学生たちが主体的、能動的に活動する「アクティブラーニング」型の学びが注目されるなか、京都市右京区の京都外国語大学では、ちょっと変わった取り組みが行われている。学生たちが、海外からの観光客や留学生向けの英語のフリーペーパー「ENJOY KYOTO」の編集にチャレンジしているのだ。企画立案や取材といったプロの仕事の体験を通じて、京都そして日本の奥深い文化を知り、その魅力を伝えることに悩みながら答えをみつけ、大きく成長する姿があった。

■文化や伝統に流れる思いは私たちの中にも

 「遠慮せんと、なんでも、聞いてくださいね」

春のある日、創業百年を超える老舗組みひもメーカーである株式会社安達徳の社長、安達茂人さんはやわらかな京言葉で、3人の学生たちを迎えた。

組みひもの歴史はとても長い。縄文時代の土器に模様を付けた縄も、作り方は組みひもと通じる。やがて、奈良時代以降、さまざまな衣装や場面で使われるようになり、茶道や華道などの京都の伝統文化と深く結びついてきた―。そんな説明に、学生たちは真剣にメモを取る。

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佐藤唯さん(3年、外国語学部英米語学科)が、「組みひもの魅力はなんでしょうか」と尋ねると、「色の組み合わせが無限で、組み方で変化もつけられる。表現が自由なところがおもしろいですねえ」と安達さん。

「大ヒット映画『君の名は』で、ヒロインが組みひもをリボンにしていたことで話題になりましたが、これをきっかけに動きはありますか」と米虫優里菜さん(4年、外国語学部日本語学科)。すると、映画以降、修学旅行の学生たちの反応もよいそうで、東京から映画のファンが組みひもづくりの体験にやってきたこともあったという。

「一番こだわっているところは?」と佐藤さんが質問すると、

「絹糸ですね。良い糸を使わないと、思ったようなきれいな色が出ないんです。でも、糸は一つひとつ染めていくので、手間がかかり、大量の注文に応えられない。着物や帯などの需要が減っていますから、生活していくのに精いっぱいの職人さんも少なくないんですよ」

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伝統技術の厳しい現状が明かされると、3人は思わず、神妙な面持ちになった。

辻弥苗さん(4年、外国語学部国際教養学科)は、

「これまで、日本の伝統産業や工芸品の世界は、あまり身近ではなかったのですが、お話を聞いてみると、通じ合う部分が多いんですね。文化や伝統というものは、切り離されているものではなく、私たちの中にあるもの、つながっているものなんだと気づきました。大切に守り、受け継いでいかなければならないと感じました」

と振り返る。

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■学生たちの視点で京都の文化を“再発見”

 京都外国語大学は、戦後間もない1947年(昭和22年)、京都外国語学校として創立された。「言語を通して世界の平和を」を建学の精神に掲げ、国際的理解を図るため外国語を学び、各国の文化、経済、社会に精通する人材を世に送り出してきた。

今回、そんな京都外大とコラボするのは、フリーペーパー「ENJOY KYOTO」だ。京都を訪れる外国人に向けて英語で京都の情報を紹介するタブロイド判情報誌で、2013年創刊、現在約5万部を発行している。観光ガイドやグルメ、宿泊情報といった観光情報のほか、日本や京都の伝統や食、芸術などの文化、京都の伝統産業を支える人々などについての特集記事も充実しており、好評を博している。

京都外大生が編集に参加した最初の特集は、昨年夏号の「のれん」だった。この企画、一人のイギリス人留学生のこんな疑問から始まったという。

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「日本ではお店の入り口によくのれんがかかっているけれど、のれんがかかっていると店の中が見えない。閉店しているのか、入らないで、のサインだと思っていた。のれんって、なんのためにあるの?」

早速、学生たちは、「のれん」の歴史を調べ、京都市内のさまざまな店やレストランを回り取材、撮影、のれんの秘密に迫った。のれんづくりのワークショップにも参加。取材のなかで、知っているようで知らなかったのれんの奥深さと美しさに魅せられていった。

次に取り組んだ特集は、「漢字」だ。「外国人の観光客が、うれしそうに漢字の写真を撮っている。漢字って、『クール』なのかな?」――そうした疑問が出発点となり、漢字ミュージアムで歴史や文化を調べ、書道の世界やハンコ作りの現場などを取材した。

こうして、回を追うごとに参加学生が増え、現在16人になった。

ENJOY KYOTO」のクリエーティブディレクターの松島直哉さんは、学生たちが編集に参加するメリットをこう評価する。

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「京都で長年仕事しているぼくら編集のプロが考えたものはかえって発想が似たものになりがち。でも、京都をよく知らない学生たちにとっては、有名なものもマイナーなものもフラットに、まるで“外国人の視点”で興味を持つ。そこを掘り下げることで、新しいものが見えてきたりする。それがおもしろいですね」

