新型コロナウイルスの変異ウイルスの一つ、オミクロン株。昨年11月に南アフリカで報告されてからわずか数カ月で、国内外での感染が急速に広がっています。その現状と今後の見通しについて、1月8日、放送大学東京文京学習センターで、国立国際医療研究センターの杉山温人病院長による講演会が開催されました。当日は、約500人がオンラインで視聴し、会場参加者は万全の感染対策のうえで、聴講しました。
※講演内容は、2022年1月8日時点のものです。
主催:放送大学 後援:朝日新聞社メディアビジネス局

国立国際医療研究センター病院長
杉山温人先生
すぎやま・はるひと/東京大学医学部卒業。米国クレイトン大学、国立国際医療センター呼吸器内科科長等を経て、2019年より現職。専門はアレルギー・気管支喘息と間質性肺疾患。放送大学 東京文京学習センター 客員教授。

オミクロン株 軽症でも 油断できない理由とは

ご存じの通り、オミクロン株の感染力は非常に強く、南アフリカではわずか1カ月ほどでデルタ株からオミクロン株へとほぼ完全に置き換わりました。

現時点では、オミクロン株の重症化リスクはおそらく低いと考えられます。南アフリカのある研究チームがデルタ株とオミクロン株の感染者を比較したところ、入院患者は69.3%から41.3%に減少。酸素投与率は74%から17.6%に、人工呼吸器の装着率も12.4%から1.6%に減りました。死亡率も大きく減少しています。

一方で、感染者の平均年齢が59歳から36歳へと若年化しており、合併症の発症率も低くなっている点を考慮すると、重症化リスクが低いと断定するにはもう少し慎重な見極めが必要だと思います。

また、感染力の強いオミクロン株が広がることで、医療従事者が感染者・濃厚接触者となり、医療逼迫を招く可能性があります。すでに欧米諸国や沖縄県ではそうした事態が起こっています。

3回目のワクチン接種 変異株にも有効なのか

では、オミクロン株にワクチン接種は有効なのでしょうか。下の図は、mRNAワクチン(ファイザー製もしくはモデルナ製)の3回目のワクチン接種の有効性を示したものです。オミクロン株の場合、2回目の接種から20週目以降はワクチンの有効性が10%程度にまで落ちていますが、3回目の接種によってかなり回復することがわかります。

オミクロン株はスパイクたんぱく質の変異が多いためワクチンの効果を疑問視する声もありますが、このデータからも3回目の接種が必要であることは間違いないといえるでしょう。

コロナ治療のいま 新たな酸素投与法も

新型コロナウイルスに感染した場合、約80%の人は軽症のまま治癒します。約20%の人は肺炎症状が増悪し、さらに5〜10%の人は集中治療が必要となります(オミクロン株以前のデータによる)。それぞれの段階で、どのような治療が行われるかをご説明します。

まず、軽症の場合は、中和抗体薬による「抗体カクテル療法」を行います。これは、抗体を組み合わせて点滴で投与し、ウイルスのスパイクたんぱく質が細胞表面に付着するのをブロックする治療法です。この治療の適応となるのは、重症化リスク因子(50歳以上/肥満/心臓や肺、腎臓、肝臓の病気/糖尿病、免疫抑制状態など)があり、酸素投与を必要としない、感染早期の患者です。

中和抗体薬「ロナプリーブ」(カシリビマブ、イムデビマブ)を使用した場合、入院・死亡のリスクが70%減少したという報告があります。ただしこれはデルタ株までのデータであり、オミクロン株に対する使用は推奨されていません。また、新たに認可された中和抗体薬「ソトロビマブ」については、入院・死亡のリスクを79%減少させたという臨床試験結果が出ており、高い効果が期待できます。

中等症・重症へと進行した場合は、抗ウイルス薬「レムデシビル」を使います。さらに悪化した場合は、体の免疫を抑える抗炎症薬ステロイドホルモンや免疫抑制剤を使用します。ここまでくるとかなり重症ですから、人工呼吸器やエクモ(体外式膜型人工肺)による集中治療が必要となる場合もあります。

なお、中等症以降で行う酸素投与については、鼻カニュラや酸素マスク、人工呼吸器(気管内挿管)が一般的ですが、私たち国立国際医療研究センターでは、高流量の酸素を鼻カニュラで投与する「ネーゼルハイフロー療法」を積極的に取り入れています。これなら酸素投与をしつつ食事や会話ができるうえ、肺炎に効果的な腹ばいの姿勢を自らとってもらうこともできます。この治療法によって気管内挿管を回避できた例も多く、今後はより多くの医療機関で導入されることでしょう。

また、国立国際医療研究センターでは、血中サイトカインという物質に注目し、重症化予測の研究も進めています。近々詳細を発表する予定ですが、積極的治療の判断や医療資源の集中に寄与できると思います。

新たな内服薬に期待 感染対策の継続を

これからの治療法として、内服薬にも期待が高まっています。日本でも新たに認可された「モルヌピラビル」は、入院・死亡のリスクを30%減少させたという臨床試験結果が出ていますが、この数値については各国で評価が分かれています。また、おそらく近いうちに認可される「パクスロビド」は、同リスクを88%減少させたという臨床試験結果が出ています。

内服薬は、非常に使いやすい点が大きなメリットです。今後、重症化リスクをもつ軽症・中等症の患者に対する中心的な治療法となることは十分考えられます。

1、2年前に比べて、新型コロナウイルス対策に明かりが少しずつ見えてきたのはたしかです。不織布マスクの使用、密集・密接・密閉の回避、アルコール消毒など、皆さんには引き続き、基本的な対策を継続していただきたいと思います。

<質疑応答>参加者からの質問に杉山先生が答えてくれました 

Q.新型コロナウイルスのワクチンは、本当に効果的で安全なのですか?

昨年9月から日本の感染者が急減したのはワクチン接種を短期間に強力に進めた成果だと思います。もちろん海外でもワクチンによって重症者・死亡者は減っています。また、私は副反応・副作用の膨大な報告に目を通していますが、無関係と思われる事例が多く、コロナワクチンのリスクは他のワクチンと比べて同等と考えています。色々なご意見があるのは理解していますが、リスクとベネフィットを比較すると、ベネフィットの方がより大きいといえます。ただし、今後もリスクについて周知し、何かあれば迅速に対応することが重要と考えます。

Q.今後、コロナの専門病院を設置することは考えていますか?

感染者数はかなり増減するので、専門病院を作って維持するのは非現実的です。「米国でできるなら日本でも」という声もありますが、医療従事者の数がそもそも全く違います。重症者を大学病院などの特定機能病院で診る、軽症・中等症は多くの病院で広く受け入れるという「役割分担」が重要であると私は当初から言い続けています。


※会場参加者は、東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県在住者に限定し、3密を回避。 手指消毒を実施し、口頭質問ではなく用紙記入による質問受け付けとするなど、万全の感染症対策がとられました。

※杉山先生の助言に従い、会場では徹底した感染対策を実施しました。