身体を動かしながら、課題解決に向けて力を合わせるプロジェクトアドベンチャーという教育プログラムを学校のカリキュラムに導入して四半世紀ーー。東京・目黒区のトキワ松学園は1996年に日本の学校で初めて取り入れた先駆者だ。プロジェクトアドベンチャーは運動能力そのものを問うのではなく、グループで課題解決に向けて協力しあい、積極性やコミュニケーション能力を引き出すプログラム。取り組みは同校でしっかり根を張り、校章に刻まれるように学校がめざす「円満な人間形成」を後押ししている。

プロジェクトアドベンチャーって何だろう?

活動の主な舞台は体育館。スポーツウェアに着替えるけれど、位置付けは課題を発見し、解決する「探究活動」。運動能力の良し悪しでその成果を見るのではなく、個々の生徒の積極性や協調性といった分野でのポジティブな変化を大事にする。

体育の授業のようにみえても、そうではない。

トキワ松学園で実践する、プロジェクトアドベンチャーは米国発祥で、体験学習(Learning by doing)を通して「人を成長させる」教育プログラムだ。

 具体的にはグループの全員が身体を支え合ってクモの巣のように張られた糸をくぐり抜けたり、壁を登るボルダリングなどに挑戦したり。活動の中で声をかけあって協力しあう重要性を学び、より良い人間形成につなげる。米国で1971年に統括する団体が誕生し、のちに日本に伝わった。

プロジェクトアドベンチャーはいまでは、社内の風通しをよくし、互いの距離を縮める「チームビルディング」の一環として、企業の研修で利用されるケースも多い。トキワ松学園が導入したのは当時在籍していた体育教諭のアイデアだったという。

「身体を動かす」探究活動、各年代で続ける意義とは

トキワ松学園ではプロジェクトアドベンチャーを「身体を動かす探究活動」と位置づけ、中学生から高校生の各学年で実践する。成績はつけない特別講座の扱いだが、学校として長年、大事にしている活動だ。

トキワ松学園でのプロジェクトアドベンチャーの取り組みを語る保健体育科の関原太朗教諭

保健体育科の関原太朗教諭は「単発でプロジェクトアドベンチャーを行うのではなく、中1から高3まで活動を続けることによる生徒の『気づき』を大事にしている」と長く続けることの意義を話す。

ひとえにプロジェクトアドベンチャーといっても、実践する活動にはハーネス(命綱)をつけない「ローエレメント」活動から、高所に登るなどハーネスをつける「ハイエレメント」活動まで活動には幅がある。

中高の6年間で低学年のうちから活動に取り組むことで、学年が上がるにつれてより難易度の高いものにもチャレンジできるようにし、グループ内でより深い相互理解につなげたり、生徒がそれぞれ自身の変化に向き合ったりする狙いがある。

運動が苦手でもOK、「誰もが参加」を重視 

運動が苦手だったり、性格がおとなしかったりする生徒にとって負担にならないよう、「誰もが平等に参加できる」ことに気を配るのも特徴だ。

プロジェクトアドベンチャーでは「四つの約束事」がある。「真摯に」「安全に」「フェアに(公正に)」取り組み、何よりも「楽しむ」ことを重視する。

「誰もが参加しやすい」仕組みは、プロジェクトアドベンチャーの構成にも現れている。例えば、お互いが話すきっかけを生むため、冒頭に設けられるアイスブレイク。「30秒で自己紹介して!」などとお題が与えられ、あまり親しくない間柄であっても、自然に打ち解けるきっかけになるからだ。

また、身体を動かす場面でも、一度顔を合わせた関係ならば運動の苦手な生徒から「どうやってやっているの?」などと質問しやすい。関原教諭は「こうしたプロジェクトアドベンチャーで打ち解けた経験が、体育の授業での質問につながるなど体育競技の授業でも生きてくることがある」と相乗効果を語る。

プロジェクトアドベンチャーではみんなで力を合わせる活動を大切にする

与えられたタスク達成に向け、創意工夫を引き出す

身体を動かす活動の中から、どのようにして積極性や協調性を育むきっかけが出てくるのか。そのヒントは、難易度が高いタスクに挑めば挑むほど、グループ内で話し合い、助け合わないと与えられた課題を達成するのが難しいことに隠されている。

例えば、体育館で行われたアクティビティ。ジャングルにいるという設定で、全員が数メートルある「川」をまたぎ、対岸の島に辿り着かないとならない場合、どうすれば達成できるか。

ジャンプすればいいのか。だが、運動が苦手な生徒も含めて「全員」が向かいの島にたどり着くのが与えられたタスクだ。どうも、全員がジャンプするのは難しそうだった。

そこで生徒が着目したのは体育館の天井から下に垂れていたロープだった。これを使えば向かいの島に行けそうだ。そのためにはまず、ロープを自身の手元に手繰り寄せないとならない。そこで生徒たちが考えついたのは、上履きの体育館用シューズの紐を繋ぎ合わせてロープに引っ掛けて、ロープを近くにたぐり寄せることだった。

ロープを手にしても試練は続く。無事に行けるのだろうか、不安のある生徒もいる。「大丈夫」「支えるから安心して」。声を掛け合いながら、全員でゴールすればタスクは無事達成だ。

その過程を通し、生徒たちは知らず知らずのうちに、ゴールに向けて助けあう大切さや、アイデアを出して局面を打開する積極性を学んでいくことになる。

「自分の意見言えるようになったきっかけ」

現在、高校3年生のFさんは中学1年生からプロジェクトアドベンチャーを実践してきた。「もともと身体を動かすことが好き」だったが、意見を出して周りのほかの生徒を巻き込むなどの積極性が開花したのはプロジェクトアドベンチャーのおかげだと自負する。「プロジェクトアドベンチャーは誰かと話さないと全く進まない。続けたおかげでコミュニケーション能力が高まり、自分の意見を積極的に出せるようになったといっても過言ではない」と話す。

プロジェクトアドベンチャーには様々なプログラムがある。「パイプライン」

トキワ松学園では毎年クラス替えがある。同じ学年であっても、春には初対面の人がいるわけだが、授業でプロジェクトアドベンチャーを行うことでFさんはクラスメートと打ち解けるのがたやすくなったと感じている。「クラスのみんなで協力してゴールをめざすものなので、運動の得意・不得意の壁を超えてコミュニケーションを取ることで仲良くなるきっかけになった」と振り返る。

保健体育科の関原太朗教諭(右)とFさん

トキワ松学園が生徒に持ってほしいと願う「協力の心」は、プロジェクトアドベンチャーの活動を通して、今後も生徒に確実に受け継がれていくに違いない。また、プロジェクトアドベンチャーの活動で身に着けたコミュニケーション能力などのスキルは進学や就職でもきっと役だっていくだろう。

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