■学生を大事にする京都で育てられる

 梅雨の晴れ間の日差しが教室に降り注ぐある日の昼休み、刷り上がったばかりの紙面を広げながら、話し合う10人ほどの学生たちの姿があった。冒頭の「組みひも」の特集の反省会だった。

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「取材の段階で、組みひもについての知識が足りなかった。もっと知っていたら、もっと深いところまで聞けたのではと思います」

「雑音が入ってインタビューがうまく録音できていなくて、慌てました。大事なものは複数で録音したほうが安心かもしれない」

「準備した質問が多すぎて、予定の時間がなくなってしまった。何をメインに聞くのか、何を伝えたいのかを明確にしていくべきでした」

「複数の人数で動いているので、だれが何を、どのくらい進めているのか、進行の把握と共有が難しいよね」

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一人ひとりの発言を書記役がホワイトボードに書き込んでいく。次々と飛び出す反省点に、みなで頭を悩ませ、次回に向け改善点を見つける。

紙面の形となって完成した喜びと、もっと良いものができたのでは、もっとうまくできたのでは……という悔しい思いが交錯していた。

今回編集長をつとめた米虫さんは、

「メンバーを三つのチームに分けて進めていきましたが、全体の構成を考えて、みんなをまとめていくことに苦心しました。取材を通じて、改めて京都は日本文化の街だなあと感じます。その良さをどう発信しようか、携わっている人たちの思いをどう伝えようか、いつも悩む。英語で書く、というハードルもあります。だけど、すごく楽しくて、やりがいがある。後輩たちにもぜひチャレンジしてほしいですね」

と笑顔で語った。

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「この活動、単位がもらえるわけでもないし、課外活動なのか、インターンなのか、なんだか位置付けられない活動なんですよね」

学生たちを見守る村山弘太郎講師(国際貢献学部グローバル観光学科)はこう語る。

「あることを伝えよう、説明しようと思った時、自分にはこの知識が足りていないんだ、と思い知らされる。その時初めて、与えられる知識ではない、自分にとって本当に必要な学びに気づくんですね。また、この活動が面白いのは、『京都』という街のフィールドワークでもあるということ。私たちは外国語大学ですが、語学は手段。自分の根っこである日本を理解していないと、世界に発信できない。日本文化の中心地である京都を取材できる。これはありがたいこと。大学の街といわれる京都ならではの、学生さんを大事にしよう、育てたろう、という気風があってこそなんです」

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寺子屋朝日Eye's

【京都外国語大学のここがスゴい!】

 JR京都駅からバスで30分ほど、嵐山に近い右京区に位置する京都外国語大学。四条通に面したキャンパスで目を引くのが、天井に木材をふんだんに使ったユニークなデザインの新4号館です。1階と4階には大きな階段があり、学生たちが腰掛けて語り合ったり、本を広げたり。上階には大きなテラスもあって、みるからに居心地がよさそう。そこかしこに学生の輪ができて、とてもにぎやかです。

外国語や外国の文化を学ぶ際に大切なのは、自らのアイデンティティー。神社仏閣が多く、町全体に17の世界遺産がある京都に学びの場があって、日常的に日本文化に触れることができるというのは幸せなことですね。今回取材した「ENJOY KYOTO」での様子をみても、伝えよう、紹介しようとすると、学んだり、調べたりする意欲が自然と高まります。海外からの観光客を案内する通訳ボランティア団体「Follow Me!!」や、学生が取材しコンテンツを作っているグローバル観光学科公式ブログ( http://www.kufs.ac.jp/blog/department/gt/)も元気に活動中です。このように、社会とつながるような学生の自主活動がとてもさかんなのも、この大学の魅力。体験が教えてくれることははかりしれません。選考に通った団体に活動資金を支給するなど、後押ししています。

京都にあるものの、他府県からの入学生も多いことが特徴の京都外国語大学は、短大や専門学校、他大学からの編入学生数も京都エリア1位(大学ランキング2020、朝日新聞出版)。日本全国からモチベーションの高い学生が集まっています。また海外からの留学生も多く、日本人学生との交流イベントなどもさかんです。たくさんの刺激を受けながら、成長できそうですね。

★編集長おすすめポイント

  • 京都にあり、日本を深く知りながら世界を学ぶことができる
  • 多彩な言語を選べ、留学生も多い
  • 学生が自主的に企画、運営する活動がさかん