東京家政学院中学校・高等学校(東京都千代田区)が、よりよい世界を目指すSDGs(持続可能な開発)の考え方を切り口とした教育で存在感を示している。初挑戦ながら、2023年に優れた取り組みを進める学校に贈られる「ESD大賞」(主催・NPO法人日本持続発展教育推進フォーラム)の最優秀賞を受賞。SDGsを切り口にした学びを続けることで学校や生徒たちにどのような前向きな変化が起きているのだろうか。
2023年1月、都内で開かれた「ESD大賞」受賞式。家政学院中・高は最優秀賞にあたる「文部科学大臣賞」を受賞した。同校では、生徒自ら地域や企業に取材し、「住み続けられるまちづくり」や「フードロス削減」といった社会課題の解決策を考える取り組みを中学生から始めている。さらに高校生になると、社会問題の解決に向けて深く掘り下げる。こうした中1から高2までの一貫したカリキュラムが対外的に高く評価された。
取り組みについて主催者は「系統性のある広く社会全体を見渡したテーマ設定、多様な表現による活動にインパクトがあり、なおかつ生徒に深い学びを与えている」と評価する。カリキュラムを担当する川邊健司教諭は「内々で取り組みに満足するだけでなく、外部から高い評価を受けることは生徒にとって大きな励みになる。活動を通して結びつきがある地域の方々にも喜んでもらえた」と受賞を振り返る。
SDGsにフォーカスしたカリキュラムを導入したのは6年ほど前。以来、衣食住といった身近な生活者の視点を大切に、生徒たちが考えた切り口でものごとを掘り下げる探究学習を進めてきた。同校は家政学を中心とした研究で知られる東京家政学院大学の併設校で、川邊教諭は「(学校の創立者であり)家政学を通してみんなを幸せにすることを目指した大江スミの理念を、SDGsの切り口で現代風にアレンジして学んでいると言える」と胸を張る。
生徒の成長にあわせ 内容を高度に
中高一貫の6年間を通してSDGsを切り口にした学びを進めるからこそ、生徒の成長にあわせ、学年が進むにつれて内容を無理なく高度なものにアップデートしていくのも特徴の一つだ。
中1・中2ではまず「地域」に目を向ける。校舎がある東京の都心・千代田区の周囲には創業100年を超えるような老舗の個人商店もまだまだ健在だ。生徒自身で企画立案から取材先への連絡、取材までをワンストップで作業してポスターをつくる「ポスタビ」(ポスター+旅)プログラムだ。
生徒による取材では、既存の教科にとらわれることなく、横断的に学べることが多いという。例えば、学校からほど近い老舗豆腐店を訪れた時のこと。生徒たちは豆腐の製造・販売の現場を目にすることで、「個人商店での働き方や地域の歴史をリアルなものとして受け止め、考える体験ができる」(川邊教諭)。また、家政学と近い領域でいえば、豆腐がたくさんの大豆から作られることが目に見えて学べるのもメリットだ。生徒が教室を飛び出すことでさまざまな「気づき」を得て、興味関心を広げ、知識をつなげていく第一歩につながる。取材で感じたことをSDGsの17の目標と重ね合わせ、ポスターに仕上げていく。
中3では応用編として、SDGsの課題解決に取り組むレストランやホテルなどの企業を取材する。ここでも生徒の自主性に任せ、テーマ設定には先生は介入しない。食品ロスのことを取材するのかと思ったら、生徒の着眼点がよく、「男女同数での従業員の採用」という切り口で取材することになるなど、教師にとってうれしい驚きもあるという。
内容面ではすこしずつ求める内容を高度にしていく。中1・中2では苦手意識を生まないよう、生徒に長文のレポートは求めないが、中3ではより高度な「言語能力」の獲得につながるよう、学習の成果は新聞記事にまとめたり、動画にまとめたりする。
中学3年間の取り組みを基礎に、高1では「衣食住」、高2ではテーマを自由にして、さらに調べ学習を進める。高2は「集大成」と位置づけ、扱うテーマは食品ロスやジェンダーギャップ、戦争などグローバルに幅広い。
成果を学内で共有 刺激し合う場も
取り組んだ成果を学内で共有し、刺激し合う場も用意されている。中1から高2は、「グローバルプレゼンテーションアワード」と呼ぶ年間の学習成果を披露する発表会でそれぞれ取り組みを披露する。川邊教諭は「学年が上がっていくにつれて、地域(千代田区)の視点から、調べる対象をより広い世界に広げていくのがポイント。勉強を通して、自分たちが世界を変えていけるんだという価値観や視点を持ってほしい」と期待する。
カリキュラムは、高2までは個人で進めるのではなく、「チーム」で動くことも大切にしている。チーム重視の考え方は、1980年代にアメリカの心理学者、ハワード・ガードナーが提唱した「マルチプル・インテリジェンス」という理論がもとだ。子どもたちには言語や空間把握、論理的思考など八つの知性があるとされ、個性を大事にしながら、よい点を伸ばしていく発想だ。
「(意見がまとまらずに)カオスになってしまうことも時にあるが、チームで取り組めば生徒ごとに活躍できる場がある。『シェアード・リーダーシップ』ともいうべきもので、この分野は私が得意、別の分野は私が得意…と役割分担して高め合っていくことができればよい」と川邊教諭は語る。議論から思いも寄らぬアイデアが出てきたり、違う生徒の異なる考え方を互いに共有できたりする意外性を大事にしているという。
「行きたい学校」へ 進学にも好影響
生徒が主体的に興味関心を掘り下げるカリキュラムのおかげで、生徒の卒業後の進路選択にも変化が出始めているという。「行ける学校よりも、行きたい学校を調べ、そこに向かって頑張る傾向が強まった」。川邊教諭は変化をこのようにまとめる。
同校では、高2になると、文系、理系コースのほか、東京家政学院大が設置する栄養系や児童教育の学科に進む生徒向けなど六つのコースに分かれる。従来は選択したコースに沿って、大学進学を考える生徒が多かったが、近年は「SDGsについて学んだことを大学でも継続して学びたい」と所属コースの枠を越えて進路決定をする生徒も出始めているという。例えば、「管理栄養進学コース」に所属していた生徒はSDGsの探究学習で社会学に興味を持ち、社会学を学べる学部への進学を決めたという。
また、同校では学校推薦や総合型選抜を利用した入試に挑む生徒が多いが、SDGsの探究学習を続けたことが、面接などでは役立っているのも特長だ。
東京家政学院大学は前身の「家政研究所」設立から数えて2023年で100周年を迎えた。家政学の原点を大事にしつつ、中学校・高校も創立者の大江スミの理念を未来につなぐように新しい要素を取り入れて変化を続けている。