれば聖徳太子に行き着くという歴史ある学校ですね。
稲葉 そうです。推古天皇元年に四天王寺が創建された時、太子様は「四箇院」という四つの施設を作りました。このうち「敬田院」は、僧侶に仏教の教えを与えるための教育機関です。初めに仏教というものを深く理解した人を育て、その人たちが各地に教えを広めることで、国が安らかに治まると太子様は考えたのだと思います。また、「施薬院」と「療病院」は現在でいう薬局や病院、「悲田院」は福祉施設のような役割です。
鈴木 学校としての始まりは、旧制の高等女学校ですね。
稲葉 太子様の没後1300年にあたる1922(大正11)年、敬田院の精神を具現化した学校を作ろうと、当時の吉田源應大僧正が私財をなげうち設立したのが、本校の前身である天王寺高等女学校です。
鈴木 その時代に女子だけの学校というのは、かなり先進的だったのではないですか。
稲葉 そう思います。理由はいくつか考えられますが、最も大きいのは「弱い人に寄り添う」という考えが仏教の根本にあることではないでしょうか。今よりもっと女性の立場が弱かった時代、その地位向上につながる学校を作ることは、当時の人たちにとって自然な選択だったのだろうと思います。
鈴木 現在はどのように仏教教育を行っていますか。
稲葉 中1から高3まで仏教の授業が週1時間、その他に仏教関係者を招いた講演なども行っています。また、校門を入ると慈母観音像があり、行き帰りにはそこで必ず一礼することを義務付けています。今日も良い1日が過ごせるようにと頭を下げ、無事に終えたことに感謝してまた頭を下げる。日々の行動を通して仏教の精神が生徒に浸透していくようにしています。
鈴木 そういう点では、道徳教育としても機能しているようですね。
稲葉 おっしゃる通りです。仏教独特のしきたりを覚えたりすることより、人間としての行動規範や価値観を身につけることのほうがはるかに重要です。本校では朝拝(朝礼にあたる)で「和を以て貴しとなす……」で始まる学園訓を生徒全員が唱えます。和の心とは、自らのことより先に他者のために尽くすという意味で、私たちにとって最も大切な精神です。
女子には女子の特性を踏まえた教育を
鈴木 女子の教育にあたって特に重視していることや工夫していることはありますか。
稲葉 世の中では今、単性教育が見直されています。アメリカなどは特にそうです。男女平等というようなモラルの話ではなく、身体的・生理的な面でいえば性差というのはやはりあります。たとえば脳のどの部分が活発に働きやすいか、精神面でどのような部分が早く成熟するか、といったことです。それを踏まえて教育するかどうかで、成果は大きく変わります。
鈴木 四天王寺中高ではその点で十分に成果が上がっているということですか。
稲葉 そうですね、一般に女子は理数系科目に弱いイメージがありますが、本校では7割が理系進学です。他の学校の話を聞いても、女子校の生徒は共学校の女子生徒よりも理系進学率が高いようです。男子と女子では理解のプロセスが違うとの研究もあり、やはり女子には女子の特性に合わせた教育を行うべきだろうと思います。
鈴木 具体的に、女子の特性に合わせるとはどういうことですか。
稲葉 たとえば、一般的に女子は男子よりも安心や安定を重視する傾向が強く、不安を抱えたままでは前に進めないことが多いように感じます。学習においてはわからないことをその場で一つひとつ解決しながらじっくり進めるほうが、速いスピードで進めて2周、3周と繰り返すやり方よりも効果的です。
鈴木 そうした教育法は、どのようにできあがっていったものですか。
稲葉 もとは教員の経験則から生まれたものだと思いますが、最近の研究結果などを見ると、実は裏付けがあったのだと気づかされることも少なくありません。もうひとつの特長として、女子生徒の多くは真面目にコツコツ努力することを厭わないので、語学に向いているということはいえるでしょう。私も含め、男子にはひとつの公式で全部の問題を解こうというような楽をしたがるタイプも見受けられますが(笑)、語学の習得に必要なのはそうした姿勢とは真逆のものですから。
心が通い合う本物のコミュニケーション
鈴木 実際に四天王寺中高の生徒たちは、英語力もかなり高いようです。特別なカリキュラムなどありますか。
稲葉 「大学入学共通テスト」の開始に備えて、高1と高2の生徒全員にGTECを受験させるようにしています。また、春休みと夏休みに校内で開講する英語集中講座は、学年別ではなく能力別ですので、中学生が高校生に混じって受講していることもあります。さらにハードなものとしては、ハーバード大学の学生を迎えて行うアクティブラーニングの「SLICEプログラム」もあります。3日間多くの講演を聴き、議論し、自分たちもプレゼンをすることで、英語の応用力だけでなくさまざまな社会問題についての考えも深められることが特徴です。
鈴木 留学プログラムなどはありますか。
稲葉 夏休みに中3から高2までが参加する2週間のオーストラリア語学研修があります。午前は現地の語学クラスに通い、午後は向こうの生徒たちと一緒に数学や理科の授業を受けたり、博物館を見学したり、というのが主な内容です。最終日にはお世話になったホストファミリーのみなさんと抱き合って涙を流すなど、情緒面、友情を育むという面でもいい経験になっているようです。
鈴木 コミュニケーションというのは感情が通い合うことですので、そうした体験は貴重ですね。きっと机上の学習以上の語学力が身につくだろうと思います。
稲葉 そうですね。大切なのは、単に会話のスキルを磨くことでなく異文化理解につなげることですので、こうした「本物にふれる」体験を私たちはできるだけ多く与えたいと思っています。
鈴木 2020年から小学校で英語が正式な教科となります。いずれは四天王寺中学の入試にも英語を導入しますか。
稲葉 まずは小学校の授業がどのような内容になるかを見ないといけないので、私たちがすぐに何かを変えることはありません。しかし中学入試とは小学校の学習の習熟度をはかるものだという前提に立てば、そう遠くない将来に英語を入試科目に加えることはありえると思っています。
他者のために働くことを願う生徒たち
鈴木 もうひとつ、四天王寺中高について目立つのは、医歯薬系の進学率が非常に高いことです。それも今までうかがってきたような女子を伸ばす教育によるものでしょうか。
稲葉 理系進学者が多いので必然的にそうなっている面もあるでしょうが、医師というのは困っている人、弱っている人を助けることのできる職業ですので、そのことに意義を見いだしてくれているのではないかと思います。以前、医学部に進んだ卒業生が講演にきた時、こんな話をしてくれました。医学部には確かに優秀な人が多いけれど、本当にこの人が医者になれるのだろうかと疑問に思うこともある。私はここで仏教を学び、人の痛みを知ること、慈悲の心の大切さを教わった。それが今、とても役に立っています、と。私はそれを聞いてうれしくて仕方ありませんでした。もっとも、そのあとに彼女は、でも卒業するまでは気づかなかった、と付け加えていましたが(笑)。
鈴木 でも心の教育とはそういうものだと思います。若い時はどう役に立つのかわからなくても、ずっと後になって自分の生き方の指針になっていることに気付く。先生たちは責任重大ですが、だからこそやりがいもあるでしょうね。
稲葉 本当に、おっしゃる通りです。自分の得意な理系の力を生かして世の中のために働きたい、だから医学部だ、というのは、ある意味では幼い発想かもしれません。それだけで医者になれるほど甘いものでもでないでしょう。しかし、将来自分の力で誰かを助けたい、だから今は努力しよう、と素直に思うことのできる生徒たちを私は誇りに思います。
鈴木 医者というのは生身の人間と接する職業ですので、ただ成績がいいというだけでは、医学部に入ることはできてもいい医者になることはできません。先ほどお話にあった海外語学研修での温かなコミュニケーション体験など、そうした一つひとつの「本物にふれる」機会が、生徒たちにとって大いに役立っているのだろうと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
四天王寺高等学校・四天王寺中学校
稲葉 良一 校長
いなば・りょういち/1952年大阪に生まれる。早稲田大学教育学部卒業。千葉の私立女子高等学校・中学校を経て、1989年四天王寺高校・中学校に理科(物理科)教員として奉職。2016年中学校教頭を経て、17年より校長を務める。