SDGs(持続可能な開発目標)にフォーカスした探究プログラムが高く評価され、2022年に「第13回ESD大賞」(主催・NPO法人日本持続発展教育推進フォーラム)の最優秀賞を受賞した東京家政学院中学校・高等学校(東京都千代田区)。2023年度は、その取り組みをさらにアップデートしたプログラム「Tokyo SDGs Quest」をスタートさせた。中学2年生の生徒たちが奥多摩に泊まり込み、地元の人たちの悩みを聞き取り、解決策を考えるという内容だ。ねらいと効果について同校の担当教諭2人に話を聞いた。
廃校をリノベした施設に宿泊。体験しながら奥多摩を知る
「東京にこんな自然があるんだ!」
今年5月中旬、東京・奥多摩の御岳渓谷(みたけけいこく)を訪れた東京家政学院の中学2年生たちは、透き通った川の水に驚きの声をあげた。
2024年度の探究プログラム「Tokyo SDGs Quest」の舞台は、自然が豊かな東京の奥多摩。生徒たちは、廃校になった小学校をリノベーションした「泊まれる学校」に宿泊し、現地で3日間を過ごした。
それまで奥多摩に行ったことがない生徒も多かったという。初日は、ゴムボートでの川下り「ラフティング」を体験し、地域で「リバークリーン活動」に取り組む人たちとともに川周辺のゴミを拾った。
参加した生徒のひとりは「川にはいろいろなゴミが落ちていた。川周辺でキャンプしている人たちが捨てたゴミが時間を経て、川に流れてしまっているのではないかと考え、リバークリーン活動をしながら、遊びに来ている人たちにゴミを持ち帰るように呼びかけもした。現地で課題に直面し、このままではいけないと感じた」と話した。
2日目は2チームに別れて、地元の農家を訪問。ジャガイモ掘りや竹箸づくりに挑戦し、午後は茶摘み体験や鍾乳洞(しょうにゅうどう)の見学に出かけた。地元の人と作業をともにしながら、獣害や後継者不足など地域の課題を聞いたという。
最終日は高尾山に登った。高尾山はハイキングやトレッキングの名所として、外国人にも人気が出る一方、天然記念物の植物が荒らされたり、遭難者やけが人が増えたりしているという。そんな話を、生徒たちはネイチャーガイドから聞いた。
奥多摩の多様性を感じ、プログラムを通して成長を
同じ東京でも、奥多摩には、生徒の多くが暮らす23区とは異なる環境や風景がある。
プログラムの意義についてESD推進担当の川邊(かわべ)健司教諭は、「地元である東京に、自分たちの知らなかった場所があり、その地域が抱えている課題を知ること。地元のライフスタイルの多様性に気づくことが大事なのです」と力説する。
同校では、「Think Globally、 Act Locally(地球規模で考え、足元から行動する)」の理念のもと、中学1年生と2年生が共同で取り組む「ポスタビ」(ポスター+旅の意味)というプログラムを実施してきた。学校がある千代田区内の商店を取材し、そこで感じたことをSDGsの目標と重ね合わせてポスターに仕上げる。取り組みを通して、上級生である2年生が、1年生をリードする経験が積めるのもポイントだ。
2023年度にスタートした「Tokyo SDGs Quest」は、そんなプログラムの延長線から生まれた。「社会課題を『自分ごと』として考える力を養い、プログラムを通じた成長を実感してほしいのです」(川邊教諭)
プロジェクトチームが発足、現地でさらにリサーチ
奥多摩での2泊3日から帰ってきた生徒たちは、感想や興味をもったことなどをレポートにまとめ、現地の課題についてみんなで考えた。そして「獣害」「川ゴミ」「過疎」「ツーリズム」のテーマごとに、四つのプロジェクトチームを立ち上げた。
7月には、課題についてさらに掘り下げようと再び奥多摩を訪問。行政や地元の人たちにインタビューを重ねた。
ツアーを引率した学年主任の太田亜希子教諭は「青梅(おうめ)市役所の清掃局の方からは、奥多摩地域にゴミ箱を置くとかえってゴミが増えるから設置していないといった話をうかがいました。農家さんが、獣害を駆除した後、慰霊祭で動物たちを供養していることも知りました。都会から檜原(ひのはら)村に移住した方や、高尾山のことを知り尽くす高齢のツアーガイドさんなどからも貴重なお話をうかがい、生徒たちは多くの気づきを得たようです」
参加した生徒からは「授業では学校周辺の地域を調べることが多いですが、フィールドが広がり、奥多摩のことをたくさん知ることができて、良い経験ができました」という声も聞こえた。
課題を解決するには? 提案に向けてディスカッション
「獣害を抑えるために電気の柵をつくるのはお金がかかるから、自分たちで穴をほってなんとかできないかな」「観光で訪れた人たちが川ゴミのことを意識するには?どんな呼び掛けをすればいいかな」
生徒たちは今、オンラインプレゼンテーションに向けて、チームごとに課題解決のためのディスカッションを続けている。
「プレゼンの内容は生徒たちにまかせています。最終的に微調整のためのアドバイスはしますが、最初から私たちが『こうしたほうがいい』と言ったりはしません。どんな案が出てくるのか楽しみであり、どきどきもしています」(川邊教諭)
昨年の「Tokyo SDGs Quest」では、川のゴミを減らすために、ゼラチンでつくった「食べられる菓子包装」を普及させようというアイデアと、地元の高齢の男性がたった1人で植えたあじさい山を外国人向けに紹介する動画が好評だったという。
川邊教諭は、「地元の方々から『よく考えてくれたね』と感謝の言葉をいただき、生徒たちはとてもうれしそうでした。自分たちのアイデアが喜ばれたことで、生徒たちの心には着実に『自分たちの行動で社会を良くしていける』という気持ちが育まれています」と話す。
生徒の非認知スキルがアップ!学習意欲も向上
同校では、外部の教育業者のソフトを活用し、生徒の非認知スキルを定量的、定点的に観測している。同校ではSDGsにフォーカスした探究プログラムに6年ほど前から取り組んできたが、昨年度「Tokyo SDGs Quest」をスタートさせてからは、「チームを動かす力」や「人とのつきあい方」など対人能力の伸びが顕著だという。
川邊教諭はこう説明する。「興味深いのは、消極的でリーダータイプではないと思っていた生徒が、自らリーダーに手をあげることが増えたことです。このプロジェクトを通じて(目標を達成するための能力を持っていると認識する)『自己効力感』が上がり、なにごとにも前向きに挑戦しようとするマインドが醸成(じょうせい)されています」
太田教諭も続ける。「生徒たちはプログラムを通じて、人を救うには幅広い知識が必要なこと、それを横断的に組み合わせることが大事なことを体得します。日々の勉強の意味を再認識することで、学習意欲の向上にもつながっています」
与えられたテーマではなく、自らが現場で話を聞き、見つけた課題の解決案を提案する「Tokyo SDGs Quest」。社会課題を生徒たちが「自分ごと」として考えると同時に、地元の人に喜んでもらえるといった体験も積み重ねていく――。
そんな体験を通じて、同校は「自分たちの行動で社会を良くしていける」という生徒たちの自信を育み続けたいと考えている